“好き”とのつき合い方は、自由でいい。たかつ まこと

“好き”とのつき合い方は、自由でいい。たかつ まこと

なにかに熱中した経験は誰にもあるだろう。でも、好きが過ぎて、ファンを増やしたいと映画を作ってしまった人がいる。そのパワーの源を知りたくて、たかつさんを訪ねました。

一杯との衝撃的な出合い。

 平日に朝から晩までオフィスで仕事しながらも、お茶が好き過ぎて、お茶ファンを増やしたくて、ドキュメンタリー映画を作った人がいる。たかつまことさんだ。彼は、映画『ごちそう茶事』の発起人でプロデュースと脚本も担当している。
 たかつさんの実家はお茶の卸小売店で、店先は遊び場。物心ついた時からお茶はいつもそばにあって、興味の対象にならないほど、その存在は当たり前だった。にもかかわらず、映画を作ってしまうほどお茶に心を奪われたきっかけは、今から約10年前、30歳の頃に訪れる。東京は表参道にある『茶茶の間』という日本茶カフェでの、『香駿』という品種との出合いだった。店を出てJR山手線の原宿駅まで歩く10分弱の間、口内と鼻腔に、お茶の甘さが残った。数え切れないほどお茶は飲んできたはずなのに……。この瞬間、たかつさんはお茶の虜になった。
 ペットボトルのお茶は、コンビニで何種類も常備されるほど身近な飲み物だ。しかし茶葉で淹れたお茶の味わいはペットボトルのそれとは異なる。茶葉にお湯をさす。それだけで摘みたて・蒸したての香りに包まれ、山の茶畑にいるような気持ちになるのだという。
 お茶のファンが少ないのは、知られていないだけ。体験してもらえれば伝わる。たかつさんは、一人でも多くの人に“グッとくるお茶体験”を味わってほしい一心で、日本茶インストラクターの資格を取得。さらには、同世代の仲間とパフォーマンスグループを結成し、お茶を振る舞うイベントを主催してきた。
 例えば、熱狂的に好きになったアーティストを周囲に紹介せずにはいられなかったり、パンが好き過ぎて自分で作るようになったり、何かに熱中した経験は誰しもあるだろう。しかし、いくら好きになったからといって、お茶のファンを増やすために映画を作るとなると、話は別だ。
 そもそも、映画とはそんな気軽に作れるものなのだろうか。

お茶ファンを増やすべく、自らお茶を振る舞い始めた頃の思い出の場所、日比谷公園。

“好き”が育んだ共感の輪。

「映画を作りたいと思ってから完成まで2年半もかかりました。いろいろありました……」と、たかつさんは振り返る。
 映画を作る直接のきっかけとなったのは、お茶を振る舞う活動の中で知り合った人から誘われ、映画館以外の場所で観賞するマイクロシアターで観た、ドキュメンタリー映画『A Film About Coffee』だった。コーヒーに関わるプロフェッショナルたちを追った映画の内容だけではなく、上映後に観賞者同士が語らう時間が心に火をつけた。映画の感想はもちろん、コーヒーにまつわる思い出や好きなコーヒーについてなど、さまざまなストーリーが交換された時間。残ったのは感動、そして嫉妬だった。「もしお茶でこんな映画が作れるとしたら、あの人に出てもらいたい。お茶の世界にも格好いい人はたくさんいるのになあ」。羨ましいのに悔しい気持ちが発端となって映画作りは走り始めた。
 とはいえ、映画作りは未経験なうえに映画の世界にツテはない。お茶仲間の中で映画関係者に最も知り合いがいそうな人を呼び出し、お茶と映画への熱い思いを語ることから始めた。そして、記念すべき1人目の仲間はその場で誕生。その後も、学生時代に映画を作っていた人たちのコミュニティに顔を出してみたり、知り合いを紹介してもらったりと縁をつないでいく中で、デザイナーやクリエイティブディレクターが仲間入りしていく。音楽は、映画音楽に携わるのが夢だという大学生に担当してもらうことになった。仲間作りの中でたかつさんが決めていたことは、直接会って話すこと。そして、その時かばんに忍ばせていたのは、茶葉と茶器。自分の言葉で語るだけでなく、お茶も淹れる。“グッとくるお茶体験”こそが心を動かしてくれるはずと信じるたかつさんだからこそ、だ。
“わらしべ長者”のごとく仲間は増えた。しかし製作チームが揃うだけでも映画はできない。380万円超となるクラウドファウンディングでの資金集めや出演者への交渉、鹿児島県や静岡県、東京都など全国18か所を縦断しての撮影。製作途中で撮影チームが解散することになり、再度人探しから始めたという途方に暮れそうなアクシデントもあった。それでも頓挫せず前進できたのはなぜだろうか。

東京都内にある日比谷公園では、新緑の季節に、昼と夜の変化を楽しむ時間を。

“好き”のへりまで行ってみる。

 たかつさんは言葉を選びながら、「好きだから。お茶が好きだから、続けられたんだと思います」と振り返った。
 実際、映画を観ると好きがあふれていることに気づかされる。「本当においしいお茶は裏切らない」「100年後、200年後に日本茶が残る文化をつくりたい」など、茶農家や品種改良を行う育種家、淹れ手である茶リスタに日本茶ソムリエなどのプロたちは、映画の中でお茶への思いを披露している。その自然な様子から、たかつさんのお茶を好きだという気持ちに呼応したのではと想像する。
 どの業界でも、関わりが深くなるほど、あの人を紹介するならこの人もとか、この商品だけを採り上げるのは都合が悪いとか、忖度が発生するものだが、この映画にはそれが一切ない。お茶に出合った頃の自分に語りかけるとしたら……という純粋な思いに叶うかどうかだけが判断基準だった。そのことを知れば、製作チームも登場人物も製作過程も、そのすべてに好きが貫き通されているこの映画から、好きがあふれるのは当然のことのように思える。

茶摘みの頃合いとされる八十八夜、2021年5月1日に公開されたドキュメンタリー映画『ごちそう茶事』。

 一方で、たかつさんに話を聞くほどに、湧き上がるひとつの疑問。
「これだけ好きで、映画まで作れる能力があるならば、好きを仕事にできそうなのに……」
 すると、たかつさんはこう答えた。「今は、映画ができたことで新たに生まれた、たくさんの人たちとの出会いを、楽しみ尽くしたい」。好きにとことん忠実に、行けるところまで。たかつさんの言葉を借りれば「”好き“のへりまで行ってみる」ということだろう。
 お茶を好きになったこと、仲間ができたこと、映画の完成――。全力で取り組んだ先にあった出会いが出会いを呼び、きっと予期しなかった立場で、たかつさんは今ここにいる。
 たかつさんとお茶の関係を知ったからこそ「好きを仕事にしないのか」と思う一方で、「好きを仕事にできたら幸せだ」とか「好きは趣味のままにしておいたほうが幸せだ」とかいうふうに、好きと仕事はこれまでずっと二元論で語られてきたことに気づかされる。
 映画まで作り、周囲から見ればもはやお茶関係者に見えてしまうたかつさんにとって、現在、お茶はどういう存在なのだろう。するとたかつさんは、そうなんですとばかりにうなずいて「お茶が好きという気持ちはずっと変わらないんですが、映画まで作ってしまった以上、趣味と言うのも違う気がしてきていて。趣味に代わる言葉ってないのかなと思っているところです」と笑顔を見せた。
「映画を作り始めた頃は、映画の完成をマラソンに例えると、ラスト一周、スタジアムのトラックに戻ってきた感じを想像していた」ものの、実際の感覚は折り返し地点くらい、だそうだ。先は長い。
 映画の公開はゴールではなく、 “グッとくるお茶体験”の入り口のひとつとなったまで。たかつさんはこれからも、お茶ファンづくりを続けていくのだろう。
 たかつさんとお茶の関係から気づかされるのは、好きを仕事か趣味かに当てはめるのは、窮屈だということ。好きとのつき合い方は、自由でいいということだ。

取材陣にお茶を振る舞うひと幕。この日のお茶セットは、茶葉と茶器、茶漉し、氷、そしてテーブルクロスだった。

たかつ・まこと●1981年、山口県生まれ。仕事の傍ら、お茶好きが高じて日本茶インストラクターの資格を取得。映画『ごちそう茶事』では発起人であり、プロデューサー・脚本家も務める。個人としての活動はもちろん、お茶仲間とともに、日本茶の新しい楽しみ方を考え表現するパフォーマンスグループ『オッサム・ティー・ラボ 』としての活動も盛ん。また『三煎目ラジオ』というラジオ番組のパーソナリティも務めるなど、お茶に関わる活動は多岐にわたる。

photographs by Mao Yamamoto   text by Maho Ise

記事は雑誌ソトコト2021年9月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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