「地域発信」という、セカンドキャリア。

連載 | NEXTSTAGE まちのプロデューサーズ2.0 | 30 「地域発信」という、セカンドキャリア。

引退後、育ってきたまちのことを思うように。スポーツ選手として得た知見を活かして活動されています!


お話を聞いた人


川崎憲次郎さん 元プロ野球選手・かぼす特命大使


横尾 今回お話を伺うのは、ドラフト1位でヤクルトスワローズに入団し、1998年には17勝を挙げ最多勝利投手となり、沢村賞にも選ばれた川崎憲次郎さんです。引退後、地元である大分県・佐伯市を盛り上げていくため、東京との二拠点生活をされている川崎さん。野球選手のセカンドキャリアとして、「地域おこし」を選択する人は珍しいのではないかと思うのですが、そのきっかけは何だったのでしょうか。


川崎 佐伯にいたのは中学まででした。高校からは隣町の高校で寮生活を送っていたので、若い頃は、今ほど地元に愛着はありませんでした。でも引退し、月に1度は必ずテレビの収録などで地元へ帰るうちに、地元のよさがだんだんと身にしみて感じるようになりました。交通の便は悪いけれど、豊かな自然と東京では決して食べられないレベルのおいしい魚は大きな強み。幸い、大分弁はしゃべれるので、私が佐伯の魅力を多くの人に伝えていきたいと思うようになりました。


横尾 具体的にはどのようなことをされているのでしょうか?


川崎 釣り番組などの収録の合間に地元で子どもたちへの野球教室、講演、イベントなどを行う一方、「かぼす特命大使」として、地元名産品のPRに協力したり、佐伯を盛り上げようと活動している若者を訪問したりしています。「次世代」にこだわっていて、先日は都内の保育園へ佐伯の魚を大量に持って訪問したりしました。保育園児がブリのカマをフライドチキンのようにかぶりついて食べる姿をみて、さらに佐伯のよさを伝えようと気持ちに火がつきました。


横尾 佐伯を盛り上げるために、「チーム憲次郎」というものを結成されているそうですが……?


川崎 いろいろな場面で「佐伯を盛り上げたい」と言い続けていたら、地方創生を専門にしている人や食のプロ、流通のプロなど、多くの人が手を挙げてくれるようになりました。野球でも1人がホームランを打っても1点にしかなりませんよね。誰かがヒットを打って、確実にバントを決め、後ろにつないでいけば、取れる点数は着実に増えていきます。


横尾 憲次郎さんの人を引き寄せるパワーはどこからきているのでしょうか。


川崎 ヤクルト時代の監督だった野村克也さんの「とにかく、人を喜ばせなさい」という言葉を、僕はずっと胸に刻んで行動しています。現役の頃からずっと引っかかっていた言葉なんです。地元の人を喜ばせるために「今自分ができること」を考えて、まず声をあげて、自ら汗をかくことを試みたら、結果的に多くの人が協力してくれるようになりました。


横尾 「まず声をあげること」は、著名人でなくてもみんながマネできそうですね。今後成し遂げていきたいことはありますか。


川崎 世の中が驚くようなことをしていきたいですね。これからの地方創生モデルを、佐伯からつくり出していきたいと思っています。大自然を使ってのグランピングも計画中。僕はおもしろいこと、大きなことをとにかく考えて、実行に移せる人とともに一つ一つ取り組んでいきたいと思っています。まだ、蒔いた種に水を撒き続ける時間が続く日々ですが、いつかぱっと花が咲く日が訪れることを楽しみにしています。


取材後記


 プロ野球選手を引退後、さまざまなことに挑戦し続けている憲次郎さん。なぜ、プロ野球以外のセカンドキャリアに挑戦するのか、それには恩師・野村克也元ヤクルト監督から教わった「奇跡を起こす3か条」が影響していると言います。①新しいことをやってみる。②古い物にしがみつかない。③知らない人に話しかけてみる。この3つを常に意識して行動しているそうです。「野球界に長年いると、過去の栄光にすがってしまうところもある。変化するためには勇気がいるけれど、思い切って捨てるべきものは捨て、自分の中で変化を起こしていきたい」と熱く語ってくれた憲次郎さん。今後どのように大分県内を盛り上げていくのか、まちでの活躍がとても楽しみです。(横尾)

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