通い続けて見えた景色

連載 | とおくの、ちかく。 北海道・東京・福岡 | 3 通い続けて見えた景色

「ただ住むだけじゃもったいない」「自分たちの住むまちをおもしろがる」そんな掛け声で集まったローカルを思う存分楽しみたい3人(北海道より畠田大詩・東京より竹中あゆみ・福岡より中村紀世志)の新連載。第三回は、福岡県在住のフォトグラファー・中村紀世志が、地域で暮らす日常を写真とことばでお届けします。

好きになったら距離は関係ないんです。


今回の書き手:中村紀世志


「町が変貌する姿を見た」というとなんとなく田園が広がる風景の中に大型ショッピングモールが建つ姿や、人口流出により繁華街から人影がなくなっていく様を想像したりしないだろうか。人によってさまざまな想像があるだろうけれど、僕が見たのは小さな町で起こった大きな人の流れだ。


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お茶畑の向こうに広がる大村湾。海のそばにあるお茶畑は全国的にも珍しい。

長崎県東彼杵町。人口約8000人。ドーム球場を満席にできない、長崎県で2番目に人口が少ない町。かつては江戸時代から続く捕鯨漁が盛んで、今はお茶の産地というのが町内外の人が普通に抱くイメージだ。


この町と僕との関わりは6年前、結婚を機に地元石川県を離れて福岡県でカメラマンとしてのキャリアをスタートした時まで遡る。「写真による地域おこし」という3年がかりのプロジェクトに、この連載を共にする竹中さん、畠田くんから誘ってもらったことがきっかけだ。詳細は同じソトコトオンライン の「写真で見る日本」にも書いたので割愛するが、福岡県での新しい生活の中で近所のスーパーの次に足を運んでいる場所が東彼杵町だ。自宅のある福岡市からは約100キロメートル、高速道路を使って1時間半ほどの道のり。何回行ったか、10回目ぐらいまでは数えていたがそのあとはもう忘れてしまった。


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海のすぐそばに建つ千綿駅。週末になると町に訪れる鉄道ファンも多い。

さて、「町の変貌」について話を戻そう。その中心人物は現在、東彼杵町の千綿地区で『東彼杵ひともの公社』という一般社団法人を立ち上げ、理事を務める森 一峻くん。彼と知り合ったのは2014年の秋。前述のプロジェクトへの参加の為、東彼杵町に通い始めた頃だった。たまたま話す機会があったのだが、一回りほど年下の彼の千綿地区での計画を聞かされた時、「なぜ役所に勤めている訳でもない彼がまちづくりへの熱い思いを抱き、行動しているのか」と、自分のことで頭がいっぱいだった僕の脳みそがぐらっと揺れたのを覚えている。


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2014年の森くん。まだ『Sorriso riso』の名前が付く前の米倉庫にて。

彼の活動拠点、『Sorisso riso』は元々、収穫したお米の倉庫として約70年前に千綿地区建てられ、その後使われることがなくなって放置されていた。それを森くんが危惧し、ここを再生させて地域活性の場にしようと思い立ったのが始まりだ。興味を持った友人や知人から活用方法や改装のアイデアを募り、手伝ってくれるメンバーを集め、建物の使用、運営については建物の持主や町との協議を重ね続け、2015年12月にカフェや雑貨、革製品を取り扱うお店が入居する建物としてオープンさせた。


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佐世保市と長崎空港のある大村市をつなぐ国道沿いにある『Sorriso riso』。

僕は運営に直接関わっている訳ではないが、一緒に企画のアイデアを練ったり写真館のイベントを開催させてもらったりしてきた。それら紆余曲折を経てきた中で最も驚かされたのは、森くんが『Sorriso riso』の運営を手掛ける一方で、東彼杵町への移住希望者の相談に乗る活動を積極的に続け、この5年で関わった移住者が30組を超えていたことだ。


今、『Sorriso riso』から歩いて行ける範囲にはパン屋、フランス料理店、雑貨屋、デザイン事務所、ゲストハウスが建つ。どれも千綿地区どころか、東彼杵町内にもなかった。そして、すべてが空きテナントではなく空き家だったり倉庫を利用したものだ。


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千綿地区に移住者がオープンさせた店舗の顔ぶれ。

つい先日、福岡県で移住希望者をサポートする団体『福岡移住計画』より相談を受け、千綿地区の視察合宿を行うことになり帯同した。森くんによるこれまでの活動のプレゼンから始まり、移住してきた方のお店を訪問したり、実際に話を聞いたり。普段ならワークショップで使用する『Sorriso riso』のスペースを、合宿のミーティング会場として真剣に話し合っている姿がとても新鮮だった。こんな光景に立ち会える日が来るなんて。


森くんは地元住民と移住希望者とをつなぐ、使いっぱしりの役目に身を投じる為、と自らを「パシリテーター」、最近ではは「パシリーダー」と冗談まじりに名乗り活動している。どうしてそこまでするんだろう? と思ってはいたものの、これまで直接聞いたことはなかったが、答えはプレゼンの最中にいきなり彼の口から飛び出した。


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普段はワークショップを行う『Sorriso riso』内のスペース。

小学校2年のとき、遊んでいたスプレー缶をうっかり火に投げ込み爆発させ、彼は重度の火傷を追った。その際に彼をいち早く救ったのはその日の漁を終えて、事故現場の近く、彼の実家でもある酒屋の前で一杯交わしていた漁師たちだった。全身の7割を火傷するも、漁師たちによってすぐに海に放り込んでもらったたことが彼の命をつなぎ止めたのだそう。しかしそれから10年以上経過し、彼が社会に出た頃にはその活気は失われ、記憶に残る町の日常は姿を消してしまっていた。その頃に抱いた寂しさやなんとも言えない後悔が今の原動力になっていると。


追加
森くんの年賀状用の家族写真。かつて火傷を負った海外にて。

昨年、『東彼杵ひともの公社』は「地域再生大賞」にて「地域の未来賞」を受賞した。つまり森くんの活動がほかの地域のモデルケースになるような取組みとして認められたということだ。日本の空き家についての利用状況を多少でも知っている人であればこの受賞の重みが理解できるはず。これをきっかけにさらに彼の活動は加速し、慌ただしくなっている。


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千綿地区の朝。

森くんとはいつも気がつけば未来の話をしている。歳の差を感じたことはない。「またなんかおもしろいこと考えようね。」が帰り際の挨拶になっている。きっと僕自身も彼の熱気に引き込まれた1人なのだろう。


東彼杵町での企業の合宿に帯同することを、かつて僕を東彼杵でのプロジェクトに誘い、活動を共にした竹中さんと畠田くんに伝えると、「とうとう東彼杵町を紹介する側になりましたね。」という言葉が返ってきた。石川県出身で福岡県に住み、長崎の町を案内するカメラマン。ややこしいけど、なんかいいかも。

hotographs & text by Kiyoahi Nakamura

中村紀世志/1975年石川県生まれ。機械メーカーの営業として勤務しつつ、フォトグラファーとしての活動を続けたのちに、2014年、結婚を機に福岡へ移り住みカメラマンとして独立。雑誌やWebメディアの取材、企業や地域のブランディングに関わる撮影を行う一方で、大牟田市動物園を勝手に応援するフリーペーパー「KEMONOTE」の制作や、家族写真の撮影イベント「ズンドコ写真館」を手掛けるなど、写真を通して地域に何を残せるかを模索しながら活動中。https://www.kiyoshimachine.com

畠田大詩/1988年京都市まれ。「写真」を軸にした出版・イベント・教室・展示等を運営する会社にて、企画や営業、雑誌・Webメディアの編集・執筆、イベント運営まで多岐に渡り経験。写真を活用した地域活性化プロジェクトの企画運営やディレクションなども担当した後、2020年4月から、地域活性化企業人として北海道東川町役場に勤務。東川スタイル課にて、ブランド推進の企画や情報発信に携わる。https://www.instagram.com/daishi1007/

竹中あゆみ/1986年大阪府生まれ。雑誌『PHaT PHOTO』『Have a nice PHOTO!』の編集・企画を経て、2016年より『ソトコト』編集部に在籍。香川県小豆島の『小豆島カメラ』など、写真で地域を発信するグループの立ち上げに携わる。東京を拠点に取材をとおしてさまざまな地域の今を発信しながら、ライフワークとして香川県小豆島や愛媛県忽那諸島に通い続けている。https://www.instagram.com/aymiz/

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