物や情報が簡単に手に入りやすくなった今、便利になっているはずなのに心が満たされず、どこか物足りなさを感じている人が多いように感じます。モノ消費からコト消費へと変わって行く中で、どんな体験をするかによって人生の豊かさや経験値が大きく変わっていくのではないでしょうか。今回は、福島県喜多方市で、広がりゆく耕作放棄地を畑に蘇らせ、自然に根ざした農業を目指している、農業生産法人株式会社エガワコントラクター代表取締役 江川正道さんとの対談記事をお届けします。
自然と共に育ってきた経験が農家になる決意を固めてくれた
中屋 江川さんとの出会いは今から4年前の2016年。当時、「荒れ果てた土地を整備して畑にしていきたい」と話していたのが印象に残っています。
江川 中屋さんと出会った頃は農業に参入して、耕作放棄地(※以前耕作していた土地で、過去1年以上作物を栽培せず、数年の間に再び耕作する意思のない土地)を再開拓していたときでした。「こんなことができたら良いな」と言葉にしていたことが、少しずつ形になってきてすごく嬉しいです。
中屋 実際に言葉で相手に伝えて、行動し続けたから実現できたと感じています。江川さんはなぜ農業に興味を持ったのか改めてお伺いしたいです。
江川 最初から農業をやっていたわけではなくて。もともと父親が建設会社を経営していて、荒れ果てた土地を畑にする事業を行っていたんですね。大学を卒業したあとは、他の会社でも働いていましたが、家業を継ごうと思って家に戻ってくると、父親が農業の会社も立ち上げていて。最初はどちらの仕事も手伝っていたんですが、父親から「農業こそ若い力が必要になる産業。これからどんどん魅力に溢れていくから盛り上げていってほしい」と言われたのが、農業を始めるきっかけでしたね。
自然が身近にある福島県の喜多方市に生まれ育ったので、農業に対してマイナスのイメージを持つ理由がなかったし、自分にもできると思い農家としての道を歩み始めました。
耕作放棄地を蘇らせて地域を守っていきたい
中屋 農業従事者の高齢化や、最近は流れが一部変わってきていますが、若者の農業離れの影響もあって、耕作放棄地と呼ばれる場所が増えていきましたよね。江川さんはどうして耕作放棄地を畑に蘇らせようと思ったのですか?
江川 誰かがやらないといけない状況に置かれたからです。会社として耕作放棄地を耕していきたいという想いがありました。
喜多方市の農業を全体で見たときに、自分たちの強みは大きな機械を使って人間と動物の緩衝地帯を作りながら農業をできることだと思ったんです。それをできる力や経験値が会社にあったので、耕作放棄地を蘇らせようと思いました。
中屋 江川さんの畑に訪れたとき、人と動物、自然が共生していたことがとても印象に残っています。実際に江川さんの畑に訪れた人はどのようなことを感じられていますか?
江川 畑に来てくれた人は、「空気が美味しい、マイナスイオンを感じる」と言ってくれます。畑で寝るとわかりますが、ベッドが要らないくらいフカフカしていますし、日陰に行けば涼しい。より人間味がある場所なので、都会から来た人たちの表情が柔らかくなって、笑みがこぼれる姿を見ることができます。
不便であるからこそ感じられる温もりがある
中屋 豊かな自然に囲まれた生活をしたい人は多いと思います。都会と違って少し不便ではあるけれど、日常の中で自然を感じることができる良さがありますよね。
江川 農業や人とのつながりでは、あえて不便さを大切にしたいと思っています。便利になればなるほど、自然が持っている良さに気づきにくくなってしまう。スマホやSNSの普及によって、世界中どこにいても連絡が取れるようになりました。一方で、手紙のやりとりや直接顔を合わせて話したときに感じ取ることのできる人の温もりや表情は、オンライン上では伝わりづらいですよね。
たとえば木漏れ日は日が差さないと暗くて見えにくいですが、ライトを付けてしまうと木漏れ日が本来持っている自然の良さを感じることができない。不便さこそ人間や自然との距離を縮めてくれることもあると思っているので、農業をするときも意識しています。
中屋 最近ではコロナウイルスが考え方や行動を変える一つのきっかけになりましたが、不便さをポジティブに捉えるということですね。
江川 そうですね。時代が急激に進んできていますが、たとえば何かの理由で電子機器が使えなくなったときは、電子機器が無かった頃の生活に戻らないといけない。でも以前の生活に戻れない人はいっぱいいて。職を失ったり、周りの人と連絡が取れなくなったりしても、野菜を育てられる土と種さえあれば最低限の生活ができるので、そういった人間力は持っていたほうが良いなと思います。
あと、本当の自然を知っているのと知らないのとでは、人生観も変わってくると思っていて。自然の中では予期せぬことが頻繁に起こりますよね。人が越えてはいけない境界線に足を踏み入れると動物たちに攻撃されます。けれど、都会にはそういった越えてはいけない線はほとんどなくて、それは人間関係にもつながると思うんです。自然の中にいると、「これ以上言ったらだめだ」「これ以上近付いたらだめだ」というような距離感を自然に学んで育っていけるので。
農作物の想いを汲み取りながら農作業に勤しむ
中屋 本当に自然に触れることで得られることは多いですよね。続いて江川さんが作っている作物についての話に移っていきたいと思います。江川さんはアスパラガスを中心に作物を作っていると思いますが、アスパラガスを作ろうと思った理由についてお伺いしたいです。
江川 農業にチャレンジしていく中で、いろんな作物を作ってみました。自分のライフスタイルや性格にどの野菜が合うかもわからず、手探りで進めた結果、地域の名産品であるアスパラガスを作ろうと思いました。どんな料理にも使えるし、人間みたいな成長過程を辿るのが面白くて。アスパラガスを作ることでいいお客さんと出会えましたし、農業者としても人としても成長できているのですごく幸せだなと感じています。
中屋 アスパラガスは筋が残りやすいですが、江川さんの作ったものは筋がなくて。柔らかいだけではなく、風味の豊かさや優しさがある印象を受けましたね。人とのつながりや、食べてもらう人のことを考えている江川さんだからこそ、こんなに美味しいアスパラガスを作れるのだと感じました。
江川 そう言ってもらえるのはありがたいですね。実は肥料や栽培方法のこだわりはあまりないんです。
水が欲しそうだなと思ったら水をあげるなど、やっていることはシンプルで。自分の想いがどれだけアスパラガスに通じているのかはわからないけれど、そんな想いを持って接することで他の人が作っているアスパラガスとはまったく別のものになります。このように、感覚的に育てていることが多いので、それに対して「美味しい」と言ってもらえるのは、僕の感覚が良いと褒めてもらえているような気がして、仕事をするモチベーションにもつながります。
中屋 実際に圃場(ほじょう※農産物を育てる場所のこと)に足を運んだときにも感じましたが、江川さんは自身の作物と深く向き合っている印象を受けました。
江川 まるで子どもを育てるように愛情を与えているというか。「このアスパラガスを持って行ったら喜んでくれるだろうな」とお客さんの顔が浮かぶので、一つひとつの作物に対して真摯に向き合っています。ただ、自然災害に遭った場合は子どもとしてではなく、仲間のような感じで見守ることが多いです。「ここから立ち直ってくれるだろう」「そんなに弱くないだろう」みたいな感じで。そうやって見守っていると、生命力を発揮して成長してくれます。
中屋 まるで人間の教育みたいですね(笑)。
江川 作物自体はすごく強いので、生産者の接し方や育て方次第でぐんぐん成長してくれます。その反面、自分が手を抜いたときや、面倒だと思いながら接したときは成長が止まってしまうんです。
中屋 農業者の方の人柄や向き合い方が作物に出るという感覚が不思議ですね。僕は江川さんの考え方や人柄を知っているからこそ、より美味しいと感じるのかもしれませんが。
江川 生産者を知るというのは、味や食べるときの心持ちに影響を与えると思います。同じ味のものでも、生産者の想いを知っているとより美味しく感じますよね。
一つの事業に固執せず、バランスを取りながら事業を回していく
中屋 今はアスパラガス作りが主軸かと思いますが、他にどのような事業を行っているのかお伺いしたいです。
江川 会社の事業としては農業生産、農作業受託、商品開発と販売の3つの事業を行っています。基本のコンセプトは一緒ですが、収益が上がるタイミングをわざとずらしているんです。たとえば農業生産は野菜を季節ごとに作る部門で、収益のタイミングが3か月に1度。その間の売り上げを作っているのは農作業受託で、種をまいたり草刈りをしたり、畑の整備をしています。基本的にこの作業は種をまく前に行うので、ちょうど種まきが終わった頃、お金が入ってくるタイミングになるわけです。こうやって上手くバランスを取ることで、他の事業が回らなかったときの保険にする仕組みが作れます。
たとえば自然災害の被害に遭ったときは、畑を綺麗にする作業が必要ですよね。そういうときは、会社の得意分野である圃場整備が活かせるんです。どちらかが悪くてもどちらかが良くなる。それに伴い平常時も仕事ができるようにキープしているので、事業を分ける仕組みを作っておいて良かったなと思っています。
中屋 すごく共感できます。何かが起こる前に、最悪の事態を想定して動くということですよね。どういった災害が起こるかは誰も予測できませんが、災害が起こってしまった際に早く復興できるようにするため、これからの農業はどういう形で進化していくべきだと思いますか?
江川 2種類あると思うんですね。これから気を付けないといけないことは、自然災害に対してどういうリスクを取っていくか。もう一つはコロナウイルスのように、畑自体は正常だけど販路が機能せず、商品が売れない場合にどうするか。自然災害に対しては対応がすごく難しいと思っています。
一方で、販路が機能せず商品が売れなかったときは、販路を複数個もっておくことで対応できます。今年は飲食店さんへの卸がほぼ壊滅的でしたが、個人のお客様への直販にとても助けていただきました。販路が一つという農家さんは多いので、コミュニティを作っておくことで対策を練ることができると思います。
中屋 緊急事態に陥ってしまったときには瞬間的に判断する力が必要ですよね。東日本大震災があったからこそ、福島の農家さんは周りの人との絆も強いと思っています。
江川 福島の農家や産業は強いですよ。震災をきっかけに、周りのメンバーと支え合いながら一緒に壁を乗り越えてきたのは大きいと思います。自分も誰かにとって頼られたり力になれたりする存在であれたらいいなと思いますし、そこに少しでも近づけるように日々農作業やコミュニケーションを含めて、精進していきたいと思っています。
中屋 震災のときもそうですが、「自分は何とか生活できるから、助けを求めている人のために行動しよう」という想いがあるわけじゃないですか。普段は別々で活動している農家さんも、いざというときにつながって動く。災害やコロナウイルスもそうですが、難しい課題に直面したときでも、前を向けるかどうかがポイントになっていくと思うんですよね。
江川 自然災害はみんながまとまるきっかけになりますね。大きな課題にぶつかったときにどうやってその壁を乗り越えていくか。その壁を乗り越えることで、結束力も生まれるし、次に新しい課題がやってきたとしても対応できる力が付くと思います。
体験には何があった?
新規就農者として農業の道へ進んでいった江川さんは、耕作放棄地を畑に蘇らせる農作業受託、農業生産、商品開発/販売、3つの事業を並行して行っていきます。
便利な時代だからこそ不便さを大切にし、人や自然と寄り添いながら接していこうとする江川さんの温かさは周りの人にも伝わっていくのだと思います。
作物のことや購入してくれたお客さんのことを考えながら行動ができる江川さんだからこそ、作物やお客さんにも想いが伝わり、その結果美味しい野菜が作れるのではないでしょうか。
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喜多方アスパラガス
文・木村紗奈江
【体験を開発する会社】
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