NOVINYE。
それは「家族」を意味するエベ族の言葉です。
日本に来て28年になるガーナ人、トニー・ジャスティスさんが主宰する子ども食堂と子ども寺子屋は、
ある方向転換を図ったことで大盛況の集いの場に。
料理や音楽を通じて「世界」を感じてほしいと、楽しく、忙しく、子どもとふれあう!
辛い思いをしている子も、
そうでない子も、
ここへ来て一緒に、
ご飯を食べようよ!
アフリカって知ってる?
英語、話せる?
海外の人と心が通じ合う
大人になってね。
食堂
恵まれた国、日本で
「貧困? 嘘でしょ」。
子どもたちが大勢いる! しかも、みんな元気だ。「カレー、食べたい!」「ボクも!」と大皿料理が置かれたテーブルへ向かい、棚から器を取って行儀よく列に加わる。自分が取る番が回ってきた子は目を輝かせ、でも、こぼさないよう慎重に、食べたい料理を器によそう。そんな、行列ができる『ノヴィーニェ こども食堂&こども寺子屋』を定期的に、神奈川県相模原市と横浜市青葉区で実施しているのは、ガーナ人のトニー・ジャスティスさんだ。参加者やボランティアスタッフから親しみを込めて「トニーさん」と呼ばれながら、今日も朝早くから会場である自身のレストランの厨房にこもり、ひたすら料理を作り続けていた。その数、15品! 「もう、戦争ですよ」と、トニーさんはうれしい悲鳴を上げながらフライパンを振っていた。
3年前から続けているこのボランティア活動は、SDGsの目標の「1/貧困をなくそう」に該当するが、途上国ならまだしも、日本で貧困というと違和感を持つかもしれない。トニーさんもその一人だった。ある日、テレビで約6人に1人の子どもが相対的貧困であるという報道を見たトニーさんは、「日本で貧困? 嘘でしょ」と思ったが、調べると確かに事実だった。さらには虐待や育児放棄されている子ども、暮らしに困っている外国人家庭の子どもも大勢いることに胸を痛めた。トニーさんは、「大人が無視しちゃいけない」と子ども食堂の開設を決意。場所は自身が経営しているレストラン。対象となる子どもがいる家庭に開設を知らせたいと思い、生活保護を受けている家庭の連絡先を役所で尋ねたが、個人情報であるため断られた。「当然ですよね」とトニーさん。新聞にチラシを挟み、「来てね!」と子ども食堂を宣伝し、オープンした。ただ、参加者は少なく、数人程度だった。周囲の目が気になってしまったり、貧困という言葉に抵抗があって、敬遠されたのかもしれない。
そこで、トニーさんは方向転換を図った。辛い思いをしている子どもはもちろん、「誰でも来ていいよ。みんなの居場所だよ」と、子ども食堂をすべての人に開放したのだ。「そうすれば、人の目を気にする必要はなくなり、来やすくなるはず」とトニーさん。結果は一目瞭然。にぎやかな食事風景が広がる、元気あふれる場になった。2人の娘と訪れた石田正江さんも、「貧困には当てはまりませんが、私はシングルマザーです。下の娘はここで学校以外の友達ができましたし、私も食事の支度を休めるので助かります」と、いつも楽しみに来ているそうだ。
寺子屋
ノヴィーニェは、
「家族」という意味。
『こども食堂』だけでなく、昼食後には『こども寺子屋』も開催している。太鼓叩き体験や読み聞かせなど、トニーさんやボランティアスタッフが得意なプログラムを担当し、子どもたちに教えたり、一緒に楽しんだりしている。開催する目的の一つには、アフリカの文化を知ってほしいというトニーさんの願いもあるのだ。
トニーさんが来日した1991年の日本では「国際化」という言葉が頻繁に用いられていたが、その半面、外国人に向けられる偏見は依然としてあった。「私も辛い思いをしました。まちを歩いていても、私を怖がるようにして避ける人もいました。家の外に出るのが嫌になり、出るときも帽子を深くかぶり、人と目を合わせないようにサングラスをかけました。そしたら一層、怖い風貌になっちゃって」と今では笑って話すトニーさんだが、当時から30年近く経った今の日本も国際化したと言えるだろうか? 「アメリカやヨーロッパならまだしも、アフリカのことをどれだけの日本人が知っているでしょうか。ゾウやライオンがいる大陸? それだけではありません。アフリカの食べ物や音楽を体験し、異文化にも慣れることで、国際コミュニケーション能力を持った子どもに育ってほしいという願いを込めて、寺子屋も同時に開催しているのです」。その活動は、SDGsの「4/質の高い教育をみんなに」に当てはまりそうだ。
「食堂と寺子屋を始めた3年前、お母さんに抱かれて来た子がいましたが、私の風貌が怖いのか泣きじゃくっていました。けれども先月、英語のレッスンを行っていた壇上の私のほうに歩いてきて、『とにぃ』と声をかけてくれたのです。感動しました。あれは忘れられません」
そんな思い出を胸に秘めつつ、トニーさんはこの日の最後のプログラム、「アフリカの太鼓」を行った。プログラムと言っても、壇上に置かれた数台のジャンベを子どもたちが自由に叩くだけのもの。「みんな聞いてよ、僕が叩く音を。それに倣って叩くんだよ!」とトニーさんが声を張り上げても、聞いてはいない子どもたち。音の嵐の中で「トントン!」「タンタン!」と自分流の演奏に没頭している。「それでいいんです」とトニーさん。「ここでは、子どもが主役。叩きたいように叩けば。上手に叩くことより、アフリカの文化を体験することが大事なのです」。
太鼓叩きが終了し、おやつを食べたら、参加した家族は満足した笑みを浮かべながら三々五々、家路に着いた。『ノヴィーニェ こども食堂&こども寺子屋』の「ノヴィーニェ」とは、トニーさんが属するエベ族の言葉で、「家族」という意味だそうだ。「私の部族では、知らない人にも『どうしたの?』『大丈夫?』『ご飯あるから食べていって』と声をかけ、一つの大皿にみんなで手を伸ばし、料理を味わいます。歌いたい人は歌うでしょう。ここも、そんな場にしたいのです。血のつながりはなくても、家族」。ようやく静かさを取り戻した店内でトニーさんも静かに、しかし熱く、そう語った。