東京下町、秘密基地

連載 | とおくの、ちかく。 北海道・東京・福岡 | 5 東京下町、秘密基地

「ただ住むだけじゃもったいない」「自分たちの住むまちをおもしろがる」そんな掛け声で集まったローカルを思う存分楽しみたい3人(北海道より畠田大詩・東京より竹中あゆみ・福岡より中村紀世志)の連載。5回目は、学生のみなさんが夏休みに入った7月25日、東京からお届けします。

目的なんてなくても。

-今回の書き手:竹中あゆみ

団地の下の僅かな窪みと、ツツジの植木の間にある小さなスペース。小学生の夏休み、そこは秘密基地に変わった。ひんやりとしていて、木々の間を縫うように光が入り、心地のよい風が抜ける--。
特にこれといった目的はないのだけれど、大きな木の枝を拾って装飾をしてみたり、お菓子を持ち込んでその時の話題などを話した。今、近しい場所を見つけて見てみると、大半はなんとも丸見えだった事実に笑えてしまう。それでもあの時は私たちの特別な場所だった。

飯田橋駅近くの橋の下。キラキラした水面が映る、冒険心をそそられる景色。

東京はご存知の通り、日本中からそして海外から多くの人がやってきて、ひしめくように住んでいる街。令和3年6月1日現在の推計では、13,957,977人もの人が住んでいるとされていて、(地域別にみると、区部が9,648,226人、市部が4,229,696人、郡部が55,680人、島部が24,375人。/東京都のホームページより)さらに仕事のために来ている人、観光で来ている人などを考えると、その人数は計り知れないものとなる。
しかし会社に行くまでの間だけでも、何百人という人とすれ違っているというのに、まともな会話は会社の席の近くにいる人だけ、という日も少なくない。積極的に動きさえすれば、社会人大学や各種イベントなど人と出会うチャンスはゴロゴロ転がっていて、何かしらの出会いはある。だけれど、「なんか違うんだよなあ」と腑に落ちない。そんな中で先日、お世話になっているライターの飛田恵美子さんが「大人になってから何の脈絡もなくキャッチボールに誘ってくれる友がいる人は幸福だよ」と書いている投稿を見つけ、「そうそれだ!」と思わず声が漏れた。たいそうな目的なんかなくてもよくて、寝る前に「ああ、今日も楽しかったな」と思いあえる相手が大人になってもできれば、それは最高じゃないか。

『あいらぶ湯』で仕事をする施依依さん。日中はここで仕事をするのも多かったそう。

『あいらぶ湯』はまさにそんな場所だった。“だった”と書くのは、2021年7月22日に一旦その「場」をクローズされたからだ。主催者は渡邉賢太郎さんと施(せ)依依(いい)さん。二人が共同代表を務める『おせっかい社かける』を取材させていただいたことをきっかけに知り合い、『ソトコト』と福井県大野市との事業「みずコトアカデミー」でもご尽力いただいた。仕事としての関わりを終えた後も近況報告などのやりとりが続く中、2018年10月、「秘密基地のような拠点をつくったので遊びに来てください」とのメッセージがきた。

『あいらぶ湯』につながる小道。少し前まで石畳だった地面がコンクリートに変わっていた。変わらないと思っていた場所も、少しずつ変化している。

飯田橋駅から徒歩5分くらい歩いた、花屋さんの横の小道。本当にここに入ってもいいのかと迷う人も多そうな場所だ。奥に伸びる道の先にある入り組んだ建物群の一角に『あいらぶ湯』という銭湯のような名前の拠点はあり、毎週金曜19時〜23時にのみオープンしているという(コロナ禍前)、まさに知らないと入れない秘密基地のような場所である。『あいらぶ湯』が一旦閉まると聞いて、非常事態宣言が解かれた某日、久しぶりに施さんに少しだけ会いに行くことにした。

拠点の入り口にかかる「ゆ」の暖簾。『あいらぶ湯』の「湯」は、メインのテーブルの高さが湯船のような高さであったことと、渡邉賢太郎さんが温泉好きということから。

改めてこの「場」に込めた思いを聞くと、「”あいらぶ”は、好きなことを話し、自分の好きなものを大切にしたい、という意味なんです。互いの『役割』や『肩書』でなく『大好き』をきっかけにつながる場所。普段仕事をしていると、その”役割”や“立場”で求められることを話して、家にいたとしても家の中の役割があったりして。案外好きなことだけを話す場所がないなと。でも、個人が好きなものが一番おもしろいし、そこにその人の価値観がいっぱい現れる。それがやっぱり好きなんですよね」と施さん。

片付けが進む室内。“いずれできる次の拠点”へと持っていかれるものが梱包され始めていた。

ここでは「大好きな本や音楽を語り合う会」「味噌づくり」「ゲーム会」「春節ナイト」などたくさんのイベントが開催されていた。ニックネームで呼び合う決まりがある以外は、互いに好きなことを話すだけの空間。部屋をぐるっと見渡していると、あの時話したあの人が、どこの会社のどんな役職だかなんて知らないけれど、朗らかに笑う、哲学が好きな人だったなとうっすら思い出す。「一旦この場所を離れて、またいずれどこかにつくれたらと思っています。今は以前からつくってみたかったものに取り組もうと思っていて……」と施さんは新しい取り組みを楽しそうに話してくれた。
大人になるにつれ、気軽に「遊ぼう!」と誘う機会も少なくなったし、誘われることも減った。そして私も「肩書」や「役割」を気にして、「個人」としての自分を出さなくなっていたかもしれない。秘密基地は、そんな知らぬ間に置いてきた自分を思い出させてくれた。あなたと話したいし、遊びたい。それ以上の意味なんてなくていいのだと。

墨田区にもある、別の人たちの”秘密基地“(左奥)。現在、土日は間借りの飲食店が入っている。

帰り道、「施さんのことを”友達”と書いてもいいですか」と聞いてみた。すると笑いながら、「いいですよー!」との声。社会人にもなってなんとも恥ずかしい“友達申請”なのだが、自由に遊びに誘える日がきたら、「キャッチボールをしませんか」と連絡してみようかなと思う。

photographs & text by Ayumi Takenaka

竹中あゆみ/1986年大阪府生まれ。雑誌『PHaT PHOTO』『Have a nice PHOTO!』の編集・企画を経て、2016年より『ソトコト』編集部に在籍。香川県小豆島の『小豆島カメラ』など、写真で地域を発信するグループの立ち上げに携わる。東京を拠点に取材をとおしてさまざまな地域の今を発信しながら、ライフワークとして香川県小豆島や愛媛県忽那諸島に通い続けている。https://www.instagram.com/aymiz/

畠田大詩/1988年京都市まれ。「写真」を軸にした出版・イベント・教室・展示等を運営する会社にて、企画や営業、雑誌・Webメディアの編集・執筆、イベント運営まで多岐に渡り経験。写真を活用した地域活性化プロジェクトの企画運営やディレクションなども担当した後、2020年4月から、地域活性化企業人として北海道東川町役場に勤務。東川スタイル課にて、ブランド推進の企画や情報発信に携わる。https://www.instagram.com/daishi1007/

中村紀世志/1975年石川県生まれ。機械メーカーの営業として勤務しつつ、フォトグラファーとしての活動を続けたのちに、2014年、結婚を機に福岡へ移り住みカメラマンとして独立。雑誌やWebメディアの取材、企業や地域のブランディングに関わる撮影を行う一方で、大牟田市動物園を勝手に応援するフリーペーパー「KEMONOTE」の制作や、家族写真の撮影イベント「ズンドコ写真館」を手掛けるなど、写真を通して地域に何を残せるかを模索しながら活動中。https://www.kiyoshimachine.com