その瞬間が何かのきっかけになればいい。加藤 翼

その瞬間が何かのきっかけになればいい。加藤 翼

2022.02.03

2021年7月、コロナ禍による緊急事態宣言中に開催を迎えた個展『縄張りと島』。会期の終わりを間近に控えた同年9月18日に、どんな状況でも姿勢を表明し、作品を発表し続けるアーティスト・加藤翼さんに話を聞きました。

協働することに、意味がある。

巨大な構造物をロープと人力で動かすプロジェクトの「引き興し」は、アーティスト・加藤翼さんの代表作だ。パフォーマンス自体はもちろん、その様子を映像や写真で記録したアーカイブもまた彼の作品であり、2021年7月〜9月に東京の『オペラシティ アートギャラリー』で開催された個展『縄張りと島』では、巨大な構造物が再現され、「引き興し」の映像が展示された。そして、来場者が作品を観るだけの鑑賞者にならないように、工夫が凝らされていた。例えば、釘を打ち付けるハンマー音が流されていたことで、構造物を制作する過程に意識が向く。そして実際にロープを引っ張り「引き興し」を体験できることで、全力で構造物を引っ張ってもびくともしない重さが身体に残る。これらの感覚を通じて、「作品で人を巻き込んでいく中で、当事者と非当事者の二極化をできる限りなくしていきたい」という加藤さんの姿勢が伝わってくるようだった。展覧会を鑑賞したからといって、映像に映る当事者にはなれない。けれども、ハンマー音を聴き構造物の重みを体感することで、当事者に近づくことはできる。

美術館での個展開催は初の試み。展示空間での加藤翼さん。

「引き興し」とは一体、何なのだろうか。多くの人の心に浮かぶであろう疑問への、加藤さんの答えはこうだった。「一人では完結できない、誰かに協力してもらわないとできないことに対して、力を合わせる。そこに意味があると思うんです。例えば、すぐ100名集まれるような場所であれば、300名でなければ動かせない構造物を置いてみる。空気が変わる瞬間があるんですよ。おもしろそうだからやってみようという人だけでなく、様子見をしていた人たちも、困っているならと参加してくれる」。誰かが協力してくれるという保証はないけれど、協力者が現れなければ「引き興し」は成立しない。ただし、あっけなく成立する設定では意味がない。加藤さんは、人間の主体性に期待しながら構造物を設計し、人間の好奇心や献身によって構造物が動く様子に、何度となく驚かされてきたのだろう。

「実は、『引き興し』は『引き倒し』が変化したものなんです」と加藤さんは語った。きっかけは東日本大震災だった。「それまでは一方向から大きな音を立てて構造物を引き倒していました。ただ、大阪城公園で制作していた『引き倒し』イベントを行う前日、大阪滞在中に東北で地震が起きて、イベントを開催するかどうか悩みました。こんなことやってる場合なのか、と。でも、アーティストとして批判を恐れずに勇気を持って、とも思った。考えた末に手法を変えたんです。余震が続いていて、ちょっとした音にもみんな敏感になっていると聞いて、そんなときに大きな破壊音を立てたくないと思ったから。ゆっくりと静かに、2方向から『引き興こす』ことにしたんです」。こうやって「引き興し」は生まれたのだ。

「引き興し」に参加した人たちは、何を感じ何を持ち帰るのだろうか。加藤さんは、東日本大震災の爪痕が残る福島県で行われた「引き興し」について、「どうなんですかね……」とつぶやいた。
 
そして「僕が何か代弁するわけにいかないというか、できないですよね……一人ひとり置かれている状況が違うから。でも、覚えていてほしいです。受け取るものはそれぞれでいいけど、僕の仕掛けるパフォーマンスでは、非日常を提供していると思っているので、繰り返す日常にふと違う瞬間が紛れ込めたらいい。その瞬間というのはズレというかバグみたいなもので、その瞬間が何かのきっかけになればいいなと思う」と話した。例えば、力を合わせることに集中している瞬間は、被災地に暮らす被災者と呼ばれる自分を忘れて、「引き興し」に没頭する一参加者になる。参加者同士で「疲れたね」と労い合ってもいいし「動いたね」と喜び合ってもいい。「引き興し」によって、普段であれば過ごすことのなかった時間が訪れるのだろう。現地では、共に成し遂げた仲間としての新たなつながりが生まれていたかもしれない。

Tubasa Kato Turf and Perimeter
Installation view at Tokyo Opera City Art Gallery, 2021
photo: Kenji Morita
個展会場では、構造物を引っ張る「引き興し」が体験でき、その様子を映像で見ることができた。

東日本大震災で変化したこと。

「引き倒し」から「引き興し」へ。変化したのは手法だけではなかった。加藤さんはパフォーマンスの前に、自身初のアーティスト・ステイトメントとなるスピーチを行ったのだ。「言葉にすることは苦手だった」という加藤さんがあえて言語化した理由を聞いた。「地震が起きた翌日に、大阪城公園で行う予定だった『引き倒し』を一旦は中止にして、考えて考えて、その次の日に構造物を引き起こすことに決めました。でも、なぜ今これをするのか。自分にもその答えはわからないが、悩みながら今ここにいる。それを知ってもらったうえで参加してもらわなければ、意義がないと思ったんです。東北と関西は離れていて、揺れはほぼなかった。だから大阪の日常風景も変わりはありませんでした。でもみんな、東北のことを考えながら電車に乗って街を歩いている。けどそれを口にすることはなくて。だからまずは、僕が自分の気持ちを話して、『引き興し』に参加するかどうか決めてもらえればいいと思いました」。のちに「感動的であること」「勇気ある行動を行うこと」「リスペクトがあること」という3つの言葉が、加藤さんのステイトメントになった。

《Superstring Secrets: Tokyo》 2020
© Tsubasa Kato / courtesy of MUJIN-TO Production
2020年5月の東京でも行われた、秘密を題材にした「Super string Secrets」。個展では、香港でのプロジェクトの映像が展示された。

未曾有の震災の存在を感じながらステイトメントを表明し、パフォーマンスの手法を変えても伝えたかったことは、何だったのだろうか。「遠く離れた大阪で、50名ほどの人たちが東北のことを思って、静かにゆっくりと巨大な構造物を動かす。そのことがいつか届けばいいなと思いました。時間が経って、このときの『引き興し』の映像を見た人に、人は力を合わせることができるんだと伝わればいい」。ここで気づかされるのは、加藤さんの作品を体感する瞬間とは、パフォーマンスそのものや、パフォーマンスを映像や写真に記録したアーカイブだけでないということだ。いつになるかはわからない。でも、時間を経て誰かにメッセージが届いたときも、その瞬間なのだ。

《2679》 2019 © Tsubasa Kato / courtesy of MUJIN-TO Production
互いにロープで縛られた3人の奏者(三味線、琴、太鼓)が「君が代」を奏でる「2679」では、誰かが自由に演奏すると誰かの演奏を妨げる「関係性」を示した。

コロナ禍で生まれた新作。

コロナ禍により「引き興し」を行うことが難しい状況は続くが、2020年2月の香港で、新たな作品「Superstring Secrets」が生まれていた。加藤さんは、民主化を推進する大規模デモの混乱が今なお続く香港の地下道で、「あなたの秘密を告白してください」と投げかけ、紙と箱を設置。そして、寄せられた秘密をシュレッダーにかけ巨大なロープのように編み上げた。「秘密って、僕たちにとってなくてはならないけど、不思議なもの。回り回って全員が共有しているタブーがあること自体矛盾している。そのタブーは話せなかったり、政府が恐れていたりすることもあります。そして香港には香港の、日本には日本のタブーがある。タブーや秘密を編み上げて他所へ持っていく。別の国の人たちが、そのタブーや秘密を、何の咎めも受けることなく傍観する。その構造がシニカルでおもしろいと思ったんですよね」と話し、こう続けた。「コロナ禍をきっかけに、自分が現地に行かない作品制作について考えています。いい作品になるかはわからないけど、できないことが増えても代わりにできることはないか考える。そうやって新しい可能性を広げていけたら」。
 
この言葉は、どんな状況でも自ら希望を見出そうとしてきた、加藤さんそのもののようだった。

かとう・つばさ●1984年生まれ。2007年武蔵野美術大学造形学部油絵学科卒業、2010年東京藝術大学大学院美術研究科絵画専攻油画修了。無人島プロダクションでの個展(2011~)のほか、「Scratching the Surface」ハンブルガー・バーンホフ現代美術館(ベルリン、2021)、「They Do Not Understand Each Other」大館當代美術館(香港、2020)、「BECOMING A COLLECTIVE BODY」イタリア国立21世紀美術館(ローマ、2020)、「あいちトリエンナーレ2019 情の時代」愛知芸術文化センター(名古屋、2019)、「Uprising」ジュ・ド・ポーム国立美術館(パリ、2016)など、グループ展多数。また、東京国立近代美術館、国立国際美術館、愛知県美術館、豊田市美術館、森美術館、ウルサン美術館などに作品が収蔵されている。

photographs by Mao Yamamoto   text by Maho Ise

記事は雑誌ソトコト2022年1月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。