『お寺のハナちゃん』は、佐渡島で僧侶をしながら写真家としても活動する梶井照陰の日記のような写真集だ。佐渡島の波をダイナミックに切りとり、注目を集めたデビュー作『NAMI』で知られる写真家だが、本書では柴犬ハナとの日常を、スマートフォンで撮影した写真とユーモアを交えた温かな言葉で紡いでいる。
ハナが佐渡島にやって来たのは、コロナ禍真っただ中の2020年9月。認知症の90歳の祖母と暮らす梶井は、行き詰まった生活に風穴を開けようと、生後6か月のハナを迎え入れた。この写真集には佐渡島で生きる天真爛漫なハナが写し出されている。アオリイカやカニ、ヘビ、カタツムリ、ウマなど、いろんな生き物に興味津々のハナ。船の上で大きなあくびをしている写真は、気持ちよさそうだ。祖母が台所で魚をさばく隣にぴったりと寄り添ったり、丸くなってこたつで一緒に眠る姿から仲の良さがうかがえる。
そして何より心を動かされたのは、そんな日常のそばで当たり前のように存在する、佐渡の圧倒的な大自然だ。凪いだ海としけた海で、まったく違う表情を見せる波。島をオレンジ色に染める力強い夕陽。真っ暗な夜の雪景色と、満天の星……。海も山も空も、小さなハナを通して描かれているからこそ、そのスケールの大きさが際立って見える。
ハナがやって来て2年もたたないうちに、祖母は肝臓がんを患ってしまう。「人は老い、命の火は小さくなる 山にはいつも新しい春がやってきて 芽吹き、花咲き、鳥がさえずる」(本書より)。何があっても、繰り返す日々の営み。大きな時間の流れに包まれて、生と死に思いを巡らす1冊だ。
『お寺のハナちゃん』
text by Nahoko Ando
記事は雑誌ソトコト2024年2月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。