家族と、地域と、仲間と、自然と……。さまざまな要素が混ざり合い、『藍染め屋aiya』の代表を務める南部さんの人生を美しく染め、ウェルビーイングな暮らしをつくり出す。南部さんにとって藍染めとは何なのか?
人を好きになるように、藍染めに夢中になった。
南部歩美さんが藍染めを始めたのは2015年の夏、30歳のとき。富山県魚津市にある夫の雄司さんの実家のガレージを染め場として借り、骨董品屋で買った小さな甕に“建てた”染め液で手ぬぐいやバンダナを染め、手づくり市などで販売することからスタートした。
藍染めはほぼ素人だった。20歳のときに長女の咲永さんを産んでから食や農に関心を持ち、味噌を手づくりしたり、天然酵母パンを焼いて近所に配ったりして、「パン屋になりたい」という夢も持ったが、叶えることはなかった。3歳になった咲永さんを連れて、北海道の森の中に暮らす知人の染色作家が、毎夏行っているキャンプに参加したのは08年のこと。そこで草木染の体験をしたのが藍染めとの初めての出合いだった。その3年後、離婚した南部さんは突然、藍染めの本場の徳島県で、途絶えようとする伝統技術の継承のためにと職人が開いた藍染めの勉強会に参加した。「思い立ったらイノシシのように突っ走るので」と南部さん。咲永さんを実家に預けて10日間、藍染めについて学び、その美しさに心を動かされた。「ただ、富山県に藍染め職人はいなかったため、それ以上深くは学べず、戻った後は自分で腕を磨き、経験を積んでいくしかありませんでした」。その頃知り合った雄司さんと再婚し、次女の美咲さんが誕生。15年に実家のガレージで『藍染め屋aiya』をオープンした。
なぜ、30歳からの仕事として、経験のなかった藍染めを選んだのか。「よく聞かれるのですが、私にもわからないんです」と屈託のない笑顔で答える南部さん。「藍染めに夢中になるのは、人を好きになる感覚に似ています。藍染めについて調べていくうちにどんどん興味が深まり、自分でもわからないうちに。そんな感じです」。
好きなことに猪突猛進。南部さんらしい生き方だ。
鹿熊の人たちと一緒に、ファッションショーを。
藍染めの魅力に“染まって”いった南部さん。「染め液を管理しやすい大きな藍甕を使ったほうがいい」と徳島の職人の助言に従い、二十数万円する藍甕を購入。2018年末には、「生活と染め場、蓼藍の畑が近接した家に住みたい」と魚津市内の鹿熊地区へ家族とともに移住した。家の中に染め場を設け、藍甕も4本に増やした。20年には藍染めの原料である蓼藍を栽培する畑として、鹿熊の人の好意によって約3反の休耕田を借りることもできた。「オーガニックに育てた蓼藍から蒅をつくり、衣服を染め、廃液は畑に戻すという循環型の藍染めを実践したいです」と南部さん。早速、蓼藍の種を仕入れ、畑で育てたが、栽培は簡単ではなかった。「長雨によって畑に水が溜まったり、ワークショップ形式で草刈りや苗植えを行おうと考えていたのにコロナの影響で中止になったり。蓼藍の収穫はできたものの、地域の方に手伝っていただいた田起こしの後、私たちが苗を定植するタイミングが遅れたことで雑草が茂り、蓼藍と雑草を分けるのに手間取ったりと大変でした」と振り返り、「今年は上手にやります」と意気込んだ。
移住して3年。徐々に鹿熊の人々に受け入れてもらっている実感があると南部さん。「耕運機を持っていない私の代わりに畑を耕してくださったり、電気柵を設置してくださったり、いつの間にか畦の雑草を刈ってくださっていたり。夏の暑い日には『がんばっとっぜ』と声をかけてくださります。先日は、美咲の小学校の入学祝いにホールケーキが2つも届いたんです。娘とおいしくいただきました!」と藍染めや暮らしそのものが応援されていることが心の支えになっていると喜ぶ。
そんな鹿熊の人たちを前に、南部さんはこの夏、ファッションショーを開きたいと企画を練っている。「藍は庶民の染料で、野良着にも使われていました。昔ながらの藍染めを着て暮らす光景が鹿熊に蘇ったら」と夢を描く。南部さんの藍染めの仕事のお披露目になると同時に、ショーを手伝う地域外の人たちと鹿熊の人たちの交流の場になればとも願っている。
藍染めありきではなく、人と出会うための手段。
天然酵母でパン生地を発酵させるとき、温度や酵母の状態の違いで膨らんだり、膨らまなかったり差が生じてしまうことがある。天然染料を使った藍染めも同じで、染め液の状態が衣服の染め上がりに大きく左右する。染め液の状態をいかにいい方向へ持っていくか、あるいは、状態の上がらない染め液は下染めに使うなど、染め液の状態や個性に合わせて使い分けるのも職人の腕の見せどころだ。
「私がウェルビーイングな状態で過ごすには、まず『藍ちゃん』たちがウェルビーイングであることが必須です」と藍染めの染め液を「藍ちゃん」と呼びながら話す南部さん。染め液を使い分けるために4本の藍甕それぞれに名前もつけている。「『藍ちゃん』の機嫌がよければ私も元気になり、家も明るくなります。『藍ちゃん』の機嫌がよくなければ私の機嫌もよくなくなり、家も暗いです」と、家の中の雰囲気も藍次第だと笑う。
ただ、「藍染めを中心にすべてが回っているわけではありません。藍染めは人と出会うための一つの手段ですから」と、南部さんは言い切る。藍染めを通して、染め替えのお客、SNSで応援する人、畑の手伝いに来る人、そして鹿熊の人々など、多くの人と出会えることが楽しいのだ。「藍染めをすることで自分と家族が育ち、お金では得られない大切なものを与えてもらい、人生が豊かになっています。それが、私にとっての最良のウェルビーイングです」。
そして、「藍染めは子育てに似ている」とも言う。「過保護が子どもによくないように、発酵が鈍いからといってすぐに日本酒を加えたら調子を崩すことも。逆に放置していたらいじけていい色を出さなくなることもあります。その距離感が難しいです」。難しいからこそ、美しく染め上がった瞬間に喜びや幸せを感じる。「子どもが自転車に乗れたときのような感動を日々、味わっています」。
『藍染め屋aiya』は今年で6年目。利益はまだ少ないため、南部さんは毎朝3時に起きて新聞配達をしている。「藍染めで食べていけるよう頑張ります」と自らを明るく鼓舞する南部さんだが、自分や家族の幸せに向かって懸命に走り続けている今こそ、ウェルビーイングな時間なのかもしれない。
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