音からデザインを考える。
デザインにはさまざまな分野が存在する。その中でもプロダクトデザインは家電製品や日用品など、モノを中心としたデザインを扱っている。プロダクトデザイナーの山崎タクマさんは2015年からカメラなどを製造する精密機器メーカーに所属。18年には個人の作品として、新しい文具の在り方を発表した。「製作したのは、書き記すことなど視覚情報を残すことを目的としない、音を楽しむための文具です。この『音色鉛筆で描く世界』という作品は、早朝、静かな部屋でデザインを考えているとき、鉛筆と紙の摩擦音って美しいなあと感じたことがきっかけで生まれました。この音を誰に届けるべきなのかを考える中で、文具は、目の見えない方にとって、敬遠されているのではないかという気づきがありました。目の見えない人とそうでない人の境界が取り払われるようなプロダクトがあったら素敵だと考え、この発想を形にすることを進めました」。
とはいえ、目が見えている山崎さんが、目の見えない人の気持ちを理解するには難しさがある。「同じような状況でテストをしても、ユーザーの感覚をすべて理解することはできません。ですので、福祉機器の展示会に行ってプロダクト調査をしたり、全盲の方々の集会に参加したり、当事者の方と直接コミュニケーションを取りながら理解を深めていきました。その中で特に仲が良くなった方と、ワークショップを行いながら試作を繰り返し、プロダクトの精度を高めていきました」。
アイデアの着想が「音」だったことから、「鉛筆を楽器のように楽しめるのでは」と考え、鉛筆に羽根のような樹脂製ホルダーを取り付けた。この羽根が鉛筆と紙の微小な摩擦音をスピーカーのように増幅させ、音が広がる。「文具を楽器として再定義することで、目の見える見えないにかかわらず、音を介したコミュニケーションを促す道具になりました」。
そしてこのプロダクトは、世界46か国、1289作品が集まった『コクヨデザインアワード2018』でグランプリを受賞し、現在、製品化が進んでいる。
モノの解決と向き合う。
ただ、問題解決はどんなに頑張っても、他者の立場になってデザインする上で精神的負荷が生じてしまう。どのように向き合うのだろうか。
「もちろん、初めからできた訳ではありません。美大の卒業制作『Bio-Vide』という作品は、自分を精神的に強くしました。これはプロダクトの生産過程で起こる“命の消費”について考えを深めたプロジェクトです。リサーチの中で、製品には多くの生き物が原材料に使われていることを知りました。例えば豚は食肉以外にも、口紅や石鹸、ソフトキャンディーなどに使用されています。また、父が家畜の獣医師だったこともあり、食肉に興味があったので、食肉加工の現場を見てまわりました。特に食肉処理場では、人間と生き物との真剣勝負の姿を感じました。そういう空気感や、生き物の姿形を残したプロダクトを構築できないか、考えを深めていきました」
デザインは人を幸せにする。
ただ、“命の消費”を形にするのは、かなりネガティブなことだ。「私も最初はそう思いましたが、『ネガティブなことを、ネガティブなまま発言することは誰にでもできるけど、山崎くんだったらそれをポジティブな方向に引っ張っていける』と、大学時代の恩師に言われたんです。痛みや苦しみなど、ネガティブな現象は事実として受け止める。けれども、それでヘタってしまえばデザインどころではありません。ネガティブな部分を知らせることも時には重要ですが、それを理解した上で、ポジティブな、明るい未来を提示していける人物になりたいと思います。だから私は、デザインにはポジティブなエネルギーの移動があることが前提だと思っています」。
では、ポジティブなエネルギーの移動とはどういうものなのだろうか。「デザインする側である私自身が幸せであることが大切だと思っています。例えば、自分がイライラしていたり、嫌な気持ちでつくったモノは、受け取った人に回りまわって良くない現象を運ぶと思っています。自分が作品に対して愛があるから、永く携わりたいと思いますし、そのためなら努力もできるので、磨きがかかるのだと思っています。そういう物に関わる人たちには豊かな考え方が伝わりやすいと感じています。考え方は言動や行動になり、人の心を豊かにします」。
これが彼の考え方の一つなのだろう。「そのためにも、常にクリーンな気を身のまわりに流していたいです。そして、プロダクトを受け取った人に、豊かな考え方が伝播して、波紋のように広がっていくのが理想です。そういうイメージのもとデザインをしてます」。
山崎さんは19年に「TAKUMA YAMAZAKI DESIGN」を設立。今後、フリーのプロダクトデザイナーとして、どのような考え方を発信し、ポジティブで、明るい未来を提示していくのだろうか。