みんなが主役!「One for All, All for One」を目指すまち。

みんなが主役!「One for All, All for One」を目指すまち。

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2022.11.09

東北への移住をテーマとしたオンラインイベント、「東北暮らし発見塾」。東北のことを知るきっかけをつくり、東北ファンを増やすための取り組み「Fw:東北 Fan Meeting」(フォワード東北ファンミーティング)の一環で開催されています。2022年度第6回は、岩手県釜石市を舞台に、「全方位で人がつながるオープンシティ」というタイトルで行われ、24名が参加しました。

開かれたまちで“つながり”を地域の活力に。

最初に、インプット・トークとして、野田武則・釜石市長が地域の魅力や取り組みを紹介しました。「釜石は“鉄と魚とラグビーのまち”です。この3つがそろうのは釜石だけでは」と口火を切った野田市長。近代製鉄発祥の地であり、豊かな三陸漁場の中心港として栄えてきた釜石は、2019年に「ラグビーワールドカップ」日本大会の試合会場となったことでも知られています。「かつて新日本製鉄釜石のラグビー部が日本選手権7連覇を果たし、そのレガシーを継承してラグビーのまちであり続けるにはどうしたらいいかを模索していたところ、ワールドカップの開催地に選ばれました。奇跡が起きたと思いましたね。釜石でワールドカップを開催できたことを心から誇りに思っています」と野田市長は熱く語ります。

「ラグビーワールドカップ2019」日本大会で、東北唯一の試合会場として新設された『釜石鵜住居(うのすまい)復興スタジアム』。
写真左から、ファシリテーターを務めた『エイチタス』代表の原亮さん、野田武則・釜石市長、釜石市移住コーディネーターの手塚さや香さん、『ソトコト』編集長の指出一正。

市は「ラグビーのまち釜石」の推進にさらに力を入れており、「第六次釜石市総合計画」の重点施策のひとつに位置付けています。「ラグビーを公共財に、まちづくり・ひとづくりにトライしています。『One for All, All for One』というラグビーの精神を大切に、“だれひとり取り残さない”まちづくりを進めています」と野田市長。ワールドカップ開催をきっかけに、「ラグビーのまち釜石」が市民のみなさんにも浸透している実感があるといいます。

また、もうひとつの柱として、「釜石市オープンシティ戦略」についても説明がありました。これは、「市民一人ひとりが役割を持つ、真に開かれたまち」の実現を基本理念とし、地域内の“活動人口”と地域外からの“つながり人口(関係人口)”が混ざり合うことで地域の活力を生み出そうというもの。つながり人口をまちづくりに生かすため、観光・創発・移住の3つの視点で、さまざまな施策を展開しています。そして「つながりをつくるなかで、釜石への移住・定住を促していきたい」と野田市長は話します。

『イオンタウン釜石』内にある『しごと・くらしサポートセンター』では、釜石へのU・Iターンや、それにともなう仕事や住居の相談にワンストップで対応している。

地域の編集力、発信力が“関わりしろ”をつくる。

野田市長の話を受けて、釜石市移住コーディネーターの手塚さや香さん、『ソトコト』編集長の指出一正、ファシリテーターの『エイチタス』代表・原亮さんを交えてトークが繰り広げられました。指出は、「まちづくりのビジョンがしっかりしているところがすばらしいですね。だれもが生きやすいまちであり、外の人も釜石のみなさんと一緒に何かをやりやすい空気感があることが、オープンシティ戦略にしっかり盛り込まれていると感じました」とコメント。指出はまた、「地域との“関わりしろ”をつくっていくうえで、ご自身も移住者である手塚さんの存在は大きいと思います」と述べ ました。

現地会場で野田市長と話をする手塚さや香さん(写真右)。埼玉県出身、元・新聞記者で、2014年に釜石に移住。移住後は復興支援活動に関わり、昨年から釜石市移住コーディネーターを務める。

「私は復興支援員という立場で森林組合のサポートもしていたのですが、2017年に大きな山火事があったときに、全国から寄付をいただいたり植樹活動に多くの人が駆けつけてくれたりして、“つながり人口”のありがたさを感じました」と手塚さん。「それだけの支援が集まったのは、手塚さんの発信力もあったのでは?」という原さんの投げかけに、指出は次のように答えました。「伝える技術、地域を編集する力は非常に大事ですね。それが感動や共感を呼びます。野田市長や手塚さんをはじめ、釜石は編集力が高く、物事が人に伝わるように努力をしているなと以前から思っていました。それが“関わりしろ”や人の接点をつくっていますね」。

2020年8月、釜石鵜住居復興スタジアムの木製座席に防腐剤を塗布するボランティア活動に参加した人々。市外から駆け付ける人もいた。

続いて、3人の移住経験者が登場しました。『釜石市役所』スポーツ推進課職員の佐伯悠さんは、「2007年に釜石にやって来て、ラグビーチーム『釜石シーウェイブスRFC』のキャプテンを務めていました」と自己紹介。『パソナ東北創生』代表取締役社長の戸塚絵梨子さんは、「震災後の復興支援活動をきっかけに釜石とご縁ができました。ずっと東京と二拠点生活でしたが、先日ついに住民票を移し、10年超しの移住を果たしました」と笑顔で話しました。『ヤマキイチ商店』専務取締役の君ヶ洞(きみがほら)剛一(たけいち)さんは、2007年に釜石にUターン。「ヤマキイチ商店では、日本一高い値段でホタテを売っています(笑)。仕事を通して三陸の価値を向上させることが人生の夢で、日々楽しく働いています!」と力強くコメントしました。

写真左から『ヤマキイチ商店』専務取締役の君ヶ洞剛一さん、『釜石市役所』スポーツ推進課職員の佐伯悠さん、『パソナ東北創生』代表取締役社長の戸塚絵梨子さん。

その後、参加者を交えての「ブレイクアウト・セッション」が行われ。移住者と参加者が小グループで交流しました。ブレイクアウト・セッション後、参加者からは、「釜石がどれだけラグビーとともにあるまちなのか、実際に見に行きたい」「どの方も行動を決断したことがすごい! と感じました」「これからも交流人口を続けます」といった感想やコメントが寄せられました。最後に野田市長が、「それぞれの人生のなかで、釜石が大きなつながりをつくる場所になると思います。鉄は熱いうちに打て、ということで、心が動いたときにぜひ釜石においでください。お待ちしています!」と呼びかけて、無事終了。釜石の魅力と“関わりしろ”が伝わってくる2時間となりました。

会場のコワーキングスペース『co-ba KAMAISHI』から、笑顔で参加者を見送る野田市長、手塚さん、原さん。

今回の「結びの一言」は、野田市長のコメントより!

“つながり人口”や移住者のみなさんなど、釜石に関わってくださる方々が活躍できる環境をつくるのが行政の仕事です。みなさんのがんばりを、いかに点から面にしていくかが課題。そこから生まれるつながり・交流の中で、それぞれの生きがいを見つけてほしいと思っています。いくらまちが復興しても、一人ひとりが幸せを実感できなければいけませんので。

最新の情報は各種SNSをチェック。

次回「東北暮らし発見塾(宮古校)」は11月21日(月)19:00~開催予定! 参加申し込みや最新情報は「Fw:東北 Fan Meeting」のfacebookページTwitterをご覧ください。

text by Makiko Kojima