農家と消費者を直接つなぐサービス「食べチョク」を提供している『ビビッドガーデン』。代表を務める秋元里奈さんは、1991年生まれの若手社長。事業を始めた経緯や創業からの道のり、見つめている未来をお聞きしました。
実家が農家だから、貢献できることがある。
「『やりたいと思えるものが初めて見つかった!』と思いました。実は、学生時代の私は引っ込み思案のガリ勉タイプで、先生の言うとおりに道を進むのは得意でしたが、自分から新しい道を切り開くのは苦手だったんです」。そう話すのは、2016年に25歳で『ビビッドガーデン』を創業し、「こだわりのある生産者と消費者をつなぐ活動」を始めた代表取締役社長の秋元里奈さんだ。
どうして農業に強い思いを抱いたのだろう。きっかけは、彼女が育った環境にあった。神奈川県相模原市に生まれた秋元さんは、祖父や親戚が少量多品種の野菜を育てる農家で、自宅の周りに庭のように畑が広がる環境で育つ。「畑ではいろいろな季節の野菜をつくっていました。特に夏はトウモロコシやスイカなど畑が色とりどりでとてもきれいで、大好きな自慢の景色で。トマトを勝手にもいで食べていました(笑)」。
しかし、母親から「農業はやるな」と言われ、収入が安定した仕事に就くよう諭されていた。秋元さんは幼い頃に父親を亡くしたため、きっとそれらは愛情からくる言葉だったのだろう。秋元さんもそれに応え、就職活動では金融系を志望するつもりでいた。
そんな秋元さんの人生が変わり始めたのは、慶応義塾大学に在学中、『ディー・エヌ・エー』の創業者である南場智子さんの講演を聞いてからだった。「こんなに熱い女性社長がいるんだ!」と感銘を受け、卒業後は同社に入社。複数の部署で4つの事業に携わり、ビジネスの構想を形づくっていくことを学ぶ。「休日はいらないと思うほどやりがいを感じていて、仕事が楽しかったです。安定志向だった私が、ベンチャー企業の文化や精神に触れて刺激されました。でも、主体的に選んで『一生をかけてやりたいこと』には出合えていなかったんです」。
あるとき実家に帰省すると、すでに農業は廃業し、秋元さんと母親と弟の名義にした農地が荒れ果てていた。大好きだった景色がなくなっている──。それを見て「なんとかしたい」と農業に興味を持ち、周囲の農家の話を聞いて回り始める。
そこで見えてきたのは、手間をかけて育てた農産物の価値が適切に理解されていない悩みと、苦労するから我が子には農業を継がせたくないという悲痛な声だった。母親の言葉を思い出した秋元さんは、「みなさんが同じ課題意識を持っているのに、解決できていないんだ……」と危機感を募らせた。「でも、実家が農家だった私だからこそ、貢献できることがあるかもしれない!」。そう考えた秋元さんは「この業界しかない」と、3年半勤めた『ディー・エヌ・エー』を辞めて起業しようと決意したのだった。
そして『ビビッドガーデン』を創業。初めて大きな選択をした独立の道は、決して順風満帆ではなかった。「最初は、使われていない農地とそれを使いたい人のマッチングビジネスをしようとしたんです。でも、知らない人に簡単に土地を貸したくない、隣接している土地に迷惑をかけられないという所有者側の気持ちや法整備の問題などがあり、創業して2週間くらいでボツになって(苦笑)。そこから『何しよう!』と考えました」。
外部のエンジニアはいたものの、メンバーは秋元さん一人。起業した先輩やベンチャーキャピタルなど20人ほどに相談し、もらった意見を自分で考え直して構想を練った。「その頃はまだ広く知られていませんでしたが、フリマアプリ『メルカリ』で売られている野菜が評判だと気づきました。また、一日に約1万人が来場する青山の『ファーマーズマーケット』に行ってお客さんに話を聞き、顧客層やサービスのイメージを考えていったんです」。
生産者が報われる世界をつくりたい。
そうして2017年8月に正式に開始したのが、オンライン直売所「食べチョク」だ。注文が入ると農家から農産物が直送される仕組みで、農業の流通における課題の解決を目指した。消費者にとっては、最速で収穫当日に農産物を受け取ることができる。農家は、審査を経て登録されれば、自分で決めた価格で1箱から出品できる。固定費は無料で、売り上げの20パーセントを販売手数料として支払うだけというシンプルな設定だ。
スタート時に登録された農家は60軒。ウェブで情報発信をしている農家や都内のマルシェに出店している農家に声をかけ、現地へ足を運び、農作業を手伝うなどして自分の思いを理解してもらうよう努めた。なんと、全都道府県から出店してもらえるよう各県を一人で回ったのだという。「どうしてもやりたいと思えるもの」を見つけた人は、強いのだ。
「食べチョク」の大きな特徴は、独自の基準(農薬・ 化学肥料5割以上減の農作物、極力自然に近い畜産物、持続可能な漁業による水産物)を満たす生産者のみが出品できることだ。その基準を定めた理由を秋元さんはこう話す。「こだわっている生産者が報われる社会にしたいと思って始めた事業。地方では不完全な価格競争が起きているところもあります。高価値・高値で売りたい全国の生産者と、高品質なものを求める消費者をつなげたかったんです。いずれはさまざまな角度のこだわり食材を扱いたいのですが、現時点では客観的な指標で証明できるオーガニックを基準にしています」。
生産者と消費者の声を聞き続け、さまざまなサービスを行っている。数多くの生産者から選ぶのが難しいという消費者のために、希望に応じて『ビビッドガーデン』側が農作物をチョイスする「食べチョクコンシェルジュ」も始めた。情報発信が得意ではないけれど、高品質なものをつくっている生産者に光を当てられるメリットもある。消費者が翌月もサービスを継続する率は、約90パーセントだという。また、「売りたいけどどうしたらいいかわからない」といった初心者の生産者には、原稿の書き方や写真の撮り方などのサポートも行っている。秋元さんは「私たちもですが、生産者さんもどれくらい相手の目線になれるかが大切です」と話す。
現在の登録生産者数は約500軒。2019年10月、2億円の資金調達を実施し、マーケティングと採用を強化していく予定だ。目指しているのは、登録生産者数4000軒と4年以内の上場。そして、生産者と消費者の笑顔だ。
Staff voice
松浦悠介さん(マーケティング統括)
学生のときに農業サークルをつくって畑を耕したり、全国各地で援農ボランティアをしたりしていて、ここでインターンをしたご縁から外資系企業を経て入社しました。SNSなどを使ってお客さんに「食べチョク」や生産者の魅力を伝える仕事をしています。生産者と消費者の間に立ってうまくバランスを取りながら、人をつなげていきたいです。
鹿倉秀太さん(シニアエンジニア)
農業系の仕事を探してこの会社に入りました。実は、妻が青森県出身で義祖父がりんご農家。お世話になった恩返しがしたくて農家になろうと考えています。2020年4月から北海道のアスパラガス農家で研修し、2021年4月から家族とともに青森県へ移住予定です。生産者になり、いつか「食べチョク」に出品するのが夢です。
大河原桂一さん(COO)
起業を考え、仲間を探しているとき秋元に出会いました。彼女の本気度と行動力、そして農業のおもしろさに惹かれ、プロボノとしてウェブ制作を手伝い始めました。農家さんたちの情熱を知って僕ものめり込み、1人目の社員になったんです。生産者と消費者の間にコミュニケーションが生まれると、うれしいし、やりがいを感じます。
秋元里奈さん 『ビビッドガーデン』代表取締役社長
稼働日のスケジュール
繁忙期
リリース前後
決まった繁忙期はなし。サービスのリリース前後は忙しくなります。
収入は?
「食べチョク」の購入月額が2018年の約6倍になりました。これから登録生産者数も利用者数も増やしていきたいです!
農業で稼ぐには?
顧客目線を持ち、期待を超える努力をすることだと思います。梱包ひとつとってもその姿勢の有無で満足度が大きく変わります。
Today’s farmer 『くさぶえ農園』
長野県佐久市の高原で農薬や化学肥料を使わず、地元で手に入る堆肥を主体として、炭水化物やミネラル豊富な質の高い野菜作りを目指している。
「食べチョク」との出合いは、秋元さんが『くさぶえ農園』のブログを見つけて電話したことだったそう。代表の林哲也さんは「新規のお客さんの開拓や情報発信ができていなかったので登録・出品しました。農家を大事にしてくださるし、信頼しています」と話す。
今回届いた、『くさぶえ農園』の野菜たち。
A 間引き大根
間引くために収穫した、スーパーなどには流通しない貴重な大根。葉が軟らかくおいしい。
B 小松菜
生育期間が短いため、『くさぶえ農園』では最も作付けしている代表的な野菜。
C ピーマン
高原エリアにあるため朝晩の寒暖差により、甘さが出る。夏野菜は関東とは旬が1か月ずれる。
D トマト
雨水がつくと実が割れてしまうので、ハウスで栽培し熟成させる。夏野菜は7月末〜10月頃まで。
E じゃがいも
「こがね丸」という珍しい品種。味がしっかりしていて煮崩れしにくい。油と相性が抜群。