WEBメディア『てまえ』を運営する上泰寿さん。鹿児島県出身の上さんは、軽自動車で全国を行脚しながら、取材活動を続けつつ、鹿児島県の産品を行商する日々。上さんの活動や地域との交流に“編集術”のヒントを探ります。
2020年9月にオープンしたWEBメディア『てまえ』。さまざまな人たちのインタビューを収録したサイトだが、登場する人の肩書、ジャンルがまずおもしろい。職人、スパイス研究家、NPO法人代表、ケアマネージャー、牧場経営者などなど、一見するだけでは、共通項は見出しにくい。そして内容も特徴的だ。対象者の成功ストーリー、というよりも、どういう来歴で現在に至ったか、また、いかに悩みを乗り越えてきたか(または挫折したか)、などが一人称の文体で書かれている。この個性的なメディアを運営するのが上泰寿さんだ。
人の“光と影”を見れるようになった。
鹿児島県日置市出身。鹿児島県内の大学を卒業後、鹿児島県内の市役所に10年勤務。2020年3月に退職し、同年6月より『てまえ』取材の旅へ。上さんに活動のきっかけを伺った。
「市役所で働いていたとき、終業後や休日に鹿児島県の各地で地域づくりをがんばっている人たちのお手伝いをボランティアでしていましたが、それも今考えると言われるがまま、手伝っていただけという感じでした。そして年齢も近い彼らの近くでやっていると、そのうちに劣等感が出てきて……。でも、そんな地域を動かしているキーマンのようなすごい人たちでも、個別に話したり飲んだりしていると、すごく共感できるようなエピソードを聞かせてくれました。学生時代は遊んでいたとか、最初は給料基準で会社を選んだとか。『なんだ、こんなすごい人たちにも僕と共通する部分もあったんだ!』ってわかったときに、楽になったというか、希望を持てたというか。自分も一歩踏み出せるんじゃないかと思ったのと同時に、僕のように、もやもやしているような、立ち止まっている人の背中を押せるような活動をしたいなって思うようになりました」
以降、上さんは自分なりの活動や表現を模索するようになる。他方、上さんには忘れられない言葉があった。市役所時代の公務員仲間からのひと言だ。「当時、自分は債権回収や生活保護家庭に関する業務を担当していました。すると同僚から『じゃあ“まちづくり系じゃない”仕事だね』って。何げない気持ちで発した言葉だとは思いますが、ものすごく違和感があった。なにを以ってまちづくりかわかんないけど、僕の中では世の中で起きているものごと全部含めてまちづくりだと思ってて、都合よく“光”のところだけしか見ていないような気がしたんです。それに、一人の人間の背中を押すことも、人づくりであり、まちづくり。生活に困った人が社会復帰して収入を得て、税収につながればまちづくりにつながる。悩みを抱えている人が立ち上がれば、なおさらそのまちは良くなるんじゃないか、楽しくなるんじゃないかって。市役所で仕事をしてきた中で、光も大事だけど影と呼ばれるところも見れるようになったことは大きい。あ、僕はこっちかな、って。人に寄り添いたかったんです」。
人生の中の“一歩手前”を表現することで、伝わるなにか。
市役所を辞めようと決めたのは2018年の10月。そこからなにをすればいいか。上さんは自身の過去を振り返った。「仕事でも、地域づくりのお手伝いでも、自分に共通していたのは人とひたすら話をしていたこと。福祉の現場や、生活に困っている人たちのところへひたすら通い、対面で話をすることが多かったんです。その内容をまとめて、関係各所に振っていた。ヒアリングをインタビューに、記録をまとめることをライティングに当てはめたら、もしかしたらメディアを運営できるのでは、と思ったのがきっかけです」。
前述のように、『てまえ』で表現されているのは成功ストーリーではない。悩みや葛藤、失敗の中での気づき……。「『てまえ』のネーミングの発想は、小倉ヒラクさんの『てまえみそのうた』から。自分も何者でもない”てまえ“だし、言い換えれば、すべての人がなにかの”てまえ“。人生の中での一歩を表現し、読んだ人が、なにか感じてくれるものがあればいいかなって」。
帰京後のビジョンも見えた。「個人に寄り添うカタチの編集」。
『てまえ』の旅は、一旦2021年の6月に終了するのだが、戻ってからのビジョンも徐々に見えてきたと上さん。「これも反響というか……。『祖父母の人生を聞いて家族史をつくってほしい』とか、『いろいろ活動しすぎて自分が何者かわからなくなってしまったので、とりあえず話を聞いてほしい』とか、記事を読んでくれた人から、そういう内容の連絡が多くなったんです。中には取り壊しが決まった建物や、長年連れ添ったペットについてまとめてほしいという依頼も。『てまえ』は身近な人が登場するので、親近感を持ってもらえた結果だと感じています。聞く、記憶を引き出す、整理する。その3つの観点でなにか仕事ができないか。発信しない前提の、個人に寄り添うカタチの編集をやりたいなって思うようになりました」。
『てまえ』の取材と行商で、「関係性の編集」を模索する。
上さんが『てまえ』の取材と同時に各地で行ってきたことがある。それが行商だ。「みんなの鹿児島案内」をテーマに、地元・鹿児島県の商品を販売してきた。「扱っている商品は、すべて鹿児島県のもの。信頼関係があって、かつ、その地域や背景とか、自分が話せるモノのみを扱っています」。上さんは行商を「お世話になった“鹿児島への恩返し”」と位置付けつつ、鹿児島県や各地域間の新たな関係性も模索している。「僕はそれを『関係性の編集』と勝手に呼んでいて。鹿児島県の人たちともですし、滞在先の方々との関係性を構築していくことも意識していて。コロナ禍ではありますが、自分で動くことで、ほんのちょっとだけど売り上げが上がったり、販路開拓につながったり、買ってくれた人が新しい食べ方を逆に教えてくれたり。行商を行った宿泊先のオーナーとさらに親しくなり、ショップカードを数百枚単位で託してくださり、それを別の地域の行商時に配布したら、それをきっかけに泊まりに行ってくれたり。いろいろつながっていきます。まだ答えは出ていませんが、この『関係性の編集』の中で、自分にしかできないことを探している感じです」。
成功だけではないストーリーを掬い上げ、多様性を認める『てまえ』と、オンライン化が進む中、あえて対面でモノを売り、伝える行商という2つの手段。上さんの活動を見て思うのは、なにか優しさや温かさといった“見えない価値”が、これからの世の中には大切なのかもしれないということ。上さんは、まだ名前の付いていない新たなことに取り組んでいる。