東京から愛媛県の今治市へ移住し、築70年を超す古民家を自宅として購入したわが家。リノベーションによって生まれ変わった自宅で家族4人、田舎暮らしを満喫中だ。住むほどに味わい深く、子育て世代にもおすすめしたい古民家の魅力については、これまでもお伝えしてきた。
しかし古民家のリノベーションにあたっては新築とは違う様々なハードルにぶつかったことも事実。物件探しや工務店選び、プランニングや実際の施工に至るまで、判断の連続だった。
この記事では自身の経験を元に、古民家リノベを多く手がけ、古民家の特長を知り尽くしたプロの工務店に大小さまざまな疑問をぶつけてみようと思う。多くの古民家ラバーのヒントになる情報をお届けしたい。(協力:株式会社クラス(愛媛県松山市)代表取締役社長 矢野陽子さん)
これまでの連載はこちら 【瀬戸内の古民家で子育てはじめました】
古民家は地震に弱い?
ー今年元旦に起きた能登半島地震では多くの方が犠牲になりました。大きな地震があると必ず話題になるのが、住宅の耐震性能です。ずばり古民家は地震に弱いのでしょうか?
矢野さん:当社では古民家リノベと新築、どちらも手掛けています。その上で新築と比べて古民家が地震に弱いとは、一概には言えないと思っています。
ーそれはどうしてでしょうか。
矢野さん:現在日本で施行されている建築基準法という法律では「耐震基準」と呼ばれる地震に対する基準が定められています。ただこれはその名の通り「耐震」に対する基準です。
耐震とは、建物自体の構造を強くして、地震の揺れに耐えるように設計された構造のこと。一方の古民家はそもそものつくり方が「耐震」とは限りません。地震の力が建物に直接伝わらないように逃がす「免振」構造など、工法にもいろいろな可能性があります。
ー確かにわが家も、床下の基礎は石の上に柱が立っていただけでした。
矢野さん:地面と建物がくっついていない免震構造の場合は、しなやかに揺れながら地震の力を逃がすことができます。地面と建物をがっちり固める耐震住宅とは理論が違うんですね。
そういった耐震とは異なる工法で建てられた古民家を耐震基準に当てはめれば、弱くなってしまうのは当然です。
ー古民家と新築の住宅では、地震に対する考え方が違うんですね。
矢野さん:難しいのは、現在の法律や補助金制度は、あくまでこの耐震基準に則って設計されていることです。だからどうしても今のルールの中で「地震に強い家」にしようとすれば、「耐震基準を満たした家」と考えられがちです。
でもそれを古民家に当てはめることだけが正解かといえば、決してそうではないと思うんです。
事実、新築するのであれば現行の新耐震基準を満たすことは必要ですが、これはあくまで新しく建物を建てる場合の話。建てられた当時に法律をクリアしていたかが重要なので、古民家の場合は当てはまりません。耐震化をするもしないも、どちらの選択肢を選ぶこともあり得るんです。
ーどう考えるかはケースバイケースなんですね。古民家に合った地震対策として、できることはあるんでしょうか。
矢野さん:例えば文化財や寺社のような伝統建築だと、専門家の方に依頼して、限界耐力計算という計算方法で地震に対する強度の診断を行うこともあります。建物に使われている建材やその古さ、組み方など一つひとつを入念にチェックして行うので、かなり専門性が高い内容ですが、その分かなりのコストがかかります。一般の古民家でそこまでされるケースは現実的ではないかもしれません。
また古民家であっても、現代の基準に合わせて「耐震化」を目指すことも不可能ではありません。新築同様にコンクリートで基礎を固めたり、耐震壁といわれる丈夫な壁を配置することで補強はできます。
ただこれも一定の耐震基準を満たせば自治体からの補助金も見込めるとはいえ、ある程度のコストがかかってしまいます。また耐震化の方法によっては、ありのままの古民家らしさが失われてしまう可能性もあります。
どちらにしても「これが正解」というものはないので、予算を考えながら施主さんの納得できる方法を提案しています。
ーわが家の場合は、ある程度は耐震化を意識しつつ、ベースは古民家としての構造を生かす決断をしました。住まいを考える上では耐震性能だけじゃなくて、住み心地やデザインなども重視したい。矢野さんのアドバイスもいただきながら、総合的に考えて判断しました。
矢野さん:小林邸の場合は柱や梁の構造はそのままに、残す壁・新設する壁の位置でバランスをとりながら、重心と剛心との距離を検討しました。基礎も、古民家ならではの石場建てをベースに補修しています。
仮にたとえ新築で耐震性能を追求した住宅だったとしても、「絶対に安全」ということはありません。建物だけでなくて地盤や、周りの環境も大きく影響します。
ただもちろん、少しでも安心して住めるようにできる限りの準備はしたい。優先順位を付けながら、納得できる方法を探っていくしかないかなと思います。
安心の古民家暮らしのためにできること
矢野さん:いくら地震対策を施していても、家を支える構造が傷んでいたら話になりません。古民家の場合は、そういうポイントにも目を向けて改修を進める必要があります。
ー例えばどんな点を意識しているんでしょうか?
矢野さん:よくあるのは雨漏りや蟻害、腐食といったトラブルです。どんな良い建築でも、やはり時と共に劣化したり、傷んだりしてしまうものです。新築とは違って、こういった補習やメンテナンスも重要になってきます。
ーこの辺りはなかなか一般人には分かりにくいところです…。わが家も家探しの段階で、「この建物は住んで大丈夫なのか」の判断にはすごく困りました。
矢野さん:特に古民家の場合は、建築当時のまま残っているものってすごく少ないんです。住み続ける中で改築したり、増築したりしながら、形を変えてきているケースがほとんど。そうなると例えば増築した建物と母屋との間に屋根の谷が生まれて屋根裏で雨漏りしていたり、影が生まれて湿気がこもっていたり、思いがけない弊害があったりするものです。
ただこれは本当にケースバイケースで、状況はまるで違います。信頼できる工務店や建築のプロに判断を仰ぐのがいいかもしれません。
ー工務店選びもとても重要なんですね。どういう点に注目したらいいか、アドバイスはありますか?
矢野さん:古民家のリノベーションの場合は、設計と施工どちらもできる会社さんがオススメです。一軒一軒いろんな状況がある中で、机上の計算や設計だけでは成り立たない部分がどうしても出てくるんですよね。
そういう意味では、実際に施工まで一貫して責任を持ってもらえる会社さんの方が臨機応変に対応してもらいやすいと思います。
またある程度、経験がモノをいう部分もあります。古民家ならではの構造や建物の特長、クセを理解している大工さんと連携している会社さんだと、参考になるアドバイスをしてもらえると思いますよ。
古民家は、現状に合わせた地震対策が大切
お話を伺って感じたのは、地震に強い古民家もあれば、弱い古民家もあるということ。メンテナンスされた古民家もあれば、雨漏りでぼろぼろになった古民家もあります。
古民家の特徴やバランス、増改築の有無、見えない部分のトラブルなど、いろんな視点で眺めてみて初めて、住み続けるに堪えるのかどうかの判断ができるのです。
自然素材のあたたかみや手触りの気持ちよさなど、古民家には古民家にしかない良さがあります。ぜひその魅力を知っていただき、そしてそんな人が古民家暮らしを安心して選んでいただけたら、一古民家ファンとして嬉しく思います。
文・写真:小林 友紀(こばやし・ゆき)