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連載 | やってこ!実践人口論

人と移動を考える

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「実践人口」を増やすための合言葉が「やってこ!」である。「やってこ!」が世代を超えたつながりを生み、ローカルをおもしろくする。不安と好奇心半分でタネを蒔いてこ!

人類史の中で移動の制限が生まれた期間は、ごくわずかだろう。家から一歩も出ることなく、家の空間で時間を過ごす。世界同時多発的に起きた移動の制限によって、生活の様式美から日々の思考まで大きな影響を及ぼした。昨年、「人間が歩く」行為について取材したところ、そもそも人間は歩くことでエネルギーを生み出してきたことがわかった。ホモ・サピエンスの進化を辿ってみても、歩くことでエネルギーの素となる食事の糧を得ているのは明らか。狩猟採集はもちろん、家族帯の群れで行動をともにして、生存確率を上げる。その過程で得た知識や知恵すらも共有し、群れの強みを伸ばしたと言われている。
 
動物として捉えた人間は、最低でも2キロ(30分以上)は歩き、身体に流れるエネルギーのバランスを保っているそうだ。ここで指すエネルギーは、食事から得られる栄養素だけの話ではない。人間の身体は約60兆個の細胞がものすごい速さでつくられ、そして破壊されることで成り立っている。この細胞の秩序を保つためには、歩いてメシを食うことが欠かせない。
 
現代に置き換えていえば、会社まで徒歩30分かけて到着し、午前中に仕事を軽くこなし、同僚と共に新たなランチを求めて町を散策。社会情勢を取り巻くニュースについて会話しながら、時には会社の愚痴を吐くこともあるだろう。歩きながら話すと会話が弾む。身体の動きや歩幅を真似ることで、目的地に到着するまでの秩序を見出すのは、いわゆるミラーリング効果で親近感が生まれるそうだ。このちょっとした余白の時間は、集団形成した資本主義社会の人間にとって、必要なエネルギー交換を生むための装置と考えてみたらおもしろい。

現代社会のエネルギー交換

当たり前の日常ともいえる行為の連続性に移動の概念を当てはめたとき、実は現代人としてエネルギーを得るための法則に従っていた説……。緊急事態宣言下の中では、この一連の法則が停滞してしまった。朝起きて、リモートで会議に参加。通販で買い込んだ食材を使って、適当に自炊をして食事を済ます。まったく歩かずに、パソコンを通した脳的なクラウドの世界で一日があっという間に終わってしまう。これは私自身の日常でもあった。
 
そして移動が緩和された現在においても、意識的に歩かなければ同じような一日が生まれてしまう生活様式の残酷さを憂いている。もっともっと歩かなければならない。なぜなら秩序を失った身体の細胞がバラバラに飛び散って、無秩序の倫理観をSNSに投げ込んでしまう恐れがあるからだ。これは個人の危機感でもあるが、今もなおSNSは社会を映す鏡として無秩序に進化し続けている。「いいね!」もフェイクもへったくれもないスマホ社会は、確実に身体性を放棄させるように導いている。思い出してほしい。宅配業者のワイルドな置き配、そしてウーバー配達員のチャリによる高速道路爆走の姿を……。身体性を無視した利便性を謳うシステムに対して、人間の倫理観が追いつかなくなっているのではないだろうか。

実際に歩いてみた

もし手元にiPhoneがあれば、純正アプリ「ヘルスケア」をタップしてほしい。過去の歩数がすべて記録されている。ウイルスを恐れて誰とも会わずに家で過ごしていた期間、そこに表示されている数字は100歩前後だったりする。きっとスマホを持ってトイレに行ったり、ベッドまで移動したり、最低限の移動が記した悲しい数値。心身の不調をきたしているときこそ、歩かずにひきこもっている可能性が高い。私も一時期「あれ、鬱の再来か……?」と心を疑った瞬間があった。こちとら長野県の車社会ド真ん中。ちょっとした距離のコンビニすら車に乗っていた。アプリのログデータを遡ってみたら、わりと歩く取材時の移動をプラスに見積もっても一日平均が約4000歩の体たらくっぷり。昨年10月から片道徒歩20分を軸として、買い物や飲み会でも必ず歩くように意識を変えてみたところ、一日平均が6000歩まで上昇(!)。適度な運動を取り入れることによって、眠りの質もよくなったのだろうか。ハードな肩こりの常連だったが、ウソみたいに肩こりを感じる日が激減した。そして歩くことが楽しくなったのだ。たった2000歩の差分で身体の秩序が保たれたのだとしたら、あまりにも歩くことの価値が大きい。みんなもっと歩いて、まちを見渡そう。誰かと散歩をしよう。社会の秩序と人間の尊厳は、その一歩から生まれるのかもしれない。
text by Huuuu
徳谷柿次郎(とくたに・かきじろう)●1982年生まれ。大阪出身の編集者。全国47都道府県のローカル領域を編集している株式会社『Huuuu』の代表取締役。長野と東京の二拠点生活を経て、長野に移住。どこでも地元メディア「ジモコロ」の編集長として、全国47都道府県を飛び回る。地域特有の課題を情報発信の力でサポートしている。趣味はヒップホップ、温泉 、カレー、コーヒー、民俗学など。
記事は雑誌ソトコト2022年3月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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