INTERVIEW#2:奥 尚子さん
アジアの女性たちの力を生かす場を、ともにつくり上げる。
実体験こそが、すべての行動の原動力になる。
2016年、日本で暮らすアジア出身の女性たちと一緒に、兵庫県神戸市の元町商店街と南京町の間に『神戸アジアン食堂バル SALA』をオープンしました。今働いているのはタイ出身が2人、台湾とモルジブ出身者が1人ずつ。私が「お母さん」と呼ぶ彼女たちがつくる母国の料理を日替わりで提供しています。グリーンカレーやルーローハンなどのレギュラーメニューもあり、特にタイの鶏料理「カオマンガイ」は人気です。
お店を始めたきっかけは大学時代です。幼い頃から「何もないところから何かを生み出す」ことに興味があり、起業を学べる進学先を選びました。ただそこは、起業は起業でも社会課題を解決する「社会起業」を学ぶ学科。授業で学ぶ社会課題は、頭ではわかっても、私にとって身近ではなく、実感がありませんでした。「これは現場に行くしかない」と、ゴミ山として知られるフィリピンのスモーキーマウンテンへ。子どもたちが予想していたよりも楽しそうに働いていて、「現場に行かないと本当の課題はわからない」と実感しました。
その後に出会ったのが、結婚して日本で暮らすアジアの女性たちでした。彼女たちは在留資格もあり、家庭もあるのですが、言葉の壁によって一人で出掛けられず引きこもってしまったり、家庭でも孤独を感じて自信を失っていたり。彼女たちが置かれた状況は、社会課題とすら認識されていませんでしたが、実際に困っている彼女たちと知り合い、何かできないかと思いました。
最初は会話も弾まなかったのですが、彼女たちが持ってくるお弁当をきっかけに、料理の話で盛り上がりました。そこで、彼女たちの料理を提供するイベントを行いました。屋台には大勢の人が来てくれて、彼女たちにも自信がつき、意欲的になった姿を見て、卒業後は同じコンセプトでお店を出そうと考えました。ところが、父は「ボランティアでやってきたことを商売にするのか」と猛反対。つまり、学生時代には学生のプロジェクトであることや、プロジェクトの背景に興味や関心のある人が来て応援してくれたが、全く関係のない一般の人を相手に商売できるのか、もしうまくいかなかったら、その責任をとれるのか、という意味だったと思います。そこで3年半、飲食店の広告営業の仕事を通して、飲食店を経営していく上で必要なことを学びました。私が本当にやる気だということが父にも伝わって、結局、共同経営者として関わってくれています。
社会的な意義だけでなく、事業としての価値も高める。
オープン後も順風満帆とはいきませんでした。日本人向けに料理を工夫し、全員が店のメニューを一定の味でつくれるように練習を繰り返しました。またお店を知ってもらおうと最初はSNSに力を入れましたがフォロワーが増えず、告知の効果が上がらず苦戦しました。そこで、近くの商店街でチラシを配って人を呼び込みました。この地道な活動こそが効果がありました。一度来てくれて気に入ってくれた人がリピーターになり、その人が友達を連れて来てくれて、その友達がまた友達を連れてくる。「口コミ」の力の大きさを実感しました。
この経験でSNSの活用には懐疑的だったのですが、コロナ禍で大変な時にアルバイトの大学生が「もっとSNSを活用しましょう」と提案してくれました。そう言うのならとYouTubeやInstagramでレシピ動画を配信。するとSNS上でお客さんとコミュニケーションが取れはじめ、その中から、1日1人の料理のリクエストを受けて翌日販売する「がんばれるお弁当」という取り組みにつながりました。SNSは、どう使っていくのかが大切ですね。
今は、経営基盤をしっかりさせなければと思い、お店で提供する料理のネット販売やテイクアウトを行うセントラルキッチンをつくっています。『SALA』は社会課題を解決という側面から取り上げられることが多いのですが、事業として続けるためには、商品力をつけ、料理自体のファンを増やす努力が引き続き必要だと思っています。
目の前にいる人のために何かしたい、何かできないかという気持ちから『SALA』は始まりました。そこにあるのは、支援する人、される人という関係ではなく、一緒に事業を行う関係です。私が、『SALA』で働くお母さんたちや大学生から学ぶこと、助けてもらうことがたくさんあります。漠然とした社会課題の解決ではなく、目の前の人のために何かしたい、そんなところから本気で取り組むプロジェクトが始まるのではないかと思います。
『神戸アジアン食堂バル SALA』・奥 尚子さんのローカルプロジェクトがひらめくコンテンツ。
Contest:啓明ビジネスプランコンテスト
神戸市の啓明学院高等学校で、2016年から総合的な学習の一環として実施しているコンテストで、4年ほど前から外部審査員として参加しています。社会課題を“自分ごと”としてとらえる若い世代の考え方はとても刺激になります。
Place:SAVOY Puerto(サヴォイプエルト)
自分より上の世代の人や違うジャンルの人と話すことが好きで、よくバーに行きます。他人の会話から自分の知らない情報に触れることができます。中でも『SALA』の目の前にあるこのお店は、静かで落ち着いた雰囲気。行きつけです。
Book:キングダム
原 泰久著、集英社刊
何度も読み返している漫画です。秦の始皇帝が中国を統一するまでの話で、アニメや映画にもなっています。主人公の信が自分の信念を貫き、その想いに共感して仲間が集まってくる。「自分がそこにいたい」と思う世界がまさに描かれています。