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特集 | ローカルヒーロー、ローカルヒロインU30

誰かと本の話ができる 『Book Swap Chofu 川の図書館』。

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東京都調布市を流れる多摩川の河川敷で、日曜の午前中に開館する小さな私設図書館『Book Swap Chofu 川の図書館』。本の自由なやり取りを通して地域の人たちが憩い、つながっています。

目次

13歳の熊谷さんが、 私設図書館をオープン!

熊谷沙羅さんが、本の持ち帰り、交換が自由にできる『Book Swap Chofu 川の図書館』を始めたのは2020年の春、13歳のとき。きっかけは新型コロナウイルスの感染拡大だ。「緊急事態宣言が出され、生活に困る人が増えてきたとき、『私たちにできることは?』と家族で話し合いました。私は本が好きで図書館に通っていたのですが、『いつも絵本を読んでいたあの親子はどうしているだろう?』『新聞を読んでいたお年寄りは?』と考えると居ても立ってもいられなくなりました」。
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東京都調布市・多摩川の河川敷の大きなケヤキの木の下で、日曜の朝10時に開館。「立ち寄ってみて!」と熊谷さん。
そのとき思い出したのが、アメリカ旅行中に見た「リトル・フリー・ライブラリー」という、緑豊かな公園に本箱を設置し、誰でも自由に持ち帰れるというユニークな取り組みだった。「あれをやろう!」と思い立った熊谷さんは企画書をつくり、調布市の「緑と公園課」に自信満々で持ち込んだ。しかし、「難しい」との回答が。落胆するも、「公園がだめでも多摩川がある」と思い直し、近所の家々を訪ね、不要な本の寄付をお願いして70冊を集めた。次の日曜、弟の大輔さんとその70冊の本をカートで運び、多摩川の土手に枝を広げる大きなケヤキの木の下に並べ、『Book Swap Chofu 川の図書館』をオープンした。
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上/心地よい日差しと風を浴びながら、多摩川の河川敷に開館。小説、絵本、実用書など1000冊ほどが並ぶ。中段右/晴れると富士山も眺められる。右下/木の下に到着したら、熊谷さんと大輔さんがアウトドア用品を活用した即席の本棚をつくる。中段左/その上に文庫本を詰めたワインの木箱を載せて出来上がり。左下/河川敷の土手に上る石段に積もった落ち葉や枝を掃除するアントニオさんと大輔さん。

女性のひと言を支えに、 続けてこられた図書館。

オープンして2年半ほどが経ったある日曜、河川敷で本を運ぶ16歳になった熊谷さんの姿があった。家族や友人に手伝ってもらいながら、木箱やコンテナボックスに詰めた本を手際よく並べた。
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開館して間もなく、大勢の来館者で賑わう図書館。「この本、おもしろいですよ」と来館者同士で会話が始まったり、常連さんが応援に来たり。
開館の朝10時になると、熊谷さんが「来館者」と呼ぶ人たちが現れ始める。常連さんから散歩中の一見さんまでさまざまな来館者が訪れ、熊谷さんに声をかけたり、本を手に取ったり。『国会図書館』に勤める田村美香さんは、「無料なら読んでみようと、興味を広げるために利用される方は多いはず。応援したい活動です」と話す。近くに住む松原弥里さんは、「開放的な雰囲気なので、いつもは読まない本も読もうかなという気持ちになります」と小説を手に取った。
今でこそ賑わっているが、オープン当初は来館者がいない日が続いたそうだ。「コロナ禍で本との接触が嫌われたのか、私たちが子どもだからか、足を止める人はゼロ。そんなとき図書館のツイッターを見た女性が自転車に本を50冊ほど積んで持ってきてくれたのです。『コロナだからこそ支え合っていこうね』と。本当にうれしかった。その後も来館者が少ない日が続きましたが、女性の言葉を心の支えに、続けられました」と熊谷さんはうれしそうに振り返った
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右/本受け取ります!」のチラシ。右上/趣味の自転車を降りて熊谷さんに話しかけるジャファリ・モーセンさん。「本を通して世界を知ろうね!」。右下/図書館の看板を描いたイラストレーターの藤居正彦さん。中央左/熊谷さんの思いに共感し、個人的に活動を手伝っている市議会議員の橘正俊さん。左「熊谷さんは思い立ったらすぐに行動するところが魅力。見習わなければ」と公共図書館の運営を仕事にする平本雅則さん。図書館活動を後押ししている。

私が一歩踏み出すことで、 誰かが幸せを感じるなら。

熊谷さんは小さかった頃、寝る前に1冊、母親のスサナさんから外国の本を読み聞かせしてもらって育った。本が大好きになり、小学6年生までは放課後も休日も図書館に入り浸り、まるで自分の家のようにテーブルに本を積み上げて読みふけっていたそうだ。中学になると一度に何冊も並行して読むほど本に夢中になった。
もう一つ、熊谷さんが好きなのが、人とおしゃべりをすること。来館者との対応で心がけていることを尋ねると、「しゃべりすぎないようにしています」と言うほどの話し好きだ。大輔さんも、「僕は人見知りで、初対面の人と話すことが苦手でしたが、沙羅が来館者と話しているのを見ているうちに、初対面の人とも楽しく話せるようになりました」と話す。熊谷さんは、「コロナの始めの頃、お年寄りの方がお孫さんと会えなくなり、正月も一人で過ごされていました。寂しさを紛らわせるために、ここでおしゃべりをしたり、温かいお茶を飲んだり。そんなふうに、ここが皆さんの心の一部になれたらと思って、おしゃべりしています」と笑顔で話した。
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った本を子どもからのリクエストでその場で読み聞かせする父親。自然に包まれながら、和やかな雰囲気。
熊谷さんは音楽も好きだ。「冬は寒いので、みんなで歌ったり、合唱したり」と。アコーディオンを弾いたり、ハープや大正琴を持ってきて演奏を聴かせてくれたりする人もいるそうだ。「私は好きなギターを持ってきて弾いたりすることも。音楽だけでなく、ママさんサークルの方々が子どもたちを相手に紙芝居をしたり、折り紙が得意な方が子どもたちに教えたり。自分が好きなことや共有したいことを自由に表現する場にもなっていて、楽しいです」。
こうした場を、自分でもやってみたいという人が熊谷さんに相談を持ちかけ、各地で『Book Swap』
がオープンしている。「練馬区の大泉町や千葉県の柏市・柏の葉地区など、青森県から福岡県まで分館が10か所にあります。ツイッターのアカウントさえつくってくれたら自由に運営してもらってかまいません。やってみたい人はぜひ連絡をください」と熊谷さんは呼びかける。「やりたいことは13歳にでもできるし、逆に年を取っているからとあきらめる必要もないはず。何歳だろうとやりたいことはできるということも、図書館を通して伝えつつ、活動がもっと広がっていくことを望んでいます」
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右上/こんなふうに、毎回何人かの来館者が本を紙袋に入れて寄付してくれるそう。右下/熊谷さん家族は英語を話せるので洋書も並んでいる。左上/本には「@BookSwapChofu」のスタンプを押す。左下/この日はハロウィーン。かわいらしく仮装した女の子も来館。
そんな熊谷さんに対して父親のアントニオさんは、「沙羅だけでなく、手伝っている私たちも地域の方とつながる機会を得ています。そこに喜びや楽しさを感じています」と応援する。スサナさんは、「続けていることが沙羅の強さ」と2年半続けてきたことを褒めた。熊谷さんは、「雨が降ったり、用事があったりする日は休みますが、猛暑の夏も、酷寒の冬も、頑張って開館しています。正直、休みたいと思う日もたまにはあります。でも、私が一歩踏み出すことで幸せを感じてくれる人がきっといると信じて、『よし、行くぞ!』と家を出ています」と強い口調で話し、「頑張った日のご褒美ランチは格別ですから」と笑顔で付け加えた。
今後、図書館がどんな場になってほしいか尋ねると、「しばらくは現状のまま続けていきたいです」と前置きした後、「図書館は私と家族だけでつくった場ではなく、来館者の皆さんが時間をかけて少しずつつくり上げてくれた場。その魅力を守っていきながら、将来的には『リトル・フリー・ライブラリー』に近づける形で、常設的に本が置いてあり、手伝ってくれる方が鍵を開けて開館し、運営してくれるような図書館になればとも考えています。公共の場なので難しい面もあると思いますが、頑張りたいです」と、これからの展望を語るうちに午前12時に近づいた。そろそろ閉館の時間だ。
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上/午前12時になったので閉館。木の下に並べていた本をみんなで運んで撤去する。中段右/本は重いのでカートに載せて駐車場まで運ぶ。中段左/熊谷さんの家の近所に住む友人が出してくれる車に本を積み込む。下/隙間なくぴったりと収納された本や道具。「こんな感じです」と大輔さん。自宅には5000冊以上の本があり、前日にその中から選んだ本を図書館に並べているそう。

『Book Swap Chofu 川の図書館』・熊谷沙羅さんが今、気になるコンテンツ。

Radio Skyrocket Company|TOKYO FM

小学6年生のときに祖母にラジオを貰って以来、ずっと聴いている『TOKYO FM』の番組です。新型コロナが蔓延し始めた頃、悪いニュースばかりが流れるなか、明るい気分にしてくれました。

Radio ONE MORNING|TOKYO FM

『TOKYO FM』の朝の情報バラエティ番組。知っておきたいニュースや元気になる音楽が聴けます。私ぐらいの年齢だとラジオを聴く人は少ないので、番組のおもしろさを共有できないのが寂しいです(苦笑)。

Radio 村上RADIO|TOKYO FM

村上春樹の本に出てくるラジオやボサノヴァが好みだったという理由で聴き始めました。気分がほっこりする不思議な番組です。生放送の時間が遅いので、ニコニコ動画のオンデマンドで聴いています。
photographs by Yusuke Abe text by Kentaro Matsui

記事は雑誌ソトコト2023年1月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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