このほど愛媛県は、2020年度の愛媛県への移住者が前年度比29%増の2460人で、統計を取り出した2007年以降過去最多であると発表しました。
「移住者が増加しているということは、移住相談窓口での相談件数もきっと増えているはず」
「増加した相談の中には、移住に対する不安の声も寄せられているだろう。その多くは一体なんだろうか」
そんな安易な発想ながら、今回「愛媛への移住不安は何か」をテーマに移住コンシェルジュの方に話を聞くことにしました。
すると「移住不安」だけでなく、コンシェルジュの細やかな仕事内容や、コンシェルジュも苦慮する「移住の理想と現実のギャップ」までもが浮かび上がりました。
移住コンシェルジュが見た愛媛県への移住者
今回お話を聞いたのは、えひめ移住コンシェルジュの松原さん。
2018年から東京で地方への移住相談窓口を構えるNPO法人ふるさと回帰支援センターに所属し、愛媛の担当者として日々働いています。また自身も愛媛出身で、愛媛暮らしの経験を生かした相談を行っています。
まず昨年度の愛媛県への移住者数が過去最多だった結果について、どう感じているのでしょう。
松原さん「2020年度はコロナ禍の影響でオンラインでの相談が多かったですね。移住先の特徴としては東予地域が多く全体の4割を占めています」
2020年度の愛媛県への移住者2460人の市町別では県庁所在地の松山市が726人、ついで本州・広島と四国・愛媛を結ぶ「しまなみ海道」沿いの島しょ部を含む、県内人口規模2位の今治市が685人、雑誌ランキングで「住みたい田舎1位」に選ばれた西条市が240人と続きます。この今治市と西条市はいずれも県の東部を指す、東予地域に属しています。
松原さん「相談窓口で、しまなみ海道に旅行して素敵だったという方は多いです。かと思えば愛媛に一切来たことのない人も窓口に来られます。インターネットで調べて、暮らしやすそうで気になっていると。北国出身で雪かきをしたくない、という声も聞きます。移住先に他の県も検討している人は香川とか広島とか、瀬戸内地域で検討していますね」
確かに愛媛県は本州と四国を結ぶ3番目のルートである「しまなみ海道」をサイクリングの聖地として積極的な観光PRを行なっています。
しかししまなみ海道への旅行が移住にも好影響を及ぼしているとは意外でした。
松原さん「島暮らしにあこがれる方も多いですね。その場合仕事をどうするか。島での限られた働き口がその人に合うのか、それ以外の仕事を生み出せるのかどうか。どうしても島が良いという場合以外、例えば海の見える生活がしたいとするなら、今治の海や松山の海沿いでの生活を提案することもあります」
松原さんは相談者の「島暮らし」という漠然とした移住の希望から、丁寧にヒアリングしてその人に合ったライフスタイル、そして県内の移住にふさわしい地域を紹介しています。
移住不安で最も多いのは「仕事」
さて「移住不安」の相談で最も多いのは「仕事」に関するものでした。
松原さん「やはり働き口がありますか、というような相談が多いですね。実際には移住して給与水準が下がる場合もあると思います。それをどう捉えるか。何を大事にしてこれから暮らしていくのかをご自身の中で切り換えられないと難しいですよね。地域にはその地域ならではの仕事があって『仕事がない』ということは無いはず。ただしこれまで働いていた業種や職種では無い可能性はありますけどね。また地域の面白い仕事の情報が届いていないケースもあるかもしれません」
仕事のミスマッチは移住先での定着に大きく関わります。一方である特定の職に関する問い合わせも多いとか。
松原さん「体感的に多いのは、農業に興味がある、やってみたいという声です。『未経験でも農業はできますか?』というふうに。前から多いなと思いましたけど、この一年は特に多いですね。実際に移住を機に新規就農する方もこれまでに多くいて、先ほどの質問へは、もちろん『できます』と答えます」
松原さんは就農希望者に県内の研修制度を紹介する他、農業は初期投資がかかるものなので、移住前にある程度まとまったお金を準備する必要性も伝えています。
また自治体の移住ポータルサイトや移住パンフレットに掲載されている、先に移住して就農した人たちのインタビューなども参考になります。
松原さん「農業と一言で言っても、規模や土地にあった作物などその人にとってふさわしいものはそれぞれ大きく異なります。先輩就農者の経験談を紹介するだけではなくて、実際に会いに行って話が聞ける体制が大事ですね」
机上で情報を得るだけでなく、移住先の現場を見て生の声を聞くことが必要だと、松原さんは言います。
意外な声?Uターン組も知りたいズバリおすすめ市町
一方、ズバリ愛媛県の中でおすすめの市や町を教えて欲しいと聞かれるケースも多いとか。
これは意外にも、一度県外に出て出身地である愛媛に帰ってこようとするUターン、Jターン組も含まれます。
松原さん「愛媛を全く知らない方もいますし、Uターンでも愛媛を出て何年も経っていたりすると、もはやわかりませんよね」
ましてや学生時代の行動範囲で得た経験や知識だけでは、移住後の生活を想像するのに情報不足であるのは否めません。
松原さんはこのような相談に対し、相談者が実現したい暮らしは、海、山、島などの自然環境がどの程度の距離で必要なのか、やりたいことは何か、さらには趣味は何かなどをヒアリングしながら、一緒になって理想の地域を見つけていきます。
その中でも特に鍵を握るのは相談者の考える「田舎度」と地域に入りやすい「コミュニティ」があるかどうか、と言います。
鍵を握る「田舎度」と「コミュニティ」
松原さん「例えばこの東京窓口に来られる東京や関東の、いわゆる人口の多い街に住んでいる方の想像している『田舎』と、愛媛出身の私の想像する『田舎』とでは大きく隔たりがあると思います。
そういう方がいきなり『田舎度』の高い地域に行くのはギャップを感じてしまう恐れがあるので、まずは松山やその近郊をおすすめしますね」
松山市は他県の都市部などに比べ家賃が安いので、段階的にまずは松山で暮らし、友人関係などが構築できた上で「田舎度」の高い場所へ移住することも可能と考えられます。また市内から空港へのアクセスが良く、旅行はもちろん移住者の里帰りにも便利とも言えます。
松原さん「その市や町に参加しやすいコミュニティがあるかどうかもポイントですね。行政主導であったり、民間企業や移住者自身が交流の拠点として立ち上げたものだったりと色々ありますが、その地域にすでにコミュニティがあって、移住の先輩と呼べる存在がいるかどうか。地域に馴染めるか、という不安は必ずあると思いますが、相談できる人が身近にいればハードルは下がりますし、仕事やプライベートの充実にも関わってきます」
移住者でも参加しやすいコミュニティには、多様な働き方を実践する人々が集うコワーキング施設やゲストハウスが例として挙げられます。
そのような施設は愛媛県でも、内子町の内子晴れ、南予サイン、八幡浜市のコダテル、西条市のサカエマチHOLIC、新居浜市の新居浜びずなど数多く存在しています。
就農の場合と同じく直接、しかも身近に聞ける「先輩の話」にこそ価値があるはずです。可能であれば移住前にコミュニティの行うイベントなどに参加するのも良いかもしれません。
叶えにくい要望は「四六時中のんびり暮らしたい」
最後に、コンシェルジュとして答えに困ってしまう相談内容を聞きました。
松原さん「これは少し叶えにくいかなと思ってしまうのは『地方でのんびり暮らしたい』というもの・・四六時中のんびりというのは難しいのかなと。都市部と比べ時間の流れは圧倒的にゆったりしているとは思います。それでも仕事が場合によっては都会と同じくらい忙しいこともありますし、地域の行事やご近所付き合いもあります。
それから他人との関わりの少ないことを求めて人口密度の低い田舎に行くと、かえって人間関係の密度は高いという矛盾があります。人口が少なければ少ないほど人間関係は濃厚で、地域が協力し助け合って生活をしていることを知って欲しいですね」
移住の理想と現実のギャップは、田舎の姿を移住者が誤解していることにあるかも知れません。一方移住者を受け入れる地域側の受け入れ体制はどうでしょうか。地域側が移住者に過度な期待をしてしまい、結果関係がうまくいかなくなったというケースも耳にします。
地域側が移住者に「慣れる」ことも必要かもしれません。
松原さん「そういう意味ではやはりすでに移住者の先輩がいる地域をおすすめします。県外かどうかではなく、地域が外からの人を受け入れることに慣れていると良いですよね。
行政が主導して移住者と地域の意見交換の場を設けているところもありますよ。
地域の企業の人事担当者や経営者層の移住への理解も重要だと思います。
私は県の窓口ですが、市町の相談窓口と連携して、より詳しい地域の情報も提供できるので一度相談をして欲しいですね。ただいずれにしても実際に地域を訪れてみることが大事です」
愛媛の今後の移住者は
いかがでしょうか。窓口に寄せられた相談内容を聞くことで、単にその内容だけでなく、移住コンシェルジュである松原さんが相談者に対して理想の移住を実現できるよう、いかに具体的に提案しているのかがわかりました。
さて今回の愛媛県への移住者増について、中村時広愛媛県知事は記者会見で、今回の結果について20代・30代の若者世代が増えていることに注目していること、働き方改革が進むことがより一層チャンスだと捉え、今後も続くこの流れの中で愛媛県が選ばれるようにこれまでの経験を生かしたい、との所感を述べています。
(参考:愛媛県ホームページ 令和3年度6月知事定例記者会見(令和3年6月14日)の要旨について)
https://www.pref.ehime.jp/governor/teirei/kaiken030614.html
コロナ禍が移住者増に影響したのであれば、それは全国の地方で同じことが言えます。
移住者が理想と現実のギャップに苦しむ事例も全国に、特に田舎度が高い場合により多くのケースが存在するだろうことは想像に難くありません。
それらを踏まえると、田舎度を含む愛媛の地域特性を理解し、相談者に最適な移住を提案するコンシェルジュの役割は今後さらに重要となるでしょう。
そしてインタビューにもあった、先輩移住者の力を活用したコミュニティが今以上に活況となれば、移住者の満足度が向上して地域の受け入れ体制にも好影響を及ぼし、その結果、愛媛への移住者は今後も継続して増加するのではないでしょうか。
松原さんは今回の愛媛の移住者増について、取材協力いただいた認定NPO法人ふるさと回帰支援センターのWEBメディアFurusatoで詳細記事を書かれています。
是非合わせてご覧ください。
Furusato
どんな人が移住してるの?<愛媛県への移住者数、過去最多!>
https://www.furusato-web.jp/topics/313154/
これからのえひめ移住コンシェルジュの活躍への期待が高まります。
文:皆尾 裕
写真:認定NPOふるさと回帰支援センター、えひめ移住ネット
取材協力:
認定NPO法人ふるさと回帰支援センター
愛媛ふるさと暮らし応援センター
えひめ移住ネット