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誰かの記憶を受けとって、見知らぬ誰かに渡していく役割。藤澤ゆき

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藤澤ゆきさんの活動を表すちょうどいい言葉はまだない。でも、確かなこともある。彼女が向き合うのは「古着」でも「箔プリント」でもなく、「記憶」だということ。

目次

リサイクルでもなく、アップサイクルでもなく。

顔料を調合し染色したインク。
顔料を調合し染色したインク。

あるがままのよさを、引き出す。

 ペンキを塗ったようにべたっと厚みのある、下地が透けるほど透明で薄い、キラキラときらめきが反射する……さまざまな箔がプリントされた、古着のニットやTシャツ、トートバッグたち。一般的には、「リメイク」というジャンルに入るのだろうか。しかし、古着選びにもそれらに箔を施す過程にも、リメイク=作り直すという言葉で簡単に片付けてはいけないような、存在感が漂う。

 この製作活動を8年前から行うのは、「YUKI FUJISAWA 」主宰の藤澤ゆきさん。東京を拠点に「Reborn vintage project‘NEW VINTAGE’」を展開する。その名のとおり、古着の衣類や小物にデザインを加えることにより、新たなヴィンテージへと生まれ変わらせる活動だ。

 ただし、「もう完成されていて、これ以上手を加えなくてもいいものもあって」という言葉からも、古着であれば何でも加工対象になるわけではないことがわかる。

 手を加えることでよりよくなるだろうと思える「未完成」の古着だけを選んでいるという事実に、ますます単なるリメイクではなさそうだという思いが強くなる。と同時に、藤澤さんの肩書とは何だろうという疑問も湧いてくる。すると、自分の活動を表す適切な言葉がまだ見つかっていないのだと話したうえで、こうつぶやいた。「金継ぎの考え方に近いのかな」。金継ぎとは、陶磁器のヒビや欠け部分を、漆によって接着しその接ぎ目に金粉を撒いて磨き、修復部分を装飾する、伝統的な修復技法だ。藤澤さんの場合は、シミやダメージがあるニットやTシャツに糊を引いた後、熱プレス機で箔を圧着。表面加工を施すことで生まれ変わらせる。

15種類もの箔を使い分ける。
15種類もの箔を使い分ける。

 「私のしていることって、相手のあるがままのよさを、引き出してあげる感じなんです」。「広げてみたり畳んでみたり。どうしたら君はもっとよくなるかねぇ」と問いかける。人と同じように、ものにも生まれ持った性質が必ずある。無理強いはせず、その個性を最大限発揮できるように、手を差し伸べているだけだという。

 でもどうして、新品ではなく古着でなければならないのだろうか。すると、特に思い入れがあるというアラン・ニットのことを話題にし、「一から編んだほうが早いって、いつも思います」と笑った。染め直すことで糸が細くなりお直しが必要になるうえ、カーディガンであれば、染める前にボタンを全部外さなければいけない。骨の折れる手仕事だ。

染められるのを待つ白いアラン・ニット。
染められるのを待つ白いアラン・ニット。

 「ニットはすべて、古さと質のよさを兼ね備えたヴィンテージで、もちろん個体差がある。ひとつとして同じものはないんです。でもそれがよくて。それぞれが持つ唯一のストーリーをおもしろいと思ってくれる人が必ずいるから」。日本でも人気が高い、アイルランドのアラン諸島が起源の、素朴なウールニット。漁業が盛んな街で着用されるだけあり、家ごとに違う模様が施され、遭難死した時の個人識別用に使われたという、言い伝えを持つ。これを知るだけでも一層、アラン・ニット1着から、生々しいストーリーが想像できる。

 すると藤澤さんは、ある人から伝えられたという言葉を教えてくれた。「ゆきちゃんのやっていることは、記憶になっている風合いというかテクスチュアを、古着を通して感じ取って、誰かに伝えることなのかもしれない」。

タグには元の衣類のスペックを表記。
タグには元の衣類のスペックを表記。

 扱うのはあくまでも、見ず知らずの誰かの記憶。知らない誰かの記憶に介在し、新たに生まれたものが、また知らない誰かの手に渡り、その人と時を過ごしていく中で変化していく。それを知ると、藤澤さんが介在する際に扱う素材が、なぜ箔なのかも腑に落ちる。箔は必ず経年変化が起きる素材。着て洗って畳んで、また洗って……暮らしの痕跡が、変化となって表れてくるからだ。

2種類の箔を重ねて粉雪を表現した。
2種類の箔を重ねて粉雪を表現した。

 「受け取る方によって、全然違うものになっていくのがいいなと思うんです」という言葉には、こうあってほしいという、作り手側の強い自我は見えない。それどころか、手放して楽しんでいるようにも見える。

 藤澤さんはきっと、受け取った人に、その先の変化を委ねている。そしてその人は、意識をせずとも、今日も新たな記憶を刻み続けていくのだろう。

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