平和を祈り、世界を巡る。
2013年3月13日の「コンクラーベ」で選出された、第266代ローマ教皇・フランシスコ。当時76歳だった教皇は、就任以来9年間で37回外遊に赴き、世界53か国を訪問。その旅は86歳になった今も続いている。
世界のカトリック教会の最高位聖職者、指導者にして、カトリック教徒にとって、その存在自体が精神的支柱となっている――そんなローマ教皇の旅の膨大なアーカイブ映像と、教皇のカナダ、マルタ訪問に同行したジャンフランコ・ロージ監督の新たな映像を交えて製作された『旅するローマ教皇』は、教皇の旅を通じて世界の現況を伝えるドキュメンタリーだ。
『旅するローマ教皇』
事故や自然災害の被害者、貧民街に暮らす人々、カトリックの司教たち、異教の宗教指導者、政治家、受刑者、子どもたち、外遊に同行するメディアの人々……。訪問先の国で参加するセレモニーや人々との対話の様子を時系列でつないだ本作を見ていると、教皇は行く先々でさまざまな人と対話していることがわかる。
(『来てください』という)招待が数多くあるなかで、どこに、なぜ行くのか。祈り、考えた末、決断して各地に赴くと教皇はいう。自身に求められる役割は決して小さくないことを承知のうえで、政治的、宗教的な問題の解決を願い、 各地で人々に語りかける教皇のスタンスは、2013年の就任後、最初の外遊先としてランペドゥーサ島を選んだことに象徴されている。教皇と監督が出会うきっかけとなった映画『海は燃えている~イタリア最南端の小さな島~』に描かれたように、北アフリカに近いランペドゥーサ島は、アフリカや中東からの移民・難民がヨーロッパへの足がかりとして目指す島だ。
2013年、2度の海難事故によって400人近くが犠牲となったこの地で祈らなければと、島に来た理由を述べた教皇は「無関心のグローバル化」ということばで、他者への想像力や共感を失いつつある現代社会を表現する。
貧富の格差を拡げ、難民を生み出し、人を困難の中に置き去りにする戦争の狂気を非難し、教会が犯した罪や自らの間違いについては反省し、謝罪する。
自身の発言の影響力を踏まえ、外に向けて発信する動的な姿と対をなすように、カメラは祈る教皇にクローズアップする。組んだ両手を、顎やお腹の辺りに置いて静かに祈りを捧げるその姿には、信仰の有無を超えて人の心に働きかける何かがある。
見ていて驚いたのは、教皇の圧倒的な人気だ。謁見専用車両の「パパモビル」からにこやかに手を振ってパレードする教皇をひと目見ようと、沿道を埋め尽くし、歓声を上げる人々の熱狂ぶりは、人気アイドルやロックスターに対するそれと変わらない。
かように宗教は力を持つ。だが、教皇が平和を祈って世界を巡った歳月の先で起きた戦争は、今なお続いている。私たち一人ひとりが、この現実と向き合うべきではないか。
text by Kyoko Tsukada
記事は雑誌ソトコト2023年11月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。