極めてシンプルなガラスのフラワーベースは、どれもワインボトルをアップサイクルしたもの。2019年にスタートした「upcycle.art.and.craft」(アップサイクル アート アンド クラフト)の作品で、福岡市に住む藤田豊久さんが手がけている。藤田さんはこの活動以外にも、フリーランスのカメラマン、そして保育園のスタッフとしても働き、家庭では3人の息子を育てる父親だ。現在のパラレルな働き方に至ったこれまでの人生、3つの仕事と家庭を両立させるコツなどを聞いた。(タイトル写真/提供:アップサイクル アート アンド クラフト)
「地球の上に生きている」ことを感じながら暮らしたい
廃棄されたワインボトルを使い、フラワーベースなどの生活雑貨に再生するプロジェクト「アップサイクル アート アンド クラフト」。2019年に福岡市でスタートし、ポップアップショップのほか、百貨店や商業施設の催事などでも販売され話題を呼んでいる。作家の藤田豊久さんは、他にも保育園のスタッフやフリーランスのカメラマンとしても活動中だ。
藤田さん「『アップサイクル~』のオリジナル製品のほかに、キャンドルブランドから専用ホルダーの受注が定期的に100~200個あったりします。保育園での勤務は平日の週3~4日くらい、カメラマンはポートレートの撮影やクリエイターの作品撮影、WEBサイトのイメージ撮影などで、友人知人から声がかかることが多いですね」
めまぐるしい日々を送る藤田さんだが、バリバリのパラレルワーカーというより、どの分野でも肩肘張らずナチュラルに活動している姿が印象的だ。「アップサイクル アート アンド クラフト」の製品も、今でこそサステナビリティが注目されている時代だが、昔から廃棄物や廃材を再利用することが好きだったという藤田さん。生活に取り入れることも特別なことではないという。
藤田さん「自然に近い素材とか再利用したものが家の中にあると、それだけでも地球の上に生きている感じがするというか。例えば家でパンを焼くだけでも、酵母という生き物と自分が接することで、大きな命のサイクルの中にいることを確認できるんです。自分が地球の一部だっていうことを忘れないように、意識していたいんですよね」
藤田さんの暮らしのベースにある「地球と共にありたい」という考え方、それは育ってきた環境にもあるのかもしれない。
写真スタジオに就職→フリーランス→専業主夫へ
福岡県北九州市、製鉄の街・八幡に生まれ育った藤田さん。パンクバンドに夢中になった中学時代、社会に対する怒りや反骨精神が大きくなり、ある時、周囲が驚く行動に出たことがあった。
藤田さん「家の近くの川にゴミがたくさん落ちていたんですが、ある日突然怒りが沸いてきて、バーッと拾って帰ったことがありました。ボランティア活動とかそういうのではなく、急にひとりで(笑)」
「もったいない」と何でも修理して再利用していた、“昭和一桁世代”の父の影響もあったのかもしれない。そうした環境や社会への思いを抱えた多感な時期、音楽と同じくらい好きになったのが写真だった。写真学科のある大学に進み、卒業後は商業写真の撮影スタジオに就職。アシスタントとして社会人をスタートする。しかし、深夜にまで及ぶ労働時間などに納得がいかず退職することに。
藤田さん「持ち前の反骨精神が出てしまい、上司とケンカしてしまって(笑)。でもアシスタントを探しているカメラマンさんは結構いたので、スタジオ退職後はフリーランスのアシスタントとしていろんな方についてました。もちろんそれだけでは食べていけないので、不動産屋さんでアルバイトもしてましたね」
カメラマンとしての道を模索する20代中盤、とある場所で妻・芙規子さんと出会い、これが人生の大きな転期となる。
藤田さん「生き方の師匠と思っているミュージシャンの、楽器を作るワークショップをお手伝いしたことがあったんですが、そこに参加していたのが妻でした」
芙規子さんは当時会社員だったが、実家で馬を育てていたり、自然や環境に対する考え方に共感する部分があり、出会ってから半年後に結婚した。
藤田さん「いつも無理せずに人生を楽しもうとしている姿が好きで。僕は『サラリーマンってつまらなそうだな』と思っていたのですが、妻は会社勤めも自分なりに楽しそうにやっていたんですね。それで、子どもも生まれたので妻とも相談して、子どもがある程度大きくなるまでは自分が“専業主夫”になると決め、一旦写真もやめました」
写真を嫌いになったわけではなかったが、子どもとの時間を削ってまで不規則な業界で働くことはしたくなかったという。
藤田さん「まあ正直、主夫の方が楽だろうと思ったのもありました。でも現実は全然違った(笑)。家事や育児はめちゃくちゃ大変です。特に長男が生まれた頃は第一子で分からないことだらけだったし、人間関係も社会との繋がりも狭くなりがちで…。でも今振り返ると、この経験があったから良かったかなと思います」
「食の大切さを伝えたい」と夫婦で起業するが…
こうして20代後半から30代後半までは、専業主夫として家事育児を担った藤田さん。子どものことを考えて食事を作ったりする中で、それまで以上に環境や食について考えることも多くなったという。
藤田さん「パッケージの成分表示を見たりすると、何でこんなものが入っているんだ?と疑問に思ったり、大量生産・大量廃棄されていることに怒りを感じたり…。やっぱり子どもには安全なものを食べさせたいから、無添加にこだわっていろいろ手作りしたりするようにもなりました」
畑を借りて野菜づくりをしたり、自分でパンを焼いたりと、食に対する思いを深めていった藤田さん。三男が保育園の年長になり育児の手が離れた頃、妻と2人で新たな挑戦を決断する。
藤田さん「妻も長い会社員生活で環境を変えたいと思っていた時でした。じゃあ2人でずっとやりたかったことをしようと」
これまで培った食や環境への思いを形にするべく、2018年末に地元産の食材を使った手作り弁当・テイクアウトの専門店「ふじたの食卓」を開業。福岡市の大濠公園そばにテナントを借り、内装・外装も自分たちで手造りした。路地裏の小さな店だったが、週に数回、試験的に開店していたプレオープン時からSNSなどでも話題になり、売り切れになる日も珍しくなかった。
しかし2019年2月の本オープンを間近に控えた頃、予想もしなかったトラブルが起こる。家主の意向で店の入り口の前に高い塀が設置され、その前を駐車場にされてしまったのだ。もともと隠れ家的な店だったが、塀で覆われて通りからは全く見えなくなり、利用客はもとより藤田さんたちでさえも店への出入りが難しくなってしまった。
藤田さん「営業自体は常連さんも増えてきて順調だったんですが、外が全く見えない場所で仕事をすることに、モチベーションが持たなくなってしまったんです。閉じ込められた空間に、長時間夫婦2人で過ごすのでケンカも増えましたし(笑)。それで2人で話し合って、店を畳むことにしたんです」
こんな時でさえも前向きで明るい言葉を発した妻の姿が、今でも心に残っているという。
藤田さん「閉店することを決めてからも数カ月は運営していたんですが、ある日『ここは思い出専門店やねー』って妻が笑って言ったんです。あ、人生ってそういう風に捉えてもいいんだなと。今の働き方、生き方にも導かれた気がします」
40代のパラレルワーク。家庭との両立がうまくいくコツは「○○しない」こと!
40代の再出発は、アップサイクル活動と“まちの保育園”
藤田さん「同級生や友達が20代、30代で社会でもまれている時期に、自分は家事育児をやっていて。40を前に自営業で初めてまともな社会経験をしたんですが、そこで自分に足りない部分やいろんな課題が見えてきたというか。そういう意味でも、この経験はよかったかなと今は思えますね」
弁当店での立地トラブルを通して実感した、人間関係の難しさや社会の不条理さ。この経験で改めて、自然や地球を身近に感じられる活動や、清らかな心をもつ子どもと接する仕事がしたいと実感した藤田さん。2019年から「アップサイクル アート アンド クラフト」の作品製作・販売をスタートし、2020年4月からは自宅近くの「いふくまち保育園」でも働き始めた。
藤田さん「もともと写真業界で繋がりがあり、数年前に園長から誘われたこともあったんです。『ふじたの食卓』を畳んでしばらくした後、子育て支援員の資格を取ってスタッフとして働き始めました」
福岡市中央区、閑静な住宅街にある『いふくまち保育園』は、写真スタジオが運営する企業主導型保育園だ。福岡の中心部・天神にも近い都心にありながら、すぐ隣には公園があり、住民と共に清掃活動を行うなど、地域との関わりを重視した保育活動が注目されている。
藤田さん「大人も子どもも同じ目線で、地域の人々と関わりながらさまざまな活動をする保育方針に共感しました。私たちスタッフにも『ありのままでいいですよ』と言ってくださり、自分の出来ることをいろいろ挑戦させてもらっています」
保育園では、子どもたちと公園に行く際などに野草や虫を見つけて話をしたり、畑づくりのためのコンポスト(堆肥)を作ったりと、これまでの藤田さんの経験や視点を活かした働き方ができているという。
3つの仕事が交差して生まれる効果
2021年現在は、「アップサイクル アート アンド クラフト」での製作活動、フリーランスのカメラマン、「いふくまち保育園」という3つの仕事をしている藤田さん。意図的にパラレルワーカーを選んだわけではなく、これまでの人生で得た経験や自分自身の価値観と向き合った結果、現在のような働き方に至っている。そして3つの活動はそれぞれバラバラではなくすべて繋がっていて、時には相乗効果で新たな仕事が生まれたりすることもあるという。
天然由来の素材を使ったサスティナブル・キャンドルのブランド「KOSelig JAPAN」(コーシェリ ジャパン)からは、日本酒の瓶を再生した専用ホルダーの製造を受注。その縁で同ブランドの公式サイトに使用されているイメージ写真の一部も、藤田さんが撮影を担当した。
藤田さん「それぞれの活動を通して人との関わりが増えることで、新しいことに挑戦するきっかけが増えるし、背中を押されることもあります。『いふくまち保育園』の園長からもお話をいただき、『アップサイクル~』の方法を取り入れて、園で使う照明を園児と一緒に作る企画を考えたりしているんですよ」
もちろん働くことの目的の一つは生活のためだが、自分の人生にとってプラスになる人間関係の構築や新しい経験が多ければ多いほど、モチベーションアップに繋がると藤田さんは言う。
元専業主夫だから言える!家事分担のコツは「口出ししない」こと
藤田さんは3つの仕事に加え、家庭では3人の子どもを育てる父親でもある。妻の芙規子さんも同じ保育園で働いているとのことだが、どのようなライフスタイルだと、現在のような働き方がうまくいくのだろうか。
藤田さん「家事育児は妻と曜日で分担しています。家事や子育てって、たとえば献立のこととかちょっとしたことでも、常に考えないといけないのが意外とストレスなんです。だから、すべてパートナーに任せて、そのことを一切考えなくていいという日があるのはいいですね」
掃除は夫・料理は妻など、家事の一部を分担する方法をとっている家庭は多いかもしれないが、藤田家では曜日担当制。特に藤田さんの場合、保育園勤務以外の日はガラス製品の製作や撮影などクリエイティブな活動を行うため、そこに集中できる時間をつくるにはこの方法が一番良かったそうだ。
また、曜日担当制に加えて、気をつけていることがあると藤田さんは続ける。
藤田さん「なるべく妻のやり方に口出ししないことですね。うちの場合は私が専業主夫時代が長くて慣れているのと、妻の方が保育園のシフトが多いので、時々手伝える部分は手伝ったりしていますが。でも基本的には妻の気持ちを尊重したいですし、お互い信頼して任せる方がうまくいくと思います」
無理はしない。でも、自分が守るべき「軸」は大事に
サステナブルや環境活動を声高に訴えるのではなく、「最小単位で地球に良いことがしたい」という藤田さん。とはいえ、若い時の反骨精神や社会への怒りは必要だったとも振り返る。なぜならそれが人生のさまざまなチャレンジの原動力となってきたからだ。その中で経験してきたことが繋がり、無理をせず自然に、地球を身近に感じながらパラレルに働くという、今の生き方に繋がっている。
藤田さん「子どもたちにも、私がやっているようなことや環境・地球に対する考え方を、改めて伝えたりはしてないですね。何か話の流れですることは時々ありますが。特に高校生の長男と中学生の次男は自分なりの考えもしっかり持っているし、私がそうだったように、自分の好きなことを見つけて生きていって欲しいと思っています」
ここ数年は多様な生き方や働き方が珍しくなくなってきて、たとえば会社員をしながら趣味などを副業にする人も増えてきている。今でこそ、好きなことを仕事に生かしながら力まず自然体に生きる藤田さんだが、当然これまでの人生では葛藤したり悩んだりすることも多かったはずだ。
藤田さん「もちろん今でも不安になることはありますよ(笑)。でも葛藤することが生きることだとも思うんですよね。『人生そのものが生業』が理想なんですけど、今までずっと納得いくまで悩んで選んできたから、少しそこに近づけたのかなと思います。子どもも育てないといけないし生活があるので収入は当然重要ですが、自分が大事にしたいと思うことはブレずに守っていきたいですね」
副業、パラレル、フリーランス…。どのように働いて生きていくにも、自分が一番守りたいものは何か、社会にとってどんな役割を果たせるのか。悩んだり壁にぶつかったりした時に立ち返れる、人生の軸を持っておくことが大事だと、藤田さんの取材を通して改めて考えさせられた。
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