MENU

サスティナビリティ

連載 | こといづ

いしとたまご

  • URLをコピーしました!

山の植物たちが見事に花ひらいている。薄紫の滝が流れるフジの季節が終わると、今はウツギが真っ白な虹をあちこちに懸けている。こんなところに生えていたのかと、花が咲いてようやくその存在に気づく。2歳の息子と歩いていると、花より果実がやはり気になるようで、手当たり次第に実を口に運ぼうとする。ちょっと待って、こっちは赤くなってから、こっちは黒くなったのだよ。いろいろ食べた結果、木苺が気に入ったらしく、毎朝にやっと目を合わせると手をぐいぐい、群生している秘密の場所へ、ほっぺに手を当てておいしいと満面の笑み。落ちている梅の実を鼻に押し当てて、うわーと陶酔している。よかったね、花も実もすごいね。

久しぶりに家の改築工事をしている。おおきな蔵を解体して、家を取り囲んでいた壁を取り払った。人工物が減って山と家がよりいっそう身近に、一体感が生まれた。そして、ずっと暗かった母屋も床を低くすることで太陽の光が入ってくるようになった。引っ越してきた当時からずっと気になっていた箇所にようやく手が出せて、しみじみする。10年もの間、後回しにしてきたのは、ほかに優先すべきことがあったというのもあるけれど、なにより、クレーン車など重機を運べない山の家で、難しいと断られ続けていた。ところがどうして、手作業でやり切りたいと熱意のある職人さんたちが近くに、同世代でいただなんて想像もしていなかった。
無事工事が終わると、そこかしこに大きな石がゴロゴロと残った。家の敷石だったものや石垣の修復のあまり石で、どうしようか考えていたのも束の間、庭を流れる小川の石垣が崩れてしまったので、自分で石を積み直してみる。見よう見まね、職人さんたちの休憩時間に教えてもらったことを思い出しながら、ああでもない、こうでもないと石を積んでみる。うまく積めたと思っても、踏み込んだ瞬間、グラグラ、あっという間に崩れ落ちる。落ち着いて、一つひとつ、石と向き合ってみる。この石が自然にこけていきたがる方向はどっちか。石一つ、ぐるぐるいろんな方向から探ってみると、元々備えている癖がよく見えてくる。癖に気付けたら、少し引いて、全体のなかで、この石がどういう役目を果たせるか、得意な力を一番発揮できる場所に置いてみると、パズルがピタッとはまるように、元々そこに自然にあったように収まって揺るがない。
小さな規模だけれど石垣の修復が自分でできたことで、次は小川に橋を架けたくなり、橋の基礎を石で組んでみた。ここに力が掛かって、この石があの石を支えて、この石は重しになって。やればやるほど、躰はクタクタになるけれど、あたらしい世界が自分に流れ込んで止まらない。2日で丈夫な橋が完成した。これは、最高におもしろい。今まで気付いていなかったけれど、石と木があれば、生み出せるものが山のようにある。昔から家や町を同じように造ってきたのだから、当たり前のことだけれど、今頃になって、自分で手を動かしてみて、ようやく見えた景色が清々しい。ベンチ、そして階段と、前から欲しかったものを石で組み立てていく。階段を造り終えると、庭に転がっていた石はすべて、予感どおり、ちょうど使い切っていた。
人がすることは、自然に起こることのちょっとした早回し、と感じることがよくある。放っておけば、ものすごく長い年月を経てたどり着くかもしれない結果を、ぐぐっとこの場にこの時に引き寄せる。川があって、自然に橋が現れる可能性はものすごく少ないけれど、たまたま大量の石がここに流れ積もって、木がここに倒れたら、それこそが橋だと思う。そうイメージして手を動かすと、きちんと橋が架かった。
信じること。信じ切ること。最近、妻がつぶやいた言葉。そのとおりだなと思う。何事も、信じて、信じ切れたことは、生まれ出て、出合える。だから、思いっきり信じてやってみる。おおきな、まんまるの月がお山の上にぽっかり浮かんで、黄色く光って、たまごのよう。
文・高木正勝 
絵・Mika Takagi
たかぎ・まさかつ●音楽家/映像作家。1979年京都生まれ。12歳から親しんでいるピアノを用いた音楽、世界を旅しながら撮影した「動く絵画」のような映像、両方を手がける作家。NHK連続テレビ小説『おかえりモネ』のドラマ音楽、『おおかみこどもの雨と雪』『バケモノの子』の映画音楽、CM音楽やエッセイ執筆など幅広く活動している。最新作は、小さな山村にある自宅の窓を開け自然を招き入れたピアノ曲集『マージナリア』、エッセイ集『こといづ』。
www.takagimasakatsu.com
記事は雑誌ソトコト2023年8月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

この記事が気に入ったら
いいね または フォローしてね!

よかったらシェアしてね
  • URLをコピーしました!

関連記事