第1次産業から第3次産業までを一連で行う「第6次産業」は、農山漁村の新しいカタチとして広まりました。ただ、その「産業」を支えてくれるのは自然環境。荒れた自然を再生し、地域に新しいビジネスを起こす。瀬戸内海の小さな島で始まった循環型の「産業革命」を紹介します。
奇跡の塩が生まれる島。
瀬戸内海の西部、山口県光市の沖に浮かぶ牛島は、周囲約11キロ、人口40人足らずの静かな島だ。この自然豊かな小島で、今までにない塩造りが行われている。
造り方は海水を薪釜で焚く、昔ながらの製法だ。でも、使用するのはただの海水ではない。実際に舐めさせてもらった。「えっ、海水がおいしい?」。それは“塩の入った出汁水”と言えばいいか。後味に海藻のようなほのかな旨みが残る。しょっぱくないし、ちっとも喉が渇かない。濡れた後でも乾けばベタベタしない。明らかに今まで知っている海水とは別物だ。
「これは海底湧水なんですよ」と教えてくれたのは、『海藻研究所』所長の新井章吾さん。40年以上海藻を研究している海の生態系のスペシャリストだ。牛島の塩造りを立ち上げから指導している。新井さんによれば、海の浅場では森のミネラルと酸素を豊富に含む、真水と地下海水が混じり合った湧水が広く出ている。地下水脈を通って、山と海の物質循環が行われており、それらが海底から染み出しているというのだ。
牛島の塩の成分を分析すると、通常の精製塩は99パーセント以上が塩化ナトリウムなのに対し、牛島の塩は79パーセントと少ない。その分、精製塩にはない成分が豊富に含まれていることがわかっている(現在、特許出願中)。
良質な塩造りには、よりよい海底湧水が不可欠だ。そこで牛島では、山の整備から塩造りを始めている。なぜなら、人が入らなくなった山はヤブ化し、過密状態になった森は土が粘土化して、水の浸透を妨げてしまうから。山と海、両方が健全でなければ奇跡の塩は生まれない。
「この半世紀ほどで私たちの暮らしはめざましく豊かになりましたが、一方で、国内の大半の海岸は護岸工事などで破壊され、山はヤブ化し、耕作放棄地は増える一方。いまや1次産業を支える自然そのものの基礎生産力が落ちている。1次産業をなんとかしたいなら、おおもとの自然環境を改善する『0次産業』が必要です」と、新井さんは警鐘を鳴らす。
この声に応えたのが、山口県周南市の『国際貿易』社長・重岡敬之さんだ。貿易業のかたわら、5年前に牛島に拠点を構え、牛島の環境改善と海底湧水の塩造りに取り組んでいる。「自然の大切さを訴えるだけでは不十分で、その意味を『見える』化しないと人は動かない。事業化というと、すぐお金儲けをイメージしますが、私は『喜びの体現』だと考えます。自然を楽しむには何が必要か。寝て、食べて、遊んで。それらを牛島の塩を軸に展開していけば、きっとここの自然の価値をわかってもらえると思うんです」。
重岡さんのプランはこうだ。まず荒れた山の森を間伐し、島の自然環境を整える(0次産業)。山から出た間伐材の薪と良質な海底湧水で塩を造る(2次産業)。さらにその過程で再生された畑では、海藻肥料と塩焚きで出た炭を用いて、土壌改良をしながら農作物を栽培(1次産業)。牛島対岸の本土側となる室積地区では、古民家を活用し、牛島の塩や食材を使ったレストランやツーリズムを展開する(3次産業)。自然環境を整えながら、地域の未利用資源を生かして事業を起こし、それらを地域内循環させる。まさに瀬戸内版の持続可能な新しい経済モデルだ。
地球を楽しむデザイン。
牛島の玄関口となる室積地区の海商通りは、かつて北前船で栄えた歴史ある港町だ。室積湾に沿って延びる約1キロの通りが、重岡さんたちのもう一つの舞台だ。
『室積シェアキッチン』は、牛島の塩や地元食材を使った料理を楽しめるレストラン。「土地の恵みを“シェア”しながら人が集える場所を」と、2018年にオープンした。昼間は家庭的なフレンチ、夜は本格イタリアンと、2つの店が店舗をシェアしており、連日、若い女性や家族連れなどで賑わっている。
また、19年には『室積ベース』がオープン。こちらはボルダリング・スタジオを併設したカフェで、将来的には室積・牛島地区の観光案内所を兼ねる予定だ。
新たな名物として、牛島の塩を使った塩ソフトも話題を呼んでいる。ソフトクリームの中に塩が練り込まれていて、お好みで「追い塩」もできる。牛島の塩をかけると旨みが際立ち、風味がよくなるのだ。最初はみんな恐る恐るだが、「塩を振ったほうがおいしいね」と、ハマる人が増えている。
塩そのものも、「月咲」として商品化されている。フラッグシップ商品として、満月と新月の時に採取した海水のみでつくった特別仕様。塩を売るのではなく、その背景のストーリーを届けたいと、月をイメージした美しいパッケージが目を引く。
塩造りを担当する鳥居文子さんは「造り方は同じでも、満月と新月の大潮の時期は特においしい塩ができます。不思議ですが、月齢や季節によっても塩の味は違うので、自然は不思議ですね。塩を造るようになって、海がいかに繊細に変化しているか、実感するようになりました」と話す。
スタートから5年。今後は、牛島の塩をブランド化しながら、この塩がどうやって生まれるのか、「山造り」を含めた塩体験ツアーも企画中だ。牛島で滞在できる民泊宿も20年春頃には完成する。
「0次産業」から取り組む重岡さんにその思いを聞いてみた。
「『自然とは何か』ってことが今は実感できなくなっているでしょ? 雨が大地に染み込んで、その大地の恵みが海水として湧き出し、海を潤す。こんなシンプルな仕組みでさえ、都会ではわからなくなっている。でも、島でならそれが見えるんです。人は自然の一部だってこともね。あとは、それをどう価値づけるか。私たちがやっていることは、自然循環の中から宝探しをしているようなものですよ」
少年のように微笑む重岡さんには、きっと明るい未来が見えているに違いない。
HOW TO MAKE
牛島産平釜焚き塩
「月咲」ができるまで。
牛島の海底湧水を平釜に。
満月または新月の日に、牛島の海で採取した海底湧水を平釜に入れる。
時間をかけ、煮詰める。
山の間伐材を使った薪で焚き、およそ12時間かけてゆっくり煮詰める。
塩の出来始め。
ていねいにかき混ぜ、煮詰めていくと、やがて徐々に塩の結晶が姿を現す。
おき火の熱で水分を飛ばす。
おき火の熱で水分を完全に飛ばし、粉雪のようにサラサラになったら完成。
「月咲」の出来上がり。
採れる塩は海水のわずか3パーセント程度。文字どおり“手塩”にかけた塩だ。