鹿児島県の奄美群島の一つである徳之島。島の東部、徳之島町の地域おこし協力隊隊員として活動するのが福本慶太さんだ。2021年には自治体としての仕事のかたわらで、島と来島者の“ご縁結び”をモットーにした「観光アクティビティ」を提供する『結や』も設立。20代前半から島を盛り上げようと活動を続ける福本さんに迫ります。
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大学卒業後、故郷へUターン。 原点は「島が好きだから」。
「ようこそお越しくださいました!」。徳之島空港で出迎えてくれた福本慶太さん。柔和な笑顔とは相反して、見るからにがっしりとした体つき。小・中学校時代、柔道では奄美群島内に敵なし。高校は「柔道を極めるため」に、福岡県にある強豪校へ進んだ。が、腰の大怪我もあり柔道の道を断念することになった福本さんは心機一転、勉学に励み、2014年に鹿児島大学へ進学。現在の島での活動につながる転機は、この大学時代に起きた。「起業家の集まるイベントに大学生ながら参加しました。そこで『何やっていいかわかんないけど、今のままじゃダメな気がしているんです』と発言したら、『これから『徳之島男』と名乗って、みんなからおもしろがられて、いろいろな人とつながってみては?』と助言をいただき、家に帰ってから早速Facebookページを立ち上げました。さすがに『徳之島男』は大それた名前だったので、『トクノシマン』にしましたが……」。
以降、福本さんは学生時代から地元・徳之島と関わる活動を続けてきた。2016年には徳之島の地域活性化を目的とした学生団体を立ち上げ、大手企業と連携し、有志らとともに毎月鹿児島本土から島に渡り、島の経済や未来を模索する「対話会」を企画・実施したり、活動を通じて、福本さんは思うようになる。「島に帰って、島のためになるような仕事に取り組んでいきたい」。
大学卒業後、福本さんは徳之島町の地域おこし協力隊の一員に。着任後は観光や情報発信分野での活動などを主に担当してきた。島内にあるウェブサイトや紙媒体での取材や執筆、島外メディアのための取材コーディネート、大学生が島で学ぶ際のプログラム開発をはじめ、多岐にわたる。
そんな福本さんが今、力を入れようと模索しているのが、「観光」ではなく、「感じる幸せ」と書く「感幸」だ。
右上・下/集落内にあるジビエカフェ『とうぐら』は『一般社団法人金見あまちゃんクラブ』が運営。ジビエを使った各種メニューが好評だ。左上/金見集落の風景。左下/ソテツは島の歴史を伝える植物。食料難の時代には実や幹を食べていたという。
「地域おこし協力隊隊員として活動するまでの間、『徳之島観光連盟』で仕事をしていたことや、ちょうど島が奄美大島や沖縄本島北部などとともに世界自然遺産になるというタイミングだったこともありました(2021年7月26日登録)。世界自然遺産は、旅行会社や宿泊施設など、経済波及効果は超限定的である一方で、入山できるエリアが規制されるなど、島のみんなに関係していることが多いにもかかわらず、島側のメリットを見出せませんでした。うちの父親も山が大好きだったけど、好きな場所にも入れなくなってしまった。でも、そもそも島が世界自然遺産に選ばれた根底には、自然と共存した島の暮らしが評価された側面も大きい。そう考えたら、『おかしくない?』がスタート。責任を持って観光を生業にして、興味のある島の誰もが関わることができて、観光客と島人の双方が幸せを感じることができる『感幸』をつくりたいんです」
島の暮らしの「幸せ」を伝える パイプ役になる。
「朝日が昇ってくるところを静かな浜で眺めたり、日中に島のおじいちゃんやおばちゃんとお話ししたり、夕方になったら集落の人たちが自分たちで獲った魚を持ってきてくれたり。夜の星空だったり、天然記念物のアマミノクロウサギの愛らしさだったり。僕らの島は観光地化していないから、一瞬で幸せのピークには達しないけど、”じわじわくる幸せ“があります。僕は、それこそが徳之島のいいところだと思っています。自然由来のものだけでもないし、島の環境や文化だけでもないし、暮らしを含めたすべてがミックスされて、高い水準の幸せを維持し続けられていると感じています。でも、それを島に訪れた人たちに感じてもらうにはある程度時間をとっていただくことと、そこにアクセスしてもらうためのパイプ役が必要なんじゃないかなって。自分がそういう存在になれたら」
右上/『結や』のツアーで訪れることもあるという、徳之島町を一望できる福本さんとっておきの場所。左上/「E-bike」に試乗させていただいたが、坂道でも楽々だった。下側/地域おこし協力隊、そして『結や』の活動拠点は旧下久志分校。敷地内にあった、かつての保育所を特別に使わせていただいているという。
福本さんは2021年7月に『結や』という組織を起こした。“ご縁結び” “島の人に会いに行く”をテーマに、島ですでにアクティビティを提供している人や団体への送客などを行っている。また、島ならではの体験メニューを、集落の人たちが主役となって考え出すお手伝いもする。自身がサポート役に徹するのは、福本さんの哲学からだ。「情報としての歴史や文化を学ぶだけでは、島の本当のよさは伝わらないと思っています。匂いだったり、肌触りだったり、個人的な思い出だったり、そこに根付いている”人の記憶“みたいなものを土地の人と一緒に感じることこそが大事だと思うんです」。
地域側が主体性を持ちながら、 未来のあるべき姿を模索したい。
徳之島町北部にある金見集落で、集落歩きなどのエコツアーを提供する『一般社団法人金見あまちゃんクラブ』の代表理事・元田浩三さんに話を聞いた。「ここには、昔は200人くらい住んでいたけど、今は70名もいないんですね。子どもの笑い声が聞こえる集落になってほしいなあっていう願いもあって、このクラブを立ち上げました。ツアーで人に来てもらって、気にいったら住んでもらえるかもしれないですしね」。『結や』では、金見集落のエコツアーに送客を始めている。『結や』の拠点のある下久志集落から「E-bike(電動アシスト自転車)」で移動し、あとは元田さんら、地元の人にお任せをする。地域で苦労することが多い集客の部分を請け負いつつ、移動の部分を「E-bike」というアクティビティに仕立てる工夫がおもしろいと感じる。
また、徳之島といえば闘牛が有名だが、福本さんは牛同士が闘う「大会以外」に着目。理解ある牛主(牛の飼い主)の協力のもと、「闘牛のいる普段の日常」を観光コンテンツとして磨き上げた。「島の人が熱狂する闘牛ですが、なぜ熱狂するのか、その理由を知らなかったら、初めて見た人は理解できないんじゃないかなって思うんです。毎朝5時には起きて、自分の食事よりも牛の餌やりを優先したり、夕方には散歩を一緒にしたり、手間と愛情があることを知ってほしかった。365分の1じゃなくて、365分の364の、日常に闘牛のすばらしさはあると思っています」。
右上/『結や』の「闘牛文化を感じる『E-bike』ツアー」の様子。この日は島内で闘牛が盛んな地域の一つである徳之島町花徳集落で行われた。理解ある牛主の協力で体験メニューとして提供できることになった。右下/体験では牛への餌やりも。この日の参加者も「かわいい〜!」と満足げ。左/牛はブラッシングされるのが大好き。牛主は毎日2時間ほど時間を割くという。
事業のビジョン、そして目指す島の将来について福本さんに聞いてみた。「自分の事業的には、旅行業に関わる部分をもっと深めていきたい。地域がこれからどうなっていくかについては……当たり前ですが主役は地域、集落であり、そこに暮らす人たちとどれだけ対話を重ねられるかにかかっていると思っています。例えば、『今のままの島がいいよね』と島の人が言ったとしても、人口はどんどん減っていく流れの中で、”今のまま“ではいられなくなってしまいます。今のままがいいんだけど、変わらないためにどこを変えるか、みたいな議論を、集落側に主体性があって決められる機会をつくっていきたいですね」。
『結や』の開始と同時に、福本さんは”あの“肩書を再び(かつ積極的に)使い始めた。冒頭で記した「トクノシマン」だ。島に帰ってきてからは、あまり表には出さなかったというが……。「大きな名前であることは承知しつつ、島の将来を背負う一人としての覚悟を決めました。別の島の先輩からの受け売りですが、批判されることもあるかもしれないですけど、批判されなくなるまでやってみようって」。
地域おこし協力隊隊員としての任期は2023年3月。「島と生きる」という決意を胸に、福本さんの新たな挑戦が始まる。
徳之島町地域おこし協力隊・福本慶太さんが今、気になるメディア。
Facebook:ヤマシタケンタさんのページ
鹿児島県の離島・甑島列島を拠点に活動されている、山下賢太さんのFacebook。超リスペクトしているんですけど、そこまで歳が離れていないので、焦りも感じたり。山下さんの島を想う言葉にいつも共感します。https://www.facebook.com/kenta.yamashita.12
Video Content:WEEKLY OCHIAI
オンラインメディア『NewsPicks』内のコンテンツで、研究者であり、メディアアーティストの落合陽一さんがナビゲーターを務めるライブドキュメンタリー番組。動画を流し見するのが好きで、よく見ています。https://newspicks.com/movie-series/28
Book:現代語訳 論語と算盤 渋沢栄一著、守屋 淳訳、筑摩書房刊
日本経済の父ともいうべき渋沢栄一が、経営哲学を、現代語訳でわかりやすく示した本。お金を稼ぐことと道徳という、一見矛盾したようにも思える2つの視点を、調和させて考える商売のあり方について教えてくれました。
photographs & text by Yuki Inui
記事は雑誌ソトコト2023年1月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。