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仕事・働き方

特集 | SDGs入門〜海と食編〜

海の素人たちが、 陸から海を考える『丘漁師組合』。

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実際にはサーフィンをせず、そのカルチャーを愛好する“陸サーファー”。これにヒントを得て生まれた『丘漁師組合』では、漁師ではない人たちが海の課題を陸から考えようと奮闘中だ。

目次

漁師さんとの飲み会の席で 『丘漁師組合』を立ち上げ。

三重県桑名市と愛知県名古屋市を拠点に企画やコミュニティづくりを手がける『On-Co』代表の水谷岳史さんは、『丘漁師組合』の発案者だ。2019年に三重県で漁業を始めた『ゲイト』代表の五月女圭一さんから「田舎も楽しいぞ」と言われたのを機に、山や海にも目を向け始めた。この五月女さんは、東京での飲食店経営で既存の流通構造に疑問を持ち、山梨県で農業に取り組んだ後、漁業に”進路を変更“。「魚を生み出す海を豊かにすることに、今までの努力をつぎ込もう」と事業参入した人だった。水谷さんは三重県内で行われる漁に同行し、三重県尾鷲市や熊野市、南伊勢町や鳥羽市の漁師さんと話す中で、海の課題を知った。

水産庁のデータによれば、2017年時点のの漁業就業者数は約15万人で、一貫して減少傾向にあるという。「三重県でも毎年約450人ずつ漁師が減っていると聞き、後継者がいない、持続可能ではない状況をどうにかできないかと思って。また、漁師ではないのに漁業の知識が増えてく自分が”陸サーファー“みたいだと以前から思っていて、飲み会の席で『丘漁師組合を立ち上げます』と言ったのが始まりでした」と水谷さん。2021年4月、Facebookで『丘漁師組合』を発足を発表した。

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三重県熊野市の風光明媚な漁村に「丘漁師組合ベース」はある。
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『ゲイト』が漁業を営む三重県熊野市で定置網についての会議中。
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水谷さんは、海の情報を漁師さんたちから収集する。
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定置網漁を終え、船上で魚の仕分けをする漁師さんに話しかける水谷さん。

主体になるため 課題を"エンタメ"的に。

漁師は参加できないこの”組合“には、決まった活動がない。水谷さん個人のFacebookアカウントから「丘漁師組合の皆様へ」と題して投稿される内容もさまざまだ。コロナ禍の飲食店の営業制限に影響を受けた漁師の状況を危惧して、組合員にできることを会議しようと呼びかけたり、漁業が抱えている海水温上昇の問題や、食品製造に関する法律が改正されて手づくりの食品が消失するかもしれない問題などを知らせたり。イベント企画で参加者を募るよりは、”問いかけ“が多い印象だ。

「海のあらゆる問題は漁師さんたちだけでは解決できないので、消費者が課題を考えるフィールドが別に必要だと思って立ち上げました。それに、消費者と一括りにするのはよくなくて、個々人は何かのプロフェッショナルであるはず。海の業界だけれど考えるとたくさん関わりしろがあって、それはデザインかもしれないし、投資かもしれない」と水谷さん。

ここで、海をめぐる事象や背景を伝えて問いかけるスタンスを取るのには理由がある。「具体的なことではなく、その手前にある『自分ならどう解決するか』を意識的に発信しています。一方的に与えられた課題では楽しくなくなり、スモールステップでも関わっていいとなれば自然と名乗り出します。課題と楽しさをどう両立させるか。大喜利的にテーマを投げて、乗ってきたのが名古屋市内にある『FabCafe Nagoya』でした」。

世界では漁獲されたのに魚が廃棄されているという問題がある。未利用魚・低利用魚の利用が進めば、漁獲従事者の利益を確保するだけでなく、利益確保のための獲り過ぎによる資源枯渇を防ぐなど、持続可能な漁業につながる。そう水谷さんが組合で伝え続けたところ、『FabCafe Nagoya』がこれらを活用したメニューを提供したいと手を挙げた。そこで水谷さんは、店舗のマネージャーを漁業の現場に連れて行った。「船に乗って漁を見学して漁師さんと話をすると物事の解像度が上がり、人や地域に関心が向く。自分の仕事は、両者をつなげるまで。取引にまで至れば、あとは自分たちで動くようになりますから」。ただし、両者を紹介し合うだけでは物事は進展しづらい。「お互い聞きにくいこともあり、話を進めるには共通言語が必要です。『FabCafe Nagoya』の場合、大きなまな板や魚をさばける包丁もなく魚を丸のまま送ったら困ることが分かりました。そうなると、加工業者と連携している事業者とつなげる必要が出てきたりします」。海の現状を伝えることに加えて、組合のもう一つ大事な役割が見えてきた。

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『ゲイト』では値がつきにくい小魚をペット用フードに加工し、持続可能な漁業に転換しようとしている。無添加のため人が食べても問題がなく、取材時には、これとニンニクとオリーブオイルを合わせてアヒージョにして食した。

海をさらに知るために、 両者をつなぐ役へ。

漁師は漁をしているイメージが強いが、それは彼らの仕事の全体の半分もいかない。獲った魚の選別や船や道具に手入れなど、海でも陸でも、また季節によってもさまざまな仕事がある。取材に訪れた日、水谷さんは『ゲイト』の漁師・田中りみさんが定置網の浮子に付いた藻をカマでこそげ取る作業を手伝い、付着したカラス貝を集めながら楽しそうに手を動かした。「『お客さんはこんな作業は嫌かな』と漁師さんは思っていたりするけれど、そういった作業を解剖して楽しさに変換することも組合の仕事です」と水谷さん。また、『ゲイト』が既存の流通構造から脱却して持続可能にしていくために取り組んでいる、漁業と教育を掛け合わせて定置網漁を体験する事業にも、水谷さんは関わり始めている。取材の2日目、水谷さんは、奈良県から体験に来た4歳の子どもとその両親と一緒に船に乗り込んでいた。「お客さんだけでは漁師さんに遠慮してしまうので、『これをやってみましょう』と声をかける役割です。漁師さんたちは寡黙だけれど、実は漁のことを知ってくれるのを喜んでいます」と言う。このような漁業の現場で、『丘漁師組合』が果たすのは、インタープリター(通訳者)のようなつなぎ役だ。庭師の顔を持つ水谷さんは、バーベキューができるスペース『丘漁師組合ベース』を『ゲイト』の加工場の脇に造った。地元の人たちが気軽に立ち寄り、話をしていく。五月女さんは、「海に関係ある人、ない人の間に『丘漁師組合』が入ると、異なる価値観を持つ者同士の相互理解を促進してくれる。元々漁村には交わり合う場所がなかったけれど、ここを介して接点を持てるようになってきました」と話す。
 
水谷さんは、『丘漁師組合』が海を守ることが当然となるような”概念“になることを目指している。「自分で遊びをつくる瞬間が楽しいので、情報を与えられて”客体“になるのでなく、自分でやりたいことを考えて”主体“になるのが大事。こう行動すると重要な課題に早く到達して、世の中がよりよい方向に動き出すと思います」。これには時間がかかるかもしれないが、確実に世の中を変えていく力強さがある。そう伝えると、「難しく考えずにまずは漁村で遊んでみて」と言われそうだ。
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機械を使い定置網を引き揚げる作業。緊張感が走る。
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定置網にかかっていた大量の魚。獲れる魚の大きさはさまざま。
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定置網にかかった大きなタイを捕まえる。市場で高値がつき、漁師の貴重な収入源に。
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段々と上手になっていったという水谷さんの包丁さばき。まずはやってみる!
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獲れたばかりのホクロカツオを刺身とタタキに。
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下船後は、獲った魚介をさばいて、みんなで朝ごはんに。
photographs by Mao Yamamoto text by Mari Kubota

記事は雑誌ソトコト2022年9月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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