大阪府池田市にある商店街「石橋商店街」。阪急宝塚線石橋阪大前駅と直結しており、近くには大阪大学豊中キャンパスがあります。石橋商店街には、創業100年近い銭湯や写真館、和菓子屋などどこかなつかしい空気がありつつ、スーパーや飲食店、カラオケなど新しいお店もあっていつも賑わいにあふれており、昔も今も地域住民の生活に欠かせない存在です。そんな石橋商店街を、誕生からずっと見守ってきたパン屋「タローパン」の3代目店主・堤洋一さんにお話を伺います。地域とともに生きてきたタローパンの物語です。
一代目が生んだタローパンと石橋商店街
「じいちゃんがこれはいける、って思ったみたいやねん。それで石橋で商売を始めることにした。何で石橋かはわからんけど。タローパンは、ヤマザキパンよりも早いねんで」
第二次世界大戦中は、原料を仕入れるのにかなり苦労していたそう。一方、地域づくりにも力を入れて取り組みます。石橋にも横行していた闇市を取り締まり、商店街の基礎を築きます。
「その活動のおかげかどうかはわからんけど、じいちゃんは市会議員になった。ほかにも、市の文化会館のレストランで社長をやっていて、俺が中学生のとき、お腹が空いて文化会館にいくとごはんをたらふく食べさせてくれた記憶がある」
地域で注目されるタローパンの存在
「自動ドアの前でお客さんが靴を脱ぐねん。それで行列が絶えなくて。脱がないでください、って親父がよく叫んでた。店はずっとお客さんでいっぱいで、パンは焼けば絶対に売り切れる。俺もレジ打ちの手伝いをしてたからよく覚えてる」
「職員室に突然呼ばれて『今からすぐに帰れ!』って先生に言われたんや。帰ると、刑事さんが台所にいて、逆探知機で電話の発信源を調べてた。ドラマみたいで、ただごとではないことだけはわかった」
商店街には市場が二つあり、そこを中心に、かなり羽振りもよかったそうです。ですが洋一さんが高校生の頃から、だんだんと石橋商店街にも時代の流れはやってきて、コンビニができたり、チェーン店がで増えたりしていきます。一方、八百屋や魚屋、時計屋、散髪屋などの個人店はどんどん減っていきました。
三代目となり、タローパンを継ぐ
「親父と話してるときにふと、『継ごうかなあ』って呟いたら、嬉しそうな顔をしててん。喜んでくれるなら、パン屋になるのも悪くないなって」
就職をやめて神戸のパン屋で3年間修業し、東京の専門学校で半年間、技術や理論を学びました。帰ってきてしばらく働いていると、商店街にパン屋が5軒ほどできるなど、だんだんとタローパンを取り巻く状況が変化していきます。
「名前を変えよう、って提案したんや。英語っぽい名前に改名して売上が上がったパン屋もあったし。かっこいいと思って、『’s』と親父の頭文字の『J』をくっつけて『J’s』って提案したんや。それで話し合いの末、親父と俺、弟の頭文字をとって『Jey』っていう店名になった」
「Hello Jey!」に改名したものの、お客さまには全く馴染まなかったそうで、3、4年経って「タローパン」に戻します。その後、少子化や大手メーカーの台頭なども影響して、ほかのパン屋は次々と閉店していってしまいます。そんな中タローパンは、地域の保育所から注文が入ったり、代替わりしても地域住民が変わらず買ってくれたりと、大きな危機もなく、変わらず商売を続けてきました。「運がよかった」と洋一さんはいいます。
大学生と商店街を繋いでいく
「商店街で使えるクーポン券を配ってん。でも全然使われなくてびっくりした。商店街のはっぴを着て配ってたから怪しまれたんかもしれんな」
ちょうどその頃、大阪大学経済学部のある研究室から「なにかおもしろいことをしたい」と声を掛けられて始まったのが「ゑびす男選び@阪大坂」というイベントです。⻄宮神社の「⼗日えびす」にあやかり、その年のゑびす男・ゑびす女を決めるレース。楽しいイベントを通じて、石橋商店街、大阪大学、地域がそれぞれの良さを知り、互いに興味を深めるきっかけづくりとなることを願って2007年から毎年開催されています。
商店街の中の『クルル石橋』という空き店舗を拠点に活動を始めて、おもしろいことなら何でもやってええで、っていう感じで始まってん」
「石橋×阪大」は、石橋商店街を大阪大学のもう一つのキャンパスのように、時間を過ごし、学び、遊ぶ場にしていこうという気持ちを乗せ、「石橋キャンパスプロジェクト」と題して活動をスタート。洋一さんは当初、「大学生に相手にされなかったらどうしよう」とすごく心配していたそう。
「大学生は若いし頭もいいし、商店街のおっちゃんおばちゃんにどうやったら興味をもってもらえるのかと不安やった。ニュースをチェックして勉強してたけど、そんな話は一切なくて、俺の話とか商店街の話をしたらおもしろがってもらえてん。あるときカラオケに誘われて、最新のトップ10を必死に覚えたんやけど、大学生が歌ってた曲が『木綿のハンカチーフ』。背伸びしなくていいんや、って思った」
「石橋×阪大」は、石橋商店街をフィールドに活動中。子ども無料塾や季節ごとのイベント、商店街の各お店を会場にした「おはこ文化祭」、看板掃除など、地域と大学を繋ぐイベントを開催しています。
石橋商店街は「ただいま」の似合う場所
「卒業式をやり始めた頃、めちゃくちゃ我の強いやつが、号泣してて。喜んでもらえるならずっと続けていこう、って思ってん。
卒業していくのはもちろん寂しい。寂しいけど、案外みんな卒業しても石橋に帰ってきてくれる」
石橋商店街は大学生にとって「ただいま」の場所になっています。特別な場所になっていることを、洋一さん自身「不思議」といいます。
地域とともに歩み、地域に愛されてきたタローパン
「俺は、楽しいことも悲しいこともすぐに忘れる性格。昔を振り返って、あのときが一番よかったなあ、とかやと悲しいやん。毎回毎回、人生の絶頂期じゃないと」
今年還暦を迎えた洋一さん。これからも人生の絶頂期を更新し続けていくようです。とはいっても、もう60歳。タローパンはこれからどうなるのでしょうか。
「創業100年までは頑張る。それ以降はまだわからん。けど、なくなったらみんな寂しいやろ?」
タローパンとともに始まった石橋商店街。そしてタローパン3代目から始まった石橋商店街と大学の繋がり。大学生にとっての石橋商店街は、ただの通り道、ただの商店街ではなく、居場所であり「ふるさと」になりました。
地域とともに歩み、地域に愛されてきたタローパン。多くの人にとって、タローパンと石橋商店街はかけがえのない存在です。これからもそこにあたたかい人たちがいる限り、ずっとずっと大切な場所であり続けます。
石橋商店街にいけば何かが見つかる。私はそんな石橋が大好きです。
tel:072-761-8480
営業時間:open8:30~close19:15
定休日:日曜日
大阪府池田市石橋1丁目12-4
HP:http://taro-pan.com/
Instagram:https://www.instagram.com/taro_pan.ishibashi/
石橋商店街
HP:https://www.ss-ishibashi.jp/
文:宮武由佳(@udon_miyatake)