山の暮らしは豊かで、「わぐわぐ(ワクワク)」できることがいっぱい。山形県酒田市の大沢地区は、住民たちがその「わぐわぐ」を自ら生み出しています。地域おこし協力隊隊員として同地区で活躍する阿部彩人さんは、その暮らしぶりや精神を「公益DIY」というキーワードで発信しています。
地区のシンボル「大」に秘められた思い。
山形県酒田市の山間部、八幡地域大沢地区にあった旧・大沢小学校。その校庭の背後の山に草刈りで描かれた「大」の字が見える。
この字は「大沢『大』文字」と呼ばれて親しまれ、住人たちが年に3回ほど草刈りを行って維持している。文字の幅は約30メートル。地区のシンボル的な存在だ。
「大沢『大』文字は、この山の土地を所有していた故・後藤重喜さんが、2004年に農作業の合間にたった一人で山に入って刈って造ったものです」
そう教えてくれたのは、2018年5月に酒田市の地域おこし協力隊に赴任し、同地区の担当になった阿部彩人さん。大沢に来て「大」文字を目にした阿部さんは、その存在感もさることながら、造られた思いやその後の展開に心を揺さぶられたという。
「大沢小学校の子どもたちに『大』きく育ってほしい、喜んでほしいと、誰に頼まれたわけでもなく、後藤さんが造ったそうです。初めは自分が刈ったことを誰にも話さず、家族にも隠していたくらいで、みんなが驚き、『誰が造ったのか?』と地元の新聞が取材に来たこともあったそうです。残念ながら小学校は2009年に閉校しましたが、児童がいた頃は後藤さんの思いを学び、感謝の手紙を贈ったこともあったそうです」
阿部さんは大沢地区ではないが、もともとは酒田市出身。地元の高校を卒業後、東京に憧れて都内の大学に進学したが、酒田市を含む庄内地方出身の学生が集まる学生寮に入ったことで、故郷のよさを改めて感じることとなった。
「何かと忙しない東京にいても寮に帰れば庄内弁で話せる安心感があったし、広大な自然を見渡せる風景は素晴らしかったんだと、初めてわかりました」
大学を卒業した後は、IT系やエンターテインメント業界で働きながら、庄内の素晴らしさを広めるため、YouTubeで約17万回再生された「庄内弁ドラマ『んめちゃ!』」や、特技の音楽活動を活かして、山形のソウルフード・芋煮をテーマに歌って踊れるダンス曲「芋煮 de ハーモニー」を、個人的な活動として製作したりしていた。
そんななか、高校時代の先輩が酒田市の隣の遊佐町で地域おこし協力隊隊員として活躍しているのを知り、協力隊に興味を持ち、酒田市の募集に応募した。阿部さんの出身は酒田市の平野部だったが、「山の暮らし」に惹かれ、大沢地区での活動を希望した。
赴任してすぐにわかったのは、大沢地区には「山間部の『不便』な環境で助け合いながら、地域全体のために協力し合い、支え合い、地区をよくしていこうとする文化」があることだった。
山の暮らしに根づく、「公益DIY」の精神。
「みなさん、自分や家族のため、というよりも『これをやったらみんなが喜ぶかな』という思いを持って暮らしていたり、行動されたりしています。『大』文字もその表れです。ほかにも93歳と80歳のおばあさんがナタを豪快に振り、地区の美観のために自分たちの敷地のものではない梅の木に登って剪定をしたり、隣の大平沢集落の『大平沢八幡神社』では、崩れそうになっていた石垣を地元の住民たちが修復していたりします」
そんな精神性を象徴する、地区のある集まりのスローガンがある。「まずあづばろぜ(集まろうぜ)、しゃべろぜ(喋ろうぜ)、ようしやろぜ(やろうぜ)」。国道沿いにはその看板も掲げられている。
「まずは集まり顔を合わせ、喋ってお互いのことを理解してつながり、協力して行動を起こそう」という意味だ。
そのような価値観が生まれた理由について、阿部さんは「山間部にはコンビニやスーパーもなく、現代的な視点で見れば不便な暮らしです。でも、それゆえに人と助け合ってつながりが深くなるし、山や川などから得られる食材の恵みや先人の知恵、自然への感謝を育む信仰心といった『人の原点としての豊かさ』に対して敏感になれる。受け身にならないことで『わぐわぐ(ワクワク)』でき、率先して暮らしをつくりあげていこうという気持ちが生まれるのでしょう」と考えている。
さまざまな地域づくりの研修や勉強会に参加する中で、阿部さんはこの気持ちと行動に「公益DIY」という言葉があてはまるのではないかと思うようになった。
「もともと酒田市には、かつて大地主として私財で地域づくりに貢献し、現在はその屋敷が『本間家旧本邸』として公開されている本間家という名家や、公益について専門的に学ぶ『東北公益文科大学』もあります。公益の精神が根づいているんです」
暮らしまでを理解できる過ごし方を提案したい。
地域の魅力を発信する際は、この「公益DIY」の精神や、それを生み出した地域資源を、外部へはもちろん、住民に対しても親しみを持ってもらいながら伝えていくことが必要だと考えている。
「『公益DIY』自体、持続性と自走性に富んだ、地域の人たちがつくったひとつのデザイン。僕の役目はその中に加えてもらって、そんなデザインがここには確かにあることを広めていくことです」
そのひとつが2018年8月から始めた夏祭り「大沢『大』文字まづり」だ。「公益DIY」の象徴ともいえる「大」文字を夜のライトアップで飾ったり、地区内外の人々が集まってライブやトークショーを楽しめる、まさに「公益の精神」が感じられる場をつくった。
また、その土台となる自然が生み出す食材のおいしさも、積極的に、柔軟な発想でアピールする。他地域のものとブレンドしない大沢地区産100パーセントの米「大沢『大』文字米・ひとめぼれ」や、地域産の野菜を、通常の販路ではなく自身がライブをするライブハウスや、市内の書道用品店で企画したマルシェなどで販売する。
ほかにも、そこにある自然、たずさわる人、スローガンなどをデザインに組み込んだオリジナルグッズを製作・販売したり、地区の人々の日常を撮影した動画を頻繁にアップしたり、発信の方法は多彩だ。その根底には、「『暮らし』をそのまま伝えることが、魅力を伝えることに通じる」という一貫した考えがある。
今後は空き家を活用した民泊や、地域の食材でもてなすレストランの運営、地域の人とのコミュニケーションがとれるアクティビティなどを企画しようとしている。2021年の協力隊卒業後に向けて、大沢地区の持続と自走を後押しする観光サービスを提供する合同会社を起業する予定だ。
「『きれいな風景を見て、地元のおいしいものを食べた』で終わるのではなく、『公益DIY』のある暮らしにまで入り込んで過ごしてもらいたい」と具体的な構想を描き始めている。
OOSAWA’S DO IT YOURSELF
公益DIYが持続可能で自走可能な地域をつくります。
大平沢八幡神社の石垣修復
大平沢八幡神社では昨年、405年祭が行われた。崩れそうになっていた石垣を住民が修復。「皆でやると神事への関心も維持できる」と神社の責任役員・髙橋一泰さん。
石碑の手入れ
江戸時代の修験僧・鉄門海上人が訪れたことを示す石碑があったが、木の根元に呑み込まれていた。それを住民が切り出し、「救助」。忘れ去られようとしていた信仰の場を取り戻した。
梅の木の枝剪定
後藤重喜さんの妻である80歳のトミ子さんと93歳の地元女性が地域の美観のために梅の木の枝を剪定。阿部さんも手伝ったが、終始二人にリードされっぱなしだった。
大沢「大」文字
故・後藤重喜さんが旧・大沢小学校の児童のために草刈りをしたのが始まり。新聞の取材が訪れたり、児童から後藤さんに感謝の手紙が贈られたりと地区のシンボルにもなった。2018年以降は遺志を継ぎ、夏季にライトアップが施され、夏祭りも実施されるように。