2025年に創業400年を迎える、栃木県宇都宮市の老舗味噌蔵『青源味噌』の21年5月に移転した新しい味噌製造工場を、生物学者の福岡伸一さんが見学しました。味噌や甘酒に含まれる麹菌や乳酸菌といった微生物を殺菌せずに生きたまま食べることの価値や、本来の食のあり方を、代表の青木敬信さんと福岡ハカセが語り合いました。
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焼け残った味噌を種味噌に、『青源味噌』の味を継承。
福岡伸一(以下、福岡) 味噌づくりを間近で見学したのは初めてです。必要な量をていねいにつくられている印象でした。こちらに工場を移転されたことで変わった部分はありますか?
青木 例えば、麹菌は大豆を潰してから混ぜるか、混ぜてから大豆を潰すか、潰し方も大きく潰すか、小さく潰すかなど、機械も環境も変わりましたから、仕上がりの様子を見て工夫しながらつくっています。
青木 江戸初期の1625年から創業の地で味噌づくりを続けてきました。ただ、建物は戊辰戦争(ぼしんせんそう)や大東亜戦争の戦災で焼失しました。父から聞いた話ですが、大東亜戦争で建物が焼けた後、軍隊から戻ってきて蔵に向かうと、大きな山のような塊が焼け跡に点在していたそうです。見ると、木桶に仕込んでいた味噌でした。真っ黒に焦げていた味噌の塊を手で少し掘ると、中は燃えておらず味噌として食べられました。それが、戦後の『青源味噌』を再建するための種味噌になりました。今年、移転して新しくなった工場でも、前の蔵で仕込んだ味噌を種味噌として補充しながら仕込み、『青源味噌』の味を受け継いでいます。
青木 はい。ご存じのとおり、麹菌は2つの大きな特徴を持ったカビの一種です。工場でご覧いただいたように、蒸したお米に麹菌をつけ、40時間ほどかけて培養したものが米麹です。麹菌の特徴の1つは、食べられるということ。普通、食べ物にカビが生えたら捨ててしまいますが、麹菌は食べられます。もう1つは、強力な酵素を持っているということ。酵素がお米に含まれるデンプンを分解して糖に変え、大豆に含まれるタンパク質を分解してアミノ酸に変えてくれます。
福岡 カビは最強の分解者。乳酸菌や酵母は強い酵素を持っていないので、お米や大豆をおいしくするにはカビである麹菌の力が不可欠です。
福岡 ありがとうございます。
青木 『青源味噌』では味噌のほかにも、味噌だれで食べる餃子や甘酒を販売していますが、こちらは『発酵専門店 青源本店』で提供している生の甘酒です。加熱殺菌処理をしていないので、菌や酵素などの微生物がそのまま生きています。昔、おばあちゃんがつくってくれた甘酒はこういうもの。早く飲まないと発酵が進んで酸っぱくなったりしたものです。
福岡 旬という言葉がありますが、上旬、中旬、下旬というように、旬の食材がもっともおいしく食べられるのは10日間ほど。それを過ぎると旬ではなくなり、さらに季節が変われば店で見かけなくなり、次の年に食べることを楽しみにします。そんな自然とともにある食の感覚を、この生の甘酒が思い出させてくれます。
食べ物を生で、あるいは、発酵させて食べる価値。
福岡 可愛らしいですね、いろいろなバリエーションがあって。おすすめの味噌玉はどれですか?
青木 私はアオサ海苔とエビの味噌玉が好きです。
福岡 それをいただきます。あ、おいしい。塩辛くなく、とてもやさしい味です。
もう一つの人間だけの食べ方が、発酵させる食べ方です。煮たり、焼いたりすることで失われる微生物や酵素を補完します。これら、「生、調理、発酵」という3つの方法で人類は食べ物を食べてきたのですが、殺菌して食べることが日常化している今、食べ物を生で、あるいは発酵させて食べる価値が高まっているように思います。
福岡 人類はいかに安定的に食料を確保するかを課題にして生きてきた中で、食べ物を保存するための技術を磨いてきました。煮る、焼くことによって加熱殺菌したり、燻製など干して水分を飛ばすことで長持ちさせたり、塩漬けや砂糖漬けは浸透圧で水分を出すことで保存力を高めています。発酵も保存技術の代表的な方法です。ただ、現代は保存や加工技術があまりにも進歩しすぎたため、青木さんのおっしゃるとおりレトルトカレーなどは1年経っても食べられます。食べ物は時間の流れとともに変化していくのが当たり前なのに、レトルトパックすることで時間を止められるようになったのです。
私たちは日々、時間の流れの中で生きています。その流れの中で、人間の体は絶えず分解と合成、つまり、細胞を壊すこととつくることを繰り返しながら動的平衡を保っています。動的平衡を保つための材料となるのは、他の生き物の生命です。生命は常に動いています。食べ物も時間とともに動いています。その食べ頃を見極め、いちばんおいしく食べることで食文化が発達していったのだと思います。
青木 時間を止めた食べ物が大量に流通し、1年中いつ食べても同じ味がする均一な食べ物に価値があるとも言われていますが、本来はそういうものではないはずです。生命と同じように、その源である食べ物も常に動き、変化しています。ピタッと止まっていることが好ましいという風潮には疑問を抱きます。
福岡 いつでもどこでも同じものを食べられるようにすることが品質管理だと、つくるほうも、食べるほうも思ってしまっているのが大きな間違いです。生命を機械論的に捉えすぎたゆえに、食べ物も均一なものを求めがちになっているのかもしれません。ただ、大量生産、大量消費の経済合理性が追求されてきた一方で、本来の食べ物の味わい方を暮らしに取り入れたいという消費者も増えているのではないでしょうか。
生きたまま腸に届く乳酸菌は、「もの言わぬ小さな仲間」。
福岡 それは生物学的にも意味があることだと思います。生きた乳酸菌などの微生物を消化管に届けることは、それ自体が腸内細菌として補給されることもありますし、既存の腸内細菌コロニーを刺激することによって、整腸効果をもたらすことが考えられます。近年の研究では、腸内細菌が身体の免疫系や代謝系に有益な働きかけをしていることがどんどんわかってきています。
青木 長い間ずっと、私たちの「もの言わぬ小さな仲間」として一緒に過ごし、働いてきた乳酸菌です。ぜひ、多くの方に飲んでいただきたいです。