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【島根県・宍道町】高橋椿太郎さんがつくる、自分らしい学びの実践「学びDesign」

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大病を患った後遺症によって学力がゼロになってしまった高橋椿太郎(しゅんたろう)さん(※写真左から4人目)。「学びとは何か?」とリハビリに励み、転学した高校で活動しながら考え、自分らしい学びを探し、オリジナルの学びをつくる「学びDesign」を実践!

目次

高校3年生の夏、大病を患い、学力はゼロに。

5年前、島根県立平田高校の3年生だった高橋椿太郎さん。陸上部で活躍し、全国大会出場を目指していたが、体調を崩してタイムが出ず、敗退。その数日後、突然、家で倒れた。「脳動静脈奇形」という、脳の血管が絡まる先天性の病気であることが発覚し、2度の手術を行うも昏睡状態に。左脳を摘出し、一命を取り止めた。
高橋さんには右脳しかない。言葉が口にできない失語症、視野が狭くなる半盲、注意障害の後遺症が残った。「自分の名前も言えず、足し算・引き算もできず、本も読めませんでした。学力はゼロにリセットされて」と人生を左右する出来事を振り返った。
懸命なリハビリテーションの結果、奇跡的に話せるようになった高橋さん。ただ、病院から学校へ通うも、「みんなが受験勉強に励むなか、僕だけが足し算・引き算。先生には『まずは座っているだけでもいいから』と言われましたが、僕にはそれができませんでした」と不登校に。「障害があっても学べるものはあるはず」と、居場所を求めて自転車で県内を走り回った。

カフェのオーナーと出会い、宍道高校へ転学。

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高橋さんが2年間通った島根県立宍道高校。今も、講演やキャリア教育、学びのプロジェクトなどで関わっている。
平田高校に復学するか、別の高校、定時制・通信制のある島根県立宍道高校に転学するか。高橋さんは悩んだ。宍道高校には偶然にも母親の恭子さんが美術教師として勤めていた。「当時、宍道高校にはそれほどいい印象はありませんでした。ただ、平田高校へ復学しても何が学べるのか。自転車で走りながら自問自答しました」。恭子さんが運転する車のなかで口論となり、「平田高校にはいたくてもいられないんだ!」と自暴自棄になり、走っている車から飛び出したこともあった。
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病気のこと、リハビリのこと、「学びDesign」のこと。率直に話してくれた高橋さん。
そんな高橋さんを救ったのは、鳥取県境港市にある『スイングカフェ』の店主の青木和幸さんだった。青木さんはデザイン専門学校の元・講師。高橋さんは何度かカフェを訪れていたが、その日は何か言いたそうだったので青木さんが声をかけた。「どうしたの?」。
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スイングカフェ』の青木さん。
高橋さんはたどたどしくも自身の境遇を青木さんに話した。そして以前、見舞いに来た恭子さんが帰り際に、「言葉以外にも伝える方法はあるよ」と病室に置いていった一眼レフ・カメラで撮った写真を青木さんに見せた。すると青木さんは、「ここで写真の個展を開かないか?」と高橋さんに言った。「僕にできるわけがないと思いつつも、求められたことがとてもうれしかった」と、高橋さんは2か月後に個展をスタート。その日は平田高校の卒業式の日と同じ。平田高校は卒業できないが、自分は自分の道を歩き始めるという意志を込めた。「僕の力を信じて表現の場を与えてもらった経験は、今後、僕が宍道高校の生徒や地元の小・中学生と接するときの姿勢に生かしたいです」と話す高橋さん。「もう一度、学び直そう」と、宍道高校の通信制へ転学した。
そこで、パートナーの金坂風羽さんと出会った。金坂さんは小学1年生からバスケットに打ち込んできたが、高校最後の大会前に膝靭帯を切断する大怪我を負って出場できず、心に“穴”が開き、不登校となり、鬱病と診断されて退学。怪我を気功で治療する仕事に興味を持ち、山口県で住み込みで修業。宍道町に戻って『Healing space te-te』をオープン。働きながら、宍道高校の通信制で学び始めた。
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一緒に活動する金坂さん。

居場所と学びを提供し、「学びDesign」を実践。

高橋さんは宍道高校で学ぶなかで、さまざまな境遇によって学びに困難を抱えた生徒が通っていることを知り、「自分やみんなのために何かしたいと思うようになりました」と話す。金坂さんは、「人とのコミュニケーションを面倒がる生徒もいますが、実は仲間と一緒に何かしたいと思っている生徒もいることに気づきました。そんな生徒たちの居場所をつくりたいと思いました」と、宍道高校生がスタッフとなってカフェを開く、『高校生月一居場所Café Place』を立ち上げ、地域の人たちと触れ合う場を設けた。
地域の子育て中・妊娠中の女性が一息ついたり、悩み事を相談したりする「ママの休息日」や、島根県では正月にぜんざいに近い小豆雑煮を食べる風習があるが、新年の家族団欒の経験が少ない生徒たちに一緒に食べてもらおうと、「ぜんざいCafé Place」を開いた。「コミュニケーションが苦手な生徒が会話したり、全然笑わなかった生徒が笑ったり。うれしかったです」と、二人は笑顔で話す。
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右上/「好気心lab.」でフィンランド生まれのゲーム・モルックをつくった。左上/木を切ってモルックの棒に。右下/「ママの休息日」の参加者と一緒に。左下/「ぜんざいCafé Place」の餅を丸める。
居場所と並んで大切なのが、学びだ。「学びの原点である好奇心を呼び覚まそうと、生徒の『やってみたい』を実践する『好気心lab.』というプロジェクトを始めました」と高橋さん。たとえば「コットントーク」は、綿から紡いだ糸でランプシェードをつくるラボ。「『紡ぐ』の意味を考え、話しながら作業するのがポイント。僕は、『紡ぐ』にはいろいろな言葉を集めて一つにするという意味があるように感じました。人によって違う『紡ぐ』の意味を話しながら作業すると楽しいです」と話す。
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宍道高校の在校生と卒業生が一緒に「好気心lab.」の「コットントーク」を行い、綿から糸を紡いだ。
宍道高校生が多様な学びにチャレンジする『宍チャレ!』もスタート。新入生を対象に行う名刺交換会は、自分でつくった名刺を地域の人と交換し、地域の人の話に耳を傾ける会。「名刺の裏に自分の関心事や得意なことを書くので、コミュニケーションが苦手な生徒はしゃべらないで自己紹介ができます」と、生徒が地域のことを知り、学ぶきっかけをつくっている。
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右/名刺交換会での高校生と地域の人たち。左/名刺交換会での名刺。自分の得意なことが書かれている。
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「好気心lab.」で行ったワークショップを、高校生だけで開けるようにカードに残している。
宍道高校を卒業し、AO入試で合格した鳥取大学に通う高橋さんは、今も生徒や学校と関わり、「学びDesign」という活動を続けている。「自分らしい学びを探し、オリジナルの学びをつくること。それが、『学びDesign』です」と話す高橋さん。何のために学ぶのかを尋ねると、「僕は自分を守るために学んでいます」と答えた。「後遺症から『学校へ行けない子』というレッテルを貼られましたが、そんな人生にも出会いがあり、多くのことを学びました。誰にだって自分に合った学びがある。それを見つけてほしいです」。恭子さんは、「椿太郎から学びへの根本的な問いを投げかけられ、教育の原点に立ち返らされる毎日。理想と現実の間で揺れ動きつつも、親子として、同志として、一緒に歩んでいきたいです」と語った。
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宍道高校生の表現の場としてつくる冊子『学びDesign』。
学びとは、自分を守ってくれるもの。高橋さんは身をもってそれを、地域の後輩たちに伝えている。
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「好気心lab.」で行う焚き火。火を囲むと会話も弾む。右から、宍道高校在校生の今岡諒太さん、永田天守さん、郷原優斗さん、卒業生の石原彩花さん。
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右/宍道公民館で母親の恭子さんと。左/「学びとは何か?」に答える作品を親子で制作中。今は骨組みの段階。

「好気心lab.」・高橋椿太郎さんが気になる、学びを楽しむコンテンツ。

Book:旅をする木
星野道夫著、文藝春秋刊
母が病室から帰るとき、一眼レフ・カメラと一緒に置いてくれた本。自然とともに生きることの偉大さと難しさを知らされ、それを確かめるために僕も星野さんのフィールドだったアラスカへ行き、「生きる」ことを考えました。
Book:生き物としての力を取り戻す50の自然体験 ─ 身近な野あそびから森で生きる方法まで
カシオ計算機株式会社監、オライリージャパン刊
自然のなかで遊ぶのが好きで、この本に紹介されている自然体験も10ほど実践し、自然の知らないことを知ったり、おもしろさに気づかされたりしました。「好気心lab.」でのワークショップに取り入れたものもあります。
TV:18祭(FES)
NHK
1000人の18歳と、毎回異なるアーティストが共演するライブ番組。RADWIMPSの「正解」という歌に感銘を受け、冊子『学びDesign』を自分たちにとっての正解を見つけるための教科書にしようと思いました。
photographs by Hiroshi Takaoka  text by Kentaro Matsui
記事は雑誌ソトコト2023年5月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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