リノベーションにより、建物の新たな価値を創造する千葉健司さん。青春時代を過ごした山梨県韮崎市のシンボルだった「アメリカヤ」をリノベして、さまざまな世代や場所の人が集まり、交流する場所にしました。「いずれは韮崎をリノベーションのまちにしたい」と語る千葉さんには、どんなまちのデザイン案があるのでしょうか?
まちのランドマークをリノベーションしたい。
総務省の統計によると、山梨県は空き家率が全国でワースト1位。そんな山梨県韮崎市の駅前に、ひときわ目を引く5階建ての「元・空き家」だったビルがある。かつてまちのランドマークだったこの「アメリカヤ」には、土産物屋、食堂、宿泊所などがあり、宿場町だった韮崎を訪れる多くの人が立ち寄る場所だったが、2003年に閉店。手つかずになっていたのを、地元・韮崎の建築事務所『イロハクラフト』の代表取締役で建築家の千葉健司さんがリノベーションし、2018年4月に再オープンした。各階には自社の事務所や経営店舗のほか個性的なテナントが入り、今や県内外から人々がやってくる「韮崎の新たな顔」だ。千葉さんは韮崎高校出身で、京都の建築専門学校で建築を学んだ。山梨に戻り、ハウスメーカー、工務店などで働いた後、26歳で一級建築士の資格を取得してから29歳で独立、韮崎市にイロハクラフトを構えた。
地元に帰ってきた理由は、「仲間がたくさんいる、居心地のいい場所だったから」。一方で、アメリカヤが寂れてシャッターが下ろされたままになっていたことはずっと気になっていた。
「高校時代はまだ営業していて、毎朝晩の電車通学で目にしていたというのも大きかったですね」
イロハクラフトは新築も請け負うが、「一般的に28年とされる日本の建築再建のサイクルはあまりに短い」との観点から、「住み継ぐための家づくり」を行うリノベにも力を入れている。そんな面からも「自分になら何とかできるのでは」という思いが膨らみ、人に会うたび「アメリカヤのリノベを手がけたい」と話題にした。
そのかいあって、2017年、ついにアメリカヤのオーナーと人の紹介で知り合うことに。
「中は荒れたままでしたが、建物としてのポテンシャルの高さはすぐわかりました」と、千葉さんは初めてアメリカヤに入ったときのことを振り返る。
アメリカヤがつくられたのは1967年だが、当時の建物としても変わったつくりをしていた。先代オーナーが太平洋戦争でシンガポールに駐留した際、現地で見た建物をできるだけ再現し、アメリカの華やかなイメージも盛り込んだ不思議な異国情緒のある建物だった。貸すには本格的な改修が必要なため、取り壊すことを考えていたというアメリカヤを、千葉さんはリノベまで行うことを条件に、一棟丸ごと借りきることになった。
古き良き建物が持つ吸引力が、新たな場を生む。
実は千葉さんはここに至るまでに、「アメリカヤは盛り上がる」と確信する出来事を経験していた。そのひとつが2014年に手がけた、高校の同級生・渡邊麻美さんのパン店『パンと焼き菓子のお店 asa-coya』のリノベーション。
「最初は新築を検討していたのですが、彼女の実家のおじいちゃんの古い農作業機小屋を偶然見て、この建物をリノベしたほうがいいと直感しました」
『asa-coya』はその後テレビでも紹介されるなどして有名に。ほかにも築150年の馬小屋をハーブのお店にリノベし、話題になった。
リノベ作業は2017年の冬から始まったが、翌年4月のオープンまでに、表だった募集なしでほぼテナントが埋まった。
「アメリカヤをリノベすること自体が、古き良きものを愛する同じ価値観を持つ人に対して何よりの発信になったんです」
トイレなど不快さを感じる部分を改修した以外、古いままを残すことにこだわり、一部間取りの変更や壁の補修などを行っただけでほとんど手を入れなかった。
結果、アメリカヤにはこれまでにない新しさを古い建物の中に見つける若者世代と、昔から建物になじみのあった世代との交流も生まれる場所になった。単にひとつの建築という以上の吸引力を持つ場になったのだ。
建物だけでなく、まちをデザインする視点。
こういったことから千葉さんは、建築をひとつの建物としてだけでなく、まちづくりというデザインで見ることを意識するように。
「愛されてきた古い建物を大事に使うことで、人やまちの思いや思い出を引き継ぎ、若い人や外から訪れた人につなげたい。だからこそ、アメリカヤだけで終わっていたらもったいない。食べて飲んで泊まって、翌日またまちのどこかに出かける。リノベーションを通してそんな体験ができる場所をまちじゅうにつくっていきたい」
そう思っていた千葉さんが次に出合ったのは、アメリカヤ正面の築70年を超える飲み屋長屋。やはり取り壊される予定だったここも借り、小さな飲食店が軒を連ねる「アメリカヤ横丁」として2019年9月にオープンさせた。昔ながらの風情を残す横丁でありつつ、女性専用トイレやキッズスペースを設けたりと、これまでにない楽しみ方ができる場所にした。
さらに2019年12月には、アメリカヤと同じ通りにある、かつてお茶・海苔店だった建物の『chAho』と、旅館だった『みよしビル』がゲストハウスとしてオープンする。特に『chAho』は、韮崎には登山のために訪れる旅行者が多いことから、韮崎出身のプロのマウンテンアスリート・山本健一さんを監修に迎え、アウトドア愛好家に向けたゲストハウスとして改装した。登山に興味があって来た人が、アメリカヤやアメリカヤ横丁をきっかけに、まち全体に関心を持ってくれることを期待しての試みだ。
「空き家率1位というのは、裏を返せば、リノベすればまちの魅力になる建物がたくさん眠っているということ。近年は家を簡単に手放して空き家にするのではなく、DIYして使い続けたいという人も増えていて、アメリカヤ内のDIYショップでは、そういう講習会も大人から子どもまで楽しめる形で頻繁に行うようにしています。手を入れて使い続けることのよさを発信する場所にもしたい」
千葉さんは独立して今年で10年になる。
「僕の今の夢は、ここを『リノベーションのまち・韮崎市』にすること。過去と現在とをつなぐリノベーションが人やもの、文化や場所をつなぎ、住み継がれるまちをつくっていきたいです」
FLOOR GUIDE 令和の「アメリカヤ」はこんな場所になっています。
5F EVENT SPACE/FREE SPACE/OFFICE イベントスペース・フリースペース・事務所
最上階の5階のイベントスペースは半日/1日単位で貸し出し可。イベントや貸し会議室として使うことができる。予定の入っていないときにはWi-Fi完備の誰でも入れるフリースペースとして開放。電車待ちがてら入ってくる人も多い。事務所スペースには、アメリカヤのロゴなどのデザインを手がけたデザイン事務所『BEEK DESIGN』が。
4F OFFICE 事務所
かつて宿泊用の部屋があった4階にはイロハクラフトの事務所が。「バルコニーテラスのある事務所に憧れていた」という千葉さんが一目惚れした広いバルコニーは、植栽と照明で彩られ、打ち合わせ用のテーブルも置いてある。「シンガポール風の建物にしたかった」という前・オーナーの意向が、特に強く感じられる雰囲気のフロアだ。
3F TENANT SPACE “AMERICAYA FOLKS” テナントスペース『AMERICAYA FOLKS』
3階は5つのブースがあるテナントスペースになっている。現在入っているのは本屋、レコードショップ、NPO法人によるギャラリーなど。「FOLKS」=人々という名前には、思いを形にする人がそれぞれの営みを通し、また新しい人を呼び込んでほしいという思いを込めた。建築の資材をゆっくり吟味できるイロハクラフトのサンプルルームもある。
2F DIY STORE “AMERICAYA” DIY専門店『AMERICAYA』
イロハクラフト直営のDIY・セルフリノベーション専門店。木材、金物、照明、塗料、工具などホームセンターでは見つけられないセンスのアイテムが揃う。情報発信にも力を入れ、レクチャールームでは予約なしで参加できるワークショップも開催。「山梨県は空き家率ワースト1位ですが、DIYで住み継ぎたいという方も少なくない。その声に応えたい」という。
1F FOOD&CAFÉ “BONSEEK” 食事と喫茶『ボンシイク』
路上に面した1階のカフェ。古道具や大事に使い込まれた家具を愛する店主が「クイシンボ」のお腹を満たしてくれる、食べ応え満点のメニューを用意。フラッと入ってコーヒーを飲みつつ、街の風景を眺めるのもおすすめの過ごし方。
PARKING 駐車場
「アメリカヤスクエア」と名づけ、交流の場のひとつとしている駐車場では、不定期にナイトマーケット「にらさき夜市」を開催。ミュージシャンやアスリートのショーや屋台での飲食を楽しめる。今後もイベントを増やしたいそう。