ネガティブ・ケイパビリティ

連載 | テクノロジーは、人間をどこへつれていくのか | 61 ネガティブ・ケイパビリティ

2021.10.19

 地球は約46億年、人類は約20万年。誕生してから今に至るまで、不確実さや不思議さから逃れられたことは一瞬たりともない。宇宙や生物の分野では観測技術の進化を重ね、さらに人工知能が切り拓く可能性に期待を寄せてはいるが、多くの謎は未解明のままである。われわれは、ひたすら“謎”の中を生きている。生きていることの大枠が謎であるにもかかわらず、目の前の不確実さのストレス耐性が弱いという人間の矛盾を日常的に目にする。終身雇用、安定的な仕事を求める価値観が長いこと大勢を占め、マイホームを確保することが生活者の共通の夢である社会も、不確実さへの回避があらわになった結果に映る。もっとも、不安定な状態を脱して安心できる環境で暮らしたい欲求は、マズローの欲求段階説でいうところの「安全欲求」で、生理的欲求に次ぐ低次な欲求として人間に組み込まれてはいるのだが。

 起業家として新しいものを創造するときは、奇異なものへの視線のシャワーを浴びることになるし、既存勢力や凝り固まった構造を変革する主として、反発や冷ややかな圧を受けることはつきものだ。研究者として新たな発見や論を追究するにあたっても、同様の空気を味わうことは稀ではない。慣れっこになってくると、むしろそれを楽しめたり、圧が大きいほど手応えに感じられたりするものだが、不確実なものへの懐疑心に押しつぶされると、自壊してしまう。生かされている宇宙についてもよくわからない、全員がいつか死ぬ運命に置かれている人間の根本的な不確実さはさておいて、不確実さを否定できることのほうが不思議だなと思っても、安全欲求を理解することで傍らに寄せておく。

 19世紀初頭、詩人のジョン•キーツは「ネガティヴ・ケイパビリティ」という概念を表明した。短期に事実や理由を求めずに、不確実さや不可解なこと、懐疑の中にいることができる能力と定義される。起業家、研究者をやっていると、いつの間にかネガティヴ・ケイパビリティと共に生きていることに気づくのだが、情報のフローが高速で移り気な社会においては、スピード感という名の“短絡”が蔓延しやすい。パターン処理中心の教育や仕事の弊害もあろう。環境破壊、感染症、紛争など地球規模の多くの問題を突きつけられている中で、手の付けようがないと目を背けてしまうならば、未来は閉ざされる。それらの解決には長尺的思考が求められ、即座に解答を見出そうとしないネガティヴ・ケイパビリティで向き合う必要がある。

 あやふやな状態に耐えた先の未来には、耐えた分だけ大きな可能性と受容が待っていると信じて、答えの出ない事態に耐える持続力。ネガティヴ・ケイパビリティにより宙ぶらりんから脱出し、未来の成功体験に変えるための思考と行動の精度を磨く。潜在的な可能性を無為にしないための力でもある。そもそも、人間は不確実さの上に生きているのだから、ネガティヴ・ケイパビリティはもっと身近なものであっていい。

おがわ・かずや●アントレプレナー/フューチャリスト。アントレプレナーとしてイノベーションを起こし続ける一方、フューチャリストとしてテクノロジーに多角的な考察を重ねて未来のあり方を提言している。2017年、世界最高峰のマーケティングアワードである「DMA国際エコー賞」(現・ANA国際エコー賞)を受賞。北海道大学客員教授として人工知能の研究、沢井製薬テレビ・ラジオCM「ミライラボ」篇に出演し、薬の未来を提唱するなど、多方面でフューチャリストとして活動。人間とテクノロジーの未来を説いた著書『デジタルは人間を奪うのか』(講談社現代新書)は高等学校「現代文」の教科書をはじめとした多くの教材や入試問題にも採用され、テクノロジー教育を担う代表的論著に。近著『未来のためのあたたかい思考法』(木楽舎)では寓話的に未来の思考法を説く。

文●小川和也

記事は雑誌ソトコト2021年11月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。