文章を書く時は人名を正確に書く、これは礼儀作法として重要である。
さて、このような「間違いネタ」はいくつか書いてきたので、今回は名前の間違いについて。トーマスは「Hawker」というラストネームを間違えなかったから、トウキョウトガリネズミの種小名「hawkeri」も間違えることはなかったのだが、氏名の間違いから名づけられた学名がある。僕になじみがあるものは、大好きな横浜の貿易商、アラン・オーストンにまつわるものだ。1902年の秋、コペンハーゲンの海洋生物学者、テオドア・モルテンセンは『大英自然史博物館』の友人、ジェフリー・ベルから6個体のウニの標本を受け取った。これらはオーストンが日本で収集したもので、そのうち1つが未記載とわかり、1904年にモルテンセンによってオーストンフクロウニが新種記載された。この論文中でモルテンセンはオーストン(Owston)の名を「Owsten」と間違えており、新種のウニにはその名を捧げて「Araeosoma owsteni」としてしまった。デンマークの動物学者であったモルテンセンには英語圏のファーストネームはなじみがなかったのかもしれない。しかし、彼はこの間違いに後日気がつき、論文が掲載された雑誌の末尾に学名を修正する旨が書かれ、正しい学名の「owstoni」が現在に伝えられている。ささやかな動物学の歴史の一コマである。
名前の間違いは、オーストンが発見したとして有名なミツクリザメの記載論文にもある。記載者のデビッド・S・ジョーダンはオーストンのファーストネーム「Alan」を「Allen」と間違えている。これらの話は僕がオーストンについてまとめた論文「アラン・オーストン基礎資料」にも記した。白状しよう、その論文中で僕が帝国大学教授の「五島清太郎」を「後藤清太郎」、動物採集家の「折居彪二郎」の名字を「折井」としている箇所があるのだから、本当に恥ずかしい限りだ。
文章を書く時は人名を正確に書く、これは礼儀作法として重要である。言い訳すると、この論文は川田史上最長の35ページに及ぶもので、いつもよりスペルのチェックが行き届いていなかった。もっと情けないことまで告白すると、執筆に大切な資料を提供してくださった方のお名前や住所の間違いもあって、赤面の至り。お世話になった方を間違って記述することだけはしてはいけない。モルテンセンやトーマスを責めることはできないな。
題字・金澤翔子
illustration by Fumihiko Asano