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サスティナビリティ

連載 | 発酵文化人類学

中国茶とは酵素の魔術である〈前編〉

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 このあいだ、中国雲南省の最南端、ラオスやミャンマー国境近くの西双版納を訪れてきた。険しい山の斜面に野生の茶の木がワサワサ生えている、茶の文化の起源のひとつ。今月、来月と2回にわたって奥深いお茶の文化を発酵目線でひもといてみようではないか。

目次

お茶とはそもそも何か?

 チャノキ(学名:Camellia sinensis)の葉を煎じた飲料。これを基本の定義として、お茶にはさまざまなバリエーションがある。日本で一般的なのは摘んだ年のフレッシュな茶葉を煎じる緑茶。対してここ西双版納は茶葉を何年、何十年もかけてゆっくり微生物によって発酵させていく黒茶(プーアル茶)の産地。ほかにも茶葉を優しく傷つけて緑茶よりもう少しだけ熟成感やコクを出す青茶(烏龍茶)、強めに傷つけてより熟成感を強調した紅茶などがある。同じ茶葉の加工にこれだけバリエーションがある理由。それはズバリ「酵素の扱いかた」にある。

茶葉の加工法

 生の茶葉をそのまま湯で煎じて飲んでも、苦くて青臭いだけでおいしくない。カタい茶葉の植物細胞のなかに格納されている各種栄養成分、すなわち旨み成分(アミノ酸)やビタミン類、カテキンなどの健康機能性の高い成分、覚醒作用のあるカフェインをゲットするためには何かしらの方法で茶葉の細胞を壊したり変質させる必要があるんだよ。その破壊・変質の方法論の違いが茶のバリエーションを生む。

 日本の緑茶から説明しよう。まず茶葉を蒸し、次にお茶を4段階ほどに分けて揉み込んで、細胞を物理的に破壊し、中の栄養部分を取り出していく。揉んだ葉を乾燥させ、さらに火入れさせたら、僕らのよく知る緑茶のパッケージになるんだね。

 次に、緑茶と同じようでいて逆の発想でできている、中国の紅茶の解説。摘んだ茶葉を屋根のある空間で萎凋(放置して水分を抜く)し、その後揉み込む。そして細胞が壊れた茶葉を1〜3時間ほど放置して「発酵」させる。で、この発酵は微生物ではなく、チャノキの細胞自体にある消化酵素によって自分の身体(茶葉)を分解していく工程を指す。酵素が働く過程で茶葉が赤茶色になっていく。これが紅茶独特の色の生まれる理由だ。発酵が終わった後に高温で酵素を失活させる「炙紅」と、天日で乾燥させる「晒紅」のどちらかで茶葉の水分を抜ききる。

酵素のコントロール

 ここで発酵技術に詳しい読者の皆様はお気づきのはずだ。緑茶は酵素が働く=発酵しないように、紅茶は発酵が働きまくるようにプロセスがデザインされている。日本の緑茶は最初に茶葉を蒸すので酵素が壊れる。

 茶葉のなかにすでにある風味や栄養のみを抽出し、中国の紅茶は、高温火入れの工程を最後にするかまったく行わないことで茶葉のなかの栄養成分を酵素によって変質させて風味をリッチにしようとさせる。そして次号で詳しく解説するが、プーアル茶の場合は、さらに微生物の出す酵素まで使って風味を変質させる。

 日本と中国のに対する美意識の違いがここでも見られる。「新鮮でそのまんま」を好む日本の茶に対して「熟成・加工してコクを出す」のを好む中国の茶の対比。そして中国にはまだ成熟する前の超新鮮な茶葉の揉み込みを最小限にして酵素作用を極力排除したピュア極まりない茶の加工法すらある。新鮮さにしても熟成にしても、広すぎるレンジをもっているのが中国の”お茶ユニバース”なのだ。

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