美術館で観た映画が人生を変えるかもしれない。福岡「FAMシネマテーク」仕掛人の挑戦

美術館で観た映画が人生を変えるかもしれない。福岡「FAMシネマテーク」仕掛人の挑戦

2020年夏、福岡市美術館のミュージアムホールで始まった「FAM(ファム)シネマテーク」。毎月さまざまな特集テーマをかかげ、福岡未上映の作品を中心に上映している。全国的にもミニシアターが減りシネコンでのドル箱タイトルばかりに人が集まる昨今、あえて美術館で映画をやる理由を、仕掛人の木下竜さんに聞いた。

木下竜さん
FAMシネマテーク」運営 木下竜さん:福岡市のコンテンツ企画制作会社・株式会社利助オフィス所属のプロデューサー。かつては映画の輸入会社に勤務したこともある映画愛好家。2014年には福岡に「爆音映画祭」を持ち込み、以降博多の映画ファンにはおなじみのイベントに。2020年8月、福岡アートミュージアムパートナーズ株式会社と株式会社利助オフィスの主催で「FAMシネマテーク」をスタート。

実は中止イベントの代替案だった


「FAMシネマテーク」を運営するコンテンツ企画制作会社・株式会社利助オフィス(福岡市)の木下竜さんは、上映する作品の選定や特集の企画から、音響の手配、広報・宣伝までを担う。コロナ禍という状況にありながら、映画を美術館で毎月上映、しかも福岡未上映の作品だけを特集。このチャレンジングな企画がスタートした背景を伺うと、意外な答えが返ってきた。


木下さん「実は元々、別の企画を提案していました。2020年春から浪曲公演のシリーズを隔月でやるはずだったんですが、コロナで見通しが立たなくなってしまい、代替案として提案したのが『FAMシネマテーク』でした」


福岡市美術館
福岡市中央区、大濠公園の敷地内にある「福岡市美術館」。写真提供:福岡市美術館(撮影:株式会社エスエス上田新一郎)

2019年春にリニューアルした「福岡市美術館」では、より幅広い層に美術館へ来館してもらうために多彩なイベントを行ってきたが、コロナで様々なイベントの中止を余儀なくされてしまった。そんな中で新たに「FAMシネマテーク」のプロジェクトを立ち上げられたのは、映画愛好家としても知られる木下さんだからこそだった。 


木下さん 「昔映画関係の仕事をしていたり、2018年まで『爆音映画祭in福岡』を企画運営していて、映画なら多少は勝手知ったるところなので。実は福岡市美術館のホールでは、昔アンディ・ウォーホールの実験映画などアーティスティックな作品が定期的に上映されていたんです。僕もロシアのアレクサンドル・ソクーロフ監督の作品を初めて観たのは美術館のホールでした。ところが、その後何故かあまりそうした作品が上映されなくなってしまって寂しい気持ちがしていたので、これはやる意味があると思いました」


FAMシネマテーク
2020年11月に実施された「台湾映画特集」の客席。(c)FAMシネマテーク

福岡未上映作品というこだわり


上映されるタイトルは、シネコンはもとより福岡のミニシアターでもかからなかった“福岡未上映作品”ばかり。毎月さまざまなテーマで特集が組まれている。


「FAMシネマテーク」上映ラインナップ



  • vol.1 真夏のカルトホラー合戦(2020年8月)

  • vol.2 フレデリック•ワイズマン監督特集(2020年9月)

  • vol.3 宮崎大祐監督特集(2020年10月)

  • vol.4 台湾映画特集(2020年11月)

  • vol.5 『典座 -TENZO-』特別上映会(2020年12月)

  • vol.6 『VIDEOPHOBIA』特別上映会(2021年1月)

  • vol.7 香港映画特集(2021年3月27日〈土〉上映予定)


木下さん 「いま全国的にミニシアターが衰退してますよね。福岡市は150万都市でスクリーン数で言えば全国でも有数ですが、去年やっと新しい小屋が出来ても、ミニシアターと呼べるのはたったの2館です。上映しなくてはいけない作品本数が多すぎるので、細切れで上映期間も短くせざるを得ず、観るきっかけやタイミングがつかめない。きちんと作品の色づけをしたり作家の特集を組んだりという機会が失われています。そこを埋め合わせ出来ればいいなという思いが強いです」


しかも単発の上映イベントや何ヵ月かに1回ではなく、同じ場所で定期的に行われているという事が大切だと木下さんは言う。


木下さん 「とはいえ、独りよがりなプログラムになってもいけないので、バランスを取りながら選んでいるつもりです」


FAMシネマテーク
上映されるミュージアムホール入口には作品ポスターの展示や、タイトルによってはパンフレットなどの物販もある。(c)FAMシネマテーク

美術館と映画の相性は?

アートと映画を同じ場所で楽しめる贅沢


「美術館で映画を観ること」は、とても意義のあることだと話す木下さん。


木下さん 「美術館と映画は相性がいいんですよ。例えばニューヨーク近代美術館を見ればそれは明らかですよね。実際、福岡市美術館のホールで映画を観るとすごく気分がいいんです。映画の前後に館内をそぞろ歩いたり、展示を見たりするととても気持ちが豊かになるんですね」


偶然観た映画に心揺さぶられることも


いま「映画をスクリーンで観たい」と思えば、ネットなどで観たい作品についてチェックし、人によってはオンラインで席まで押さえた上で映画館に向かう場合もあるだろう。目的の作品を観る分には効率的で便利な時代になったが、一方で好きなジャンルやテイスト以外の映画を観る機会は少ないのではないだろうか。この“映画との出会い方”という点においても、本来は映画を観る場所ではない美術館だからこそ、観客に新鮮かつエモーショナルな体験を与えてくれるという。


木下さん 「『典座 -TENZO-』を上映した際に、たまたま通りかかった方にチラシをお渡ししておすすめしたところ、本当にその方が観に来てくださったんです。上映後なかなか出ていらっしゃらないので、館内を確認したところ、席でずっと泣いていらっしゃって。ホールを出られる際に『本当に観に来て良かった。ありがとうございます』とお礼を言われました。やって良かったなあと心から思いましたね」


FAMシネマテーク
作品によっては音にもこだわる。vol.1「真夏のカルトホラー合戦」では、福岡の音響プロ集団「倉重音楽工房」が音響を担当。(c)FAMシネマテーク

展覧会を見にきた人に、人生を変えるような映画に出会うきっかけを提供できるかもしれない。美術館で映画を上映する意味はそこにあるのだと木下さんは言う。


コロナ禍での挑戦が新しい楽しみ方を生む


コロナ禍での開催に際しては、消毒液の設置や収容人数の制限といった感染対策を実施。また、幕間の時間を長めにとり、換気と座席消毒を徹底している。


木下さん 「幕間を利用して展示をご覧になる方もいらっしゃいますよ」


また、withコロナ時代の新常識ともいえるオンラインミーティングを活用し、監督のオンライン登壇も実施。


木下さん 「『典座 -TENZO-』と『VIDEOPHOBIA』上映会の際に、遠方の監督と会場を繋いでオンライン・トークを行いました。これが殊の外楽しかったんです。質疑応答も活発でしたし、監督のパーソナルな部分のお話も聞けたりして、観客のみなさんにもとても好評でした。味をしめたので、そのうち海外とも繋げてやってみたいと思います」


実際に来場してもらうとなると予算的に難しい場合もオンラインなら可能になるし、何より観客も監督も緊張せずリラックスできるため、和やかに交流できるのだ。


FAMシネマテーク
「VIDEOPHOBIA」特別上映会での宮崎大祐監督によるオンライン登壇。観客からも積極的に手が上がった。(c)FAMシネマテーク

「行けばちょっと変わった面白い映画と出会える」場所に


「FAMシネマテーク」がスタートしてまもなく半年。コロナ禍で集客はもとより認知度の面でもまだまだだが、観客の反応は良いという。


木下さん 「いつかは『美術館に行けば、シネコンでかからないようなちょっと面白い作品にいつも出会える』という風に、市民の皆さんに認知されたらいいなと思っています」


街角に小さな映画館がいくつもあった頃。看板やポスターに引かれふらりと立ち寄って観た作品が、その先もずっと長く心に残っていたりする。福岡市美術館の「FAMシネマテーク」は、かつての“街の映画館”がそうであったように、人々の心をより豊かにし、地域の文化•芸術を成長させる存在になり得るかもしれない。


福岡市美術館
福岡市美術館は天神にもほど近い都心部にありながら、大濠公園の緑に囲まれた環境でアートに触れられる。

FAMシネマテーク
福岡市美術館「ミュージアムホール」
福岡市中央区大濠公園1−6


※2021年1月初旬に取材した記事です。新型コロナウイルスの感染状況により、記事内容とは異なる場合があります。

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