国道沿いの道の駅かと思いきや、コンビニエンスストア。ただ、地域のなかで果たしている役割は、道の駅もヒントにできる点がありそうだ。徳島県・那賀町木頭地区の子どもたちやお年寄りのため、そして、町外から訪れる観光客のため、今日も『未来コンビニ』の扉は開く。
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未来を担う子どもたちへ。『未来コンビニ』をオープン!
国道195号線を車で走り、県境をまたぐ峠道を越え、トンネルを抜けて、徳島市内から高知市内へ、あるいは、高知市内から徳島市内へ向かう。そのほぼ中間に位置する山間の地域が、那賀町木頭地区だ。まさに、“四国のチベット”と呼ばれるにふさわしい大自然に囲まれたこの地区には1000人ほどの住民が暮らしている。
木頭地区の中心には、役場支所や木頭学園(那賀町立小学校・中学校)があり、商店も3軒ほど営業しているが、10キロメートルほど高知側へ車を走らせた山間にあるこの地域に店はなかった。そこに2020年4月、1軒のコンビニエンスストアが誕生した。
外観は、かなり斬新だ。名前も、『未来コンビニ』。ネーミングの由来を、運営する『KITO DESIGN HOLDINGS』の仁木基裕さんに聞くと、「木頭の子どもたちが将来のために多様な人と交流できるようにという想いを込めています。木頭は、いわゆる限界集落。都会へ出て、帰ってくる子も多くはありません。未来に向けて持続可能な木頭地区をつくるためにも、子どもたちが活発に交流し、学ぶ場になるよう願って『未来コンビニ』と名づけました」。
スタッフの植木弥生さんも、「木頭小学校のふるさと学習で『未来コンビニ』を訪ね、特産の『木頭ゆず』について調べたり、那賀町内の中学校が新型コロナの影響で県外に修学旅行に行けないからと木頭を、そして、『未来コンビニ』を訪ねてくれたり。学びの場になればうれしいです」と子どもたちの訪問を喜ぶ。昨夏は木頭地区の夏祭りは中止になったが、『未来コンビニ』でお祭り気分を味わってもらおうと、「縁日週間」というミニイベントを開催するなど、子どもたちが地域や、地域外の人たちと交流する機会をできるだけ多く持てるよう、アイデアを凝らした企画を実践している。
野菜、鮎、昔の写真。木頭の人たちとの交流。
木頭地区の未来を担う子どもたちのために建てられた『未来コンビニ』にはもう一つ、大きな役割がある。それは、買い物に困っている木頭地区の人たちに食品や生活用品を販売することだ。「木頭からまちのスーパーまで、車で約1時間。徳島県阿南市と高知県香美市にありますが、そこへ週末、若い人の車に乗せてもらって1週間分の食材を買ってくるというのが木頭の買い物スタイルでした」と仁木さんは言う。加えて、移動販売車やコープ生協の宅配で賄っていた状況だった。
『未来コンビニ』で当初売っていたのは、一般的なコンビニに並んでいるような弁当、おにぎり、パン、お菓子、ドリンクがメイン。ただ、だんだんと木頭地区の人たちからリクエストが入り、火曜は刺身、金曜は徳島で有名な精肉店『のべ』の牛肉など、特別な食品も販売するようになった。「山間の集落ですから、手に入りにくい刺身は人気です。おつき合いのある商店に市場から仕入れ、捌いてもらっています」と店長の小畑賀史さんは話す。さらに必要な日用品などもリクエストされるようになり、「仕入先を探し、可能な限り提供するようにしています」と、買い物弱者支援という側面も果たそうと努力している。
また、「木頭ゆず」の栽培で1978年に朝日農業賞を受賞したように、昔から柚子の栽培が盛んな土地。『未来コンビニ』の棚にその加工品が並べられ、お土産にぴったり。カフェにも果汁を炭酸で割った「ユズキンソン」など、原料に「木頭ゆず」を使ったメニューが豊富。カフェは交流スペースにもなっている。「近所の農家さんが、『たくさん採れたから』とスタッフに野菜をお裾分けしてくださったり、川で釣った鮎を持ってきてくださったり」と、小畑さんは笑顔で話す。都会のコンビニではありえない交流がスタッフとお客の間で交わされているのもここならでは。
実は、『未来コンビニ』がある敷地には、閉校になった旧・北川小学校の初代の校舎が立っていた。子どもの頃に通ったお年寄りが、使っていた教科書や当時の写真を持ってきて、「こんなんあったよ」とスタッフに思い出話を聞かせてくれる。『未来コンビニ』ではその資料を店内に展示し、子どもたちに木頭の歴史を伝えている。それも、『未来コンビニ』ならではだ。
道の駅にとって、運営のヒントになる部分も。
『未来コンビニ』では、木頭の農家が栽培した新鮮野菜を「木頭マルシェ」というイベントで販売したことがある。94歳のおばあさんが、不用になった着物の生地を手づくりでリサイクルする「あしなか」という草履や、名産の『木頭杉』の箸なども販売している。店の外には駐車場があり、トイレを借りることもできる。国道沿いにあるので、バイカーやサイクリスト、紅葉狩りに訪れた人やキャンパーたちが、「何ここ。コンビニ?」と、大自然のなかに立つガラス張りの建物に楽しい違和感を覚えながら入っていく様子を見ていると、ここがまるで、道の駅のように思えてくる。「実際、別のエリアで道の駅の申請を考えたこともありました。那賀町が申請して設置し、私たちが指定管理を受けるなどの体制で。町との協力関係も築けますが、建物の意匠や品揃えなどに制約を受けず想いを発信したかったので、民設民営で行っています」と仁木さんは話す。
山間の集落に、こんなコンビニがあれば素敵だ。とくに、子どもたちやお年寄りが立ち寄り、交流したくなるおもてなしやアイデアは、地域と共に発展しようと望む道の駅にとってヒントになる部分も多そうだ。ぜひ、訪れてほしい。
『未来コンビニ』
徳島県那賀郡那賀町木頭北川いも志屋敷11-1
https://mirai-cvs.jp
photographs by MIRAI CONVENIENCE STORE & Yuichi Maruya text by Kentaro Matsui
記事は雑誌ソトコト2021年11月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。