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多様性

連載 | こといづ

ちいさなまほう

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ひゃあああ、ひゃあああ。朝から甲高い雄叫びが響いている。息子が箒にまたがって、魔女の修行に励んでいるようだ。1歳8か月、ひとり遊びする時間が増えて、どこどこどっこー、だーだーだー、大きな声を出しながらいろんなことに夢中になっている。なにをそんなに大きな声で盛り上がっているのだろう。よしっ、僕たち夫婦も真似してみよう。ひゃあああ、きゃあああ、一緒になって歓声をあげてみたら、目をおおきく輝かせて、きゃっきゃ笑いながら足を踏み踏み踊りだした。両手広げてくるくる回って、何でもなかったその場が明るい魔法で満たされた。「ああそうか。この子は自分で自分を楽しくさせていたのね。大きな声を出すと楽しくなるね」と妻が感心した。

子どもはどんどんかわいくなっていくというけれど、本当に、日に日に愛おしさが増していく。ちいさな胸に秘めた心を、彼なりの表現で伝えてくれるのが、どうしようもなく堪らない。にやりと笑いながら近づいてきて、手を掴んで引っ張っていく。どこどこ、どこに連れていくの?  これは自分では届かないものを取ってほしかったり操作してほしい時。自分の手の延長のように大人を扱ってくれるのがおもしろい。どうしても嫌なことには、「ないないない」と言って顔を真っ赤にさせながら首を振る。これが彼の言葉なのだろう。それで、危険なことや禁止させたいことが出てきた時は「ないないない」と人差し指を横に振ってみせる。「駄目だよ」と伝わるらしく、一瞬だけ悔しくて泣きそうな顔をするけれど、次からは近づかないようにしてくれる。お母さんを呼ぶ時は、やっぱり「まんまー」かな?  僕には「おとおーさーん」と言ってくれているように聞こえる。
 
大体のことは伝え合えている気がする。でも、ぐずっている時が難しい。お腹が空いているのか、暑いのか、つまらないのか、眠たいのか。思いどおりにならなくて何とかしたい、助けてほしいという気持ちだけは直ぐに伝わるのだけれど、具体的に読み解くのが難しい。例えば、ゴスンゴスン、壁や床に頭をぶつけながら転がり続けるのは、眠たい時。眠るのにふさわしい場所や姿勢を探している、らしい。いやいや、頭痛くないの?  逆に目が覚めない?  それでもゴスンゴスンが始まると、ああ、眠たいんだなと、寝床を整えてあげられる。ぶえええ、泣きべそかきながら手を伸ばして向かってくる、木によじ登るみたいにすごい勢いで抱きついてくる、というより抱き締め、プロレス技のように絞められる。これはお腹が空いた、喉が渇いたって伝えたい。ちゃんと伝わってるよ、伝わるってすごい。

ほかの物事でも同じなのだろうな。人同士、自然、宇宙、自分の心も。あっちに進みたい、こっちに進みたいって、いろんな物事が伝え合っているのをもっと感じられればおもしろいだろうな。そうだ、ひとつ、まだわかっていないこの子の表現が。「よし、行くよ」と両手を広げて待っていると、笑いながらトタトタ向かって来てくれる。よいっしょお、っと抱きかかえると、うれしそうに抱き返してくれるけれど、時々、ポン、ポン、ポンと僕の背中を軽く叩いてくれる。してくれる度にハッとする。これは、僕が彼にし続けてきた、大好きだよ、大丈夫だよ、というポンポンポンを真似してくれているのかな?違う意味で叩いているのかもしれないけれど、心がホクホクして、ぎゅーっと抱き締める。ポン、ポン、ポン。

文・高木正勝
絵・Mika Takagi
たかぎ・まさかつ●音楽家/映像作家。1979年京都生まれ。12歳から親しんでいるピアノを用いた音楽、世界を旅しながら撮影した「動く絵画」のような映像、両方を手がける作家。NHK連続テレビ小説『おかえりモネ』のドラマ音楽、『おおかみこどもの雨と雪』『バケモノの子』の映画音楽、CM音楽やエッセイ執筆など幅広く活動している。最新作は、小さな山村にある自宅の窓を開け自然を招き入れたピアノ曲集『マージナリア』、エッセイ集『こといづ』。
www.takagimasakatsu.com
記事は雑誌ソトコト2022年9月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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