今回は、ぼくが暮らす湖一番のギタリスト、スティーブについて。
彼は、ぼくの一軒隣に小さな家を持っているが、そこは彼にとって別荘。普段は、ここから車で4時間ほどの、大きな街に暮らしている。
「別荘」と聞くと、日本では「お金持ちの特権」というイメージがあるが、この国では少し事情が違う。
相続税がないため、先祖からの土地や家屋を、出費ナシで受け継げる。それが街にあれば、リノベーションして自宅にし、田舎にあれば、お金をかけず古いまま維持して、親族の別荘として活用。「キーウィ※1式居住スタイル」とも呼べるこのパターン、実はとても多いのである。
よくあるのが、海や森といった大自然に隣接した場所に、ワンルーム程度の古い掘っ立て小屋を持っているケース。こういった家を彼らは「キーウィ・バッチ※2」と呼ぶ。
ちなみに、日本は世界的に見て相続税が高い。親から土地や家屋を授かる際、高い相続税が払えないため、それらを泣く泣く売却……というのはよく聞く話。ご先祖からの資産は、3代目ではゼロになると言われていて、日本では残念ながら、このハッピーな「キーウィ式居住スタイル」は不可能なのである。
スティーブは、プロのギタリスト。バンドの一員として小さなツアーをやったり、彼が住む街の店やイベントでパフォーマンスをしたりしながら生活費を稼いでいる。国民的ミュージシャンという訳ではないから、決して大金持ちではない。
そんな彼とぼくはすぐに仲良しに。「歳が近い」、「家が徒歩1分圏内」、「彼は湖でのカヤックを、ぼくは湖でのフライフィッシングをこよなく愛している」といった共通点が多くあったからだ。
そして、もっとも大きかったのは、それぞれの生活と仕事において、音楽が大きな割合を占めてきたこと。彼が現役プレイヤー、ぼくが元・レコード会社プロデューサーという違いはあるが、こんな辺境で、「音楽抜きにはありえない人生」を送ってきた同志に出会えたことが、互いにとって感動だったのだ。
そんな彼は、ある時期から、週末や長期休暇でここに来る度、家に手を加えるようになった。1年近くは、上半身裸で、ペンキだらけで少し破れた作業ズボンというのが彼のユニフォームとなっていた。年季の入った4WDの車の中も上も、いつも作業具や木材が満載。
「ダイスケ、飲もう!」
ある日、彼はそう言ってうちにやってきた。改築がついに終わったというのだ。見に行くと、朽ち果てそうだった彼の「キーウィ・バッチ」が真っ白、ピカピカになっていた。「今日からうちはホワイトハウスだ」と、嬉しそうに笑うスティーブ。
日本から友人が遊びに来ていたこともあり、ご近所さんもお誘いしての小さなパーティをやることに。皆にせがまれて、照れくさそうに演奏する彼のギターに、ぼくはなぜか強烈に惹きつけられた。
見せてもらうと、そこには「K Yairi」との刻印が。しかも何と「1976年、日本製」とも書いてあった。調べてみると、戦前から岐阜県で木製楽器の製作を始め、今でもハンドメイドで名器を作り続ける『ヤイリギター』の作品だったのだ。
この奇跡のような巡り合わせに、この夜は何度も乾杯してしまい、二人ともワインを飲みすぎてしまったことは言うまでもない。
だが次の朝、いつものように森の中から彼の美しいギターの音色が聞こえてきた。湖の際に座り、夜明けと共に独りギターを弾くことが、何よりも好きだという。ぼくにとっても、ここ湖畔の森の生活でもっとも幸せを感じる瞬間の一つだ。
※1 ニュージーランド人は自分たちのことを、国鳥にならい「キーウィ」と呼ぶ。
※2 バッチは「Bach」と書き、辞書には載っていないことが多い。意味は「質素で小さな別荘」。