くじらキャピタル代表の竹内が日本全国の事業者を訪ね、地方創生や企業活動の最前線で奮闘されている方々の姿、再成長に向けた勇気ある挑戦、デジタル活用の実態などに迫ります。
前回に引き続き、日本酒「桂月」で知られる土佐酒造株式会社様を高知県土佐郡土佐町にお訪ねし、代表取締役である松本宗己(まつもと むねき)さんにお話を伺いました。
東工大出身で、自ら起業したソフトウェア会社を経営する傍ら、ご実家の酒蔵を「お願いして」承継した松本社長。ワインを通じて鍛えた知識と前例に囚われない合理的な思考で、日本酒業界に次々と新風を吹き込んでいます。
フランスワインとの震えるほどの差
松本 もう一つ。世界のマーケットで売っていこうとなると、当然ながら日本料理店は少なく、ヨーロッパでもレストランの8割は洋食な訳です。
ワインのアルコール度数は12度から13.5度くらいで、高くても14.5度くらいです。洋食のディナーに日本酒を合わせようとして17度もある日本酒を出すと、すぐにベロベロになります。ワインと同じ調子で飲むとすぐに酔っ払ってしまい、ワインだったら6杯飲めるのに日本酒だと3杯でアウトとなると、お店としてもソムリエとしても商売にならなくなります。
僕自身、ワインを飲む時、料理が6皿あったら6種類飲むんですが、これを普通の日本酒でやるとベロベロに酔ってしまいます。世界におけるニーズなり料理に合わせるとなると、17度にしなくても美味しい、15度で美味しい日本酒でないとダメだと考え、実践しています。
竹内 具体的に飲まれるシーンを想定し、そこから逆算してお酒を造る人は極めて珍しいですね。
日本酒の輸出に話を変えると、近年輸出額が大きく伸びていて、数年前100億円だった輸出額が2018年度には220億円になりました。すごいね、という声もある一方、たとえばフランスのワイン輸出額は1兆円を超え、ケタが2つ違います。この数字のギャップ、あるいは日本酒のポテンシャルという点ではどうお考えですか?
松本 これはもう当たり前ですよ。フランスは、150年も先行しているからです。
僕がワインを習い始めた時もそうでしたが、ワインを覚える時は大抵ボルドーからいくんです。1855年にボルドーの商工会議所が作った格付けがあり、「元々57のシャトーがあって、1級シャトーは当初4つだったのが、時代が下って5つになった・・・」と必ず習う訳です。そうなると気になって全部飲みたくなる訳ですね。
これって、すごいマーケティングだと思うんです。そもそも、パリ万博にボルドーワインを出品し、メドックのラインを世界にアピールするために地元ボルドーの商工会議所が作った格付けですから、いきなり商売なんです。フランスでは1855年の時点でそんなことをやっていたのですから、我々は150年以上遅れているんです。
今、我々の業界も頑張っていますけど、フランスと比べたら差は歴然です。まず、ワインに関してはソムリエという職業があり、フランスのワインを世界に紹介する宣教師の軍団みたいなものです。日本酒で同様の取り組みができたのは最近ですからね。
かつ、フランスには売り込みのため、ソペクサ(SOPEXA = フランス食品振興会)というJETRO(日本貿易振興機構)をさらにパワフルにしたような組織があり、補助金などもつけて自国の戦略的輸出商品としてシステマティックにワインを売ってくる、これを知った時は、震えました。
日仏150年の差を埋めるために一番早いと思うのは、世界で一流と言われるソムリエの人たちにもっと日本酒を知ってもらうことだと思います。その人たちが、「日本酒って楽しいよ、これとこういう料理合わせたらワインよりもっと合うよ」と知ってくれたら、ばっと広まりますから。
ソムリエというのはワインのために作られたシステムですが、これを敵に回して戦いを挑むのではなく、むしろ彼らにとってメリットがあるようにしていけばいいですし、1兆円に対抗してもう一つの1兆円市場を作るのではなく、その10%、1,000 億円でいいと思っています。たとえばフレンチのコースで6杯ワインが提供されるとします。その中にポートワインが入るのかも知れませんが、たまには日本酒も1杯入れてもらうという具合になればいいですよね。
だって考えてください。日本酒の国内マーケットって、そもそも4,000億円位しかないんですよ。その中で輸出額1兆円目指すのは無理ですから。いいんですよ、1,000億円で。
ただその為には、さっきのアルコール度数の話に戻りますが、度数の高いお酒ばかりだと彼らソムリエにメリットがない訳です。
1本50万円の日本酒はできるか?
竹内 眼から鱗が落ちる話ばかりです。日本酒のポテンシャルは凄まじいですが、一方で弱点としてよく言われるのが、原料である酒造好適米が大抵同じで、産地も限られていることです。「いや、コメは同じだけど、うちの蔵は創業以来住み着いている菌が違うんです」という話では、説得力が弱いと感じてしまうのです。
松本 それはほとんどブードゥー教の世界ですね。
竹内 もう一つは、世界トップクラスのワインと比べた時の値段の安さ。ブドウのように長期熟成を前提に作られておらず、糖度が十分でないから10年、20年と熟成させるのは難しく、1本50万円みたいな日本酒は作れないのだ、という話を聞くのですが、これはどう思われますか?
松本 それは間違いだと思います。今、僕自身も少しずつ始めていますが、実現可能です。
竹内 そうなんですか?!
松本 なぜ今まで日本酒は長期熟成しないように誤解されていたかというと、日本酒は「清酒」と表記されるように、元々「清い酒」であって、透明であることをよしとするという考えが業界にも消費者にもあったからです。日本酒も白ワインと同じで、熟成させると黄色がかった色味になりますが、それを評価する考えがなかったのです。日本酒鑑評会でも、色がついている日本酒はペケがつきます。管轄である国税庁が考える明確な「お役所」基準があるからです。
竹内 農林水産省ではなく徴税組織である国税庁が日本酒を管轄しているのも、やや微妙な感じがしますね。糖度の問題で熟成させても風味がよくならない、ということではないんですね。
松本 ワインのアルコール度数は概ね12~15度ですが、50年前のボルドーであれば13度のものもあります。そうなると、15-17度の日本酒の方がアルコール度数は高いですよね。それはどういうことかというと、液体の組成としては日本酒の方がワインより長期間、安定的に置いておけるということです。
実際、販売はしていないですが、50年、80年熟成させている日本酒を酒蔵で持っている方がいます。熟成させた方がいい、と分かっている人はいるのです。
またワインの場合、プリムール(新酒)なり瓶詰め前の段階で、ワインの熟成を生業にしている仲買人やワイン商が買いますし、裕福なユーザであればその段階のものを買って自宅のワインセラーに置いておいて30年後に子や孫が飲む、というような文化があります。シャトー自身が熟成にかかる経済的リスクを取っている訳ではないのです。
日本の場合、まず暑い上にセラーを持っている人が少ないですよね。代わりに酒蔵で熟成させるとなると、運転資金もかさむし、在庫分の金利もかさむので難しいです。もし日本でも、お客さんが新酒を買って熟成させるような慣行が一般的になれば、長期熟成の高級日本酒は一般化すると思います。
また、世界の1本10万円、50万円、100万円するワインって一体どうなってるんだろうと考えると、限られた土地で作っていることも大きいでしょう。
収穫量制限をする覚悟はあるか
松本 世界の1本10万円、50万円、100万円するワインで有名どころでいうと、たとえばDRC(ドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティ)ですよね。運動場1つくらいの大きさの畑でロマネ・コンティを作っていて、世界的名声を博しているけど、何百年経っても採れる量が絶対に増えません。だからすごい値段で取引されますし、それが故にものすごい手間をかけて最高の状態を維持しているんです。
翻って日本酒の世界を見てみると、この近くの最高の棚田で現代の栽培技術を駆使すると、一反あたり7俵、8俵のコメが取れます。こういう言い方をすると語弊がありますが、これは不健康だと思うんです。江戸時代、化学肥料や農薬なしでやっていた頃の一反の収穫量がどれくらいかと言うと、2.5俵から3俵くらいで、今の1/3くらいです。
その頃は農薬がなかったけど、イネはそんなに病気にならなかったと言われています。現代は栽植密度が高いのでイネにストレスがかかり病気になりやすいので、それを防ぐために農薬量を増やす訳です。
今、日本では田んぼは余っているのに、1反当たりの収穫量を増やそうとして農薬やら肥料やらをいっぱいバラ撒いているんですが、これは全く馬鹿げています。発想を変えるべきではないでしょうか。
竹内 なるほど・・・。
松本 土地の持つ力に任せ、収穫量を絞ればいいんです。収穫量が1/3になっても、きちんとやれば値段は2倍、3倍になる。そうすると、お米の味も変わってくる。地面の個性が出てくる。土壌のミネラルの絶対量が同じでも、コメ粒の数が1/3になれば、それだけ1粒に凝縮されます。
竹内 ブドウもそうですもんね。
松本 全くその通りです。もし日本酒の世界でDRCと互角に戦う覚悟を持つのであれば、まず収量制限しないといけません。なんでもかんでも量を増やしていたら、逆立ちしたって勝てる訳ないですよ。
竹内 酒造好適米は、品種が偏っている以上に生産地も集中しているのでブドウみたいに土地ごとの個性が出ない、と思われがちですが、収量制限をするとその土地の個性が出てくるということですか。
松本 土地が出ます。土地も、気候も、全部出ます。
その話にも繋がるのですが、日本酒には「何年もの」というビンテージがないですよね。うちではちょっとやっていますが。日本酒になぜビンテージの考え方がないかというと、やっても意味がないからですよ。
竹内 意味がない?
同じ田んぼでなければ、ビンテージに意味はない
松本 日本酒のビンテージに意味がないのは何故かというと、毎年違う田んぼのお米でお酒を造っているからですよ。酒造用のお米を頼んでも、通常は「必ずここの田んぼから」とは指定できません。田んぼが違うのだから、年をまたいで比較したって意味がないんです。
その点、うちは、この村のこの棚田です、とハッキリ言えます。その田んぼで獲れたお米で同じお酒を造っているから、2017年、2018年、2019年と気候の違いがちゃんと味に反映されるんです。
竹内 ブドウのように、「今年は雨が降らなかったから味が凝縮しているな」とかもあるのですか?
松本 暑ければ暑いとちゃんと出るんです、これが。良かれ悪かれね。そうなって初めてビンテージとしての意味が出てくるんです。その理解のないままワインの真似して日本酒のビンテージをやっても、はっきり言って何の意味もないんですよ。
本当の違いを見るなら条件を統一しないといけません。同じ田んぼで同じ農家が、一生懸命その年なりの気候条件で作っているお米で仕込むから、ビンテージの差が面白いのです。
ただ、それができるのもうち位の事業規模だから、ということもあると思います。大きい酒蔵ではできないし、やりません。農家と組んで田んぼまで指定するのは面倒くさいし、安定もしませんから。
だから、ビンテージなどの商品に取り組めるのは、今の事業規模のせいぜい5倍位までだろうと思っています。
竹内 ワイン愛好家は畑に見に行く人が多いですけど、日本酒が好きで田んぼを見にいく人はあまりいませんよね。「ボルドーのこの畑は小石だらけで・・・」とか「土を口に含むとミネラルの香りが・・・」とか、ワイン好きは畑に関する蘊蓄が大好きですが、同じことが田んぼでもあれば素敵ですね。
「アル添酒」の問題
竹内 もう1点、やや聞きにくい質問があります。外国人に日本酒の説明をする時にいつも苦慮するのが、醸造アルコール添加酒、いわゆる「アル添酒」の問題です。
松本 これは、僕の中では決着をつけています。うちが輸出する商品については、一切アルコール添加はしません。
地元で長く飲まれてきた普通酒に関しては愛好者がいるので、それは変えられないのですが、海外に輸出するにあたっては「アル添酒」ではストーリーを作りようがないし、絶対に無理です。
2015年に国税庁が「地理的表示における日本酒」の定義を作り、清酒と日本酒を定義上分けました。その定義では、日本酒とは「原材米に国内産米のみを使い、かつ、日本国内で製造された清酒」とあります。それまで清酒と日本酒は一緒だったのに、日本酒は清酒の一区分となり、外国産米を使ったものや海外で醸造されたものは「日本酒」ではないということになりました。
この定義自体、僕はやらなくてもよかったと思うのですが、いずれにしても純米酒ではないお酒は「日本酒」であってもアルコールを添加しています。そのアルコールはどこから来ているかご存知ですか?
竹内 分からないです。
松本 国産の米焼酎でも使っているのかな、と思うでしょう?実は、ほとんどブラジルから来ているのです。
ブラジルのサトウキビ由来の粗留アルコールを日本に持ってきて、再度蒸留して精製したものを醸造アルコールと呼称して添加してる訳です。「日本酒」の定義を決めておきながら、いきなり日本国外の原料なんですよ。ここにロマンを感じますか?サンバのリズムが聞こえそうですよ。
竹内 陽気なサンバのお酒になってしまいますね。
松本 アルコール添加によって美味しくなるのだという言う人もいて、そう言う人がいてもいいですけど、それでは海外では絶対成功しないと断言できます。
アルコール添加した方が味がすっきりして飲みやすくなる、というのは実際あるのです。ロジックもあります。お米というのは米粒の外側にタンパク質が多く、真ん中になる程タンパク質が少なくなります。タンパク質は酵素で分解されてアミノ酸になるのですが、これが適量だと旨味になります。一方で多すぎると雑味になってしまうのです。
そのために我々は精米してお米の外側を削り、アミノ酸の濃度を調節しているのですが、アルコールと水を入れて薄めたら、それをしなくてもアミノ酸の濃度が下がり、すっきり飲みやすくなるのです。
これは原料であるコメの問題でもあります。コメの肥料の主成分は窒素分ですが、肥料を減らせば窒素分が少なくなり、タンパク質の量が少ないコメができるんです。この状態のお米を使えば馬鹿みたいに精米しなくても、すっきりしたきれいなお酒になるんです。収穫量を追い大量に窒素肥料を使うから、アミノ酸過多のお酒になり、それをすっきりさせるために醸造アルコールを添加しているのです。
お米のない時代じゃあるまいし、そんなことしなくてもすっきりとしたお米や日本酒はいくらでも作れます。海外に輸出する価値は、ないです。
竹内 先ほどの収穫量制限とも全部つながりますね・・・。「アル添酒」の話は、酒造関係者の誰にお聞きしても嫌な顔をされてしまうので、松本さんの話は極めて新鮮でした。
松本 アルコール添加は江戸時代から、という人もいますが、その時代にブラジルから原料アルコールは来ていないですよね。だから日本の酒造りの伝統、といっても大した伝統ではありません。「アル添」なんかしなくても、きれいな酒を同じ精米歩合で作ろうと思うのなら、田んぼを何とかしたらいいし、肥料の量を考えればいいんです。
僕のスタンスは極めてハッキリしていて、アル添酒は輸出しないし、東京にも売るつもりはありません。毎日飲んでくれている地元の人たちが喜んでくれれば、それでいいです。僕が広げていきたい世界ではありません。
テロワールは郷土愛
松本 うちでは農協より多く地域のお米を買っていますし、その値段も農協より高いんです。こだわった作り方のできる熱心な農家を集めたいから、高くお米を買いますし、買う量も増やしています。
農家の後継者不足が叫ばれていますが、安定して高値でお米を買ってくれる先があれば、次の世代の人も「自分もお米作りやってみようかな」となるかもしれないですよね。
僕は、テロワールは郷土愛だと思うし、テロワールを突き詰めていくば、地域への愛になります。ワインだって、どんなに条件が悪くたって、岩だらけの斜面だって、そこにしがみついてブドウを作って、テロワールによって価値に替えていこうとしていますよね。だからこそ地元に職が残り、産業が成立する訳です。
これはお米でも全く同じ話で、日本中の酒蔵が地元地域への愛情を持ち、テロワールにこだわった地元のお米を使っていたのなら、地方はここまで荒廃していないはずです。
テロワールを、ある人は土壌成分、ある人はマイクロ・クライメイト(その地域の気象条件)と言います。それは、もちろん含まれますよ。でもそれ以上にあるのが、人的要因や歴史だと思います。
たとえば、この地域は山です。山なので昔は刺身なんか食べられませんでした。高知の海辺の酒は海産物に合わせるために辛口が多いと言われますが、嶺北地域では山の野菜や肉を食べているので中辛、やや甘いくらいです。毎日の食べ物に合わせて美味いと思う酒を造って、100年以上かけてその味になっているのも環境要因だけではなくて、テロワールなんです。
竹内 その地域の人々が、生活の中で紡いできた味ですね。
松本 高知県は田舎で何もなくて、僕も昔は「うーん」と思いましたけど、一回外に出てみたら高知県の素晴らしさに気付きました。高知県は全国で最も工業化していない地域の一つで、第二次産業が少ないんです。
その代わりに何が残ったかというと、自然です。きれいな水です。工業的には豊かにならなかったかもしれませんが、僕は一周回ってラッキーだったと思っています。
高知の人たちが生きていくには、商品を通じてきれいな自然を価値に転換するしかありません。だから、東京の真似をして小さな東京になろうとするのはやめた方がいいと思います。
竹内 世界の市場を見据え、現地で飲まれるシーンまで想像できる一方、郷土愛までを高い次元で融合させている。松本社長の稀有な才能ですね。
酒蔵の方と話していて、これ程納得感のあるお話は初めてでした。今日は本当にありがとうございました!