最近、UターンIターンに加えて「嫁ターン」というワードを目にするようになりました。
妻の出身地に一緒に移住するという選択肢ですが、メリットもある一方で気苦労もありそうな…と思ってしまうのは私が昭和世代だからでしょうか?
覚悟もタイミングも、妻の実家に同居するかまたは近くに住むかケースはそれぞれですが、妻の両親の心強いバックアップなどいろいろな面でメリットがありそうな嫁ターン。
最初からそういうつもりではなかったものの、結果的には妻の実家に同居をする嫁ターンとなり、今は妻の実家の仕事を手伝いながら将来を模索する1組の夫婦を紹介します。
小森智秀(こもりともひで) 1977年生まれ 茨城県出身。大学では電子工学を専攻し、卒業後気象庁に入庁。秋田県や青森県、宮城県などの気象台に勤務し、2009年1月~2010年1月には南極昭和基地での気象観測にも携わる。去年気象庁を退職し、現在は妻の百子さんとともに妻の実家のある秋田県潟上市にて、義理の父母が営む雑貨店「エムズコレクタブルズ」に勤務。
小森百子(こもりももこ) 1984年生まれ 秋田県出身。オーストラリア、ニュージーランドに留学するなど海外経験が豊富。結婚するまでは、東京のレストラン等で働いた後、実家の両親が営む雑貨店「エムズコレクタブルズ」の店舗経営に携わっていた。地域活性などにも積極的に取り組み、趣味は麻雀と温泉巡り。
小森智秀さん44歳と百子さん36歳。智秀さんは、小さい頃からの夢だった気象庁に勤務し、南極昭和基地での観測業務にも携わるなど第一線で活躍。
気象の仕事に真摯に向き合い、知識も豊富な智秀さんに百子さんは惹かれ、2人は2015年に結婚し夫の赴任先の青森県で新婚生活を送りました。
智秀さん「南極という過酷な環境でも仕事をしたし、自分がうつになるなんて思ってもみなかった。もともと仕事を頼まれると1人で抱え込み、自分で解決しようとするタイプではあったけれど、新しい分野でも乗り越えられると楽観視していた」
妻の百子さんにとっても、見知らぬ土地での夫の異変は青天の霹靂でした。今思えば、初めての経験で智秀さんの治療内容が本人に合っているかどうか正しい判断が出来ず、自分自身も不安でいっぱいだったと話します。
百子さん「夫には、手の震えやじっとしていられない症状に加えて不眠もみられ、相当辛そうだったが、医師の言葉を信じて『これから良くなって行くよ!』と言うのが1番いいと思っていた。辛いのは今だけだよと。本人がどんなに辛そうな時でも、一緒に乗り越えようと励まし続けていた。周りに親しい友人や頼れる知人がいない中で、私はそう信じて寄り添うしかなかったんだと思う」
そんな2人に変わるきっかけを与えてくれたのは、離れて暮らす百子さんの両親でした。テレビ電話で智秀さんの表情を見た百子さんの父磯光さんと母徳子さんは、すぐに緊急事態だと判断し、仙台の2人の元に駆けつけてくれたのです。そして、両親はそのまま2人を車に乗せ、百子さんの実家のある秋田県潟上市に半ば無理やり連れて帰りました。
妻の実家のある秋田でセカンドオピニオンを受け、新しく主治医を見つけた智秀さん。智秀さんの手の震えなどの症状は、実は薬の副作用だったことが判明し、まずは副作用の解消に取り組みました。医師との相性も良く、今は副作用も無くなり、通院しながら減薬に取り組んでいると言います。
智秀さん「小さい頃からの夢だった気象の仕事に就いて、南極での観測に携わるという夢も実現した。40歳までに結婚するという夢も叶った。もう3つも夢が叶って僕は贅沢な男だなと思って、この先は妻と夢を見つけて生きていく人生もいいかなと。ここが人生のターニングポイントだと思ったら踏ん切りがついた」
智秀さんは気象庁の仕事を辞め、そのまま2人で妻の両親が営む雑貨店、エムズコレクタブルズを手伝うことにしたのです。
今は、店での接客のサポートの他、オンラインショップの運営を智秀さんと百子さんが担っています。全くの畑違いの仕事、そして初めての接客業。なかなか簡単にはいきませんが、徐々に手応えを感じています。
智秀さん「これだけ元気になれたのは、妻の両親のおかげだと思っていて、お世話になった分恩返しをしたいという想いはある。また、妻が接客の仕事でイキイキしている姿を近くで見られるのは、素直に嬉しい。妻の笑顔をたくさん見られることが『嫁ターン』のメリットなのかもしれない」
智秀さん「新しい土地でフレッシュな気持ちになれてメリットが大きい半面、コロナ禍の影響もあって茨城県に暮らす自分の両親との物理的な距離が遠くなっている。そこが少し辛いと感じることもある」
実は、智秀さんと百子さんは最近妻の実家での同居を卒業し、2人だけで近くの家で生活を始めました。
百子さん「一度実家を出てから再び同居をするのは、親子といえども難しい面もある。特に仕事も生活も一緒なので、性格が似ている母と娘がぶつかり、喧嘩になることも。嫁ターン=同居ではなく、それぞれベストな形があると思う」
智秀さん「共通の趣味を見つけることは、嫁ターンの潤滑油になる。うちの場合は麻雀で、月に1回から2回は家族麻雀を楽しんでいる。妻の両親を含めみんなを笑顔にしていきたい」
妻の両親と自分達夫婦、2組の夫婦に笑顔をもたらした嫁ターンという名の移住。お店のお客さんや周囲の人たちも巻き込み、智秀さん百子さん夫婦の未来予想図は、さらにたくさんの笑顔で彩られていきそうです。
文 渡辺綾子