魅了されたポイントのひとつはもちろん、その写真にあるのは間違いない。モノクロでスクエアに切りとられた原っぱや植物、公園、海、都市などの風景。ハトやカラス、風景の中に点在する人間の姿も。特殊なフィルターがかかっているのだろうか、どこか靄がかかったような白っぽい印象を受ける写真もあり、現実と非現実を行き来するように交ざり合っている。ざらっとした質感の紙にプリントされた写真は、美しい桃源郷を描いた水墨画のようだ。そして驚かされたのは、特殊な本の仕様。全ページが片観音折り、もしくは両観音開きとなり、ページが中側、もしくは外側に2つ折りになっているため、折り込まれた状態と開いた状態とでは写真の組み合わせや見え方も変わる。ページを一方向にめくっていくだけではなく、開いていくその行為が、ここではないどこかの世界へとさ迷わせてくれるのだ。写真集を手に入れる醍醐味は、写真を見るだけでなくその造本を味わうことにもある。見たことのない一冊に出合えた
写真集を欲しいと思う理由は、瞬間のときめきが大きい。値段が安くても、高くても、写真家が誰であっても、手に取った瞬間に欲しいかどうかが大体決まってしまう。あまり悩むことがないのだ。アートディレクターであり写真家でもある渡部敏哉の初写真集『SOMEWERE NOT HERE』は、まさにそうやって手に入れた一冊。本作は日本人の写真家を多く扱うパリの出版社『the (M) éditions』とベルギーのギャラリー『IBASHO』によって共同で製作され、400部限定のうち100部程度が日本に届けられた。値段は1冊1万円を超えるが、発売後すぐに売り切れたという。
渡部敏哉著、IBASHO刊、 the (M) éditions刊
text by Nahoko Ando
記事は雑誌ソトコト2022年3月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。