静岡県の人口2000人ほどの集落で、今日も元気に開店する『柚野商店』を2022年6月に立ち上げたのは、平野映子さんと地域の女性たちだ。どんな思いを持って、どんな店にしていこうとしているのか、訪れました!
人と暮らしをつむぐ、『柚野商店』でお買い物。
愛された商店『遠藤さん』が閉店。平野映子さんが後継候補に。
静岡県富士宮市柚野地域。以前はたくさんの個人商店が並んでいたが、店主の高齢化や、多くの人が富士宮のまちで買い物をするようになったため、一軒、また一軒と商店は姿を消し、気づけば『デイリーヤマザキ遠藤昭次商店』だけになっていた。地域の人から『遠藤さん』と呼ばれ、70年間も愛されてきたが、店を営んでいた遠藤治彦さんは、健康面で不安を抱えていたことから閉店することを決意した。遠藤さんは、地域の生活が不便にならないよう誰かに店を引き継いでほしくて、『芝川商工会』を通して後継者を探したところ、『Farmer’s Kitchen どってん家』というパン屋を経営していた平野映子さんに白羽の矢が立った。
「子どもたちに豊かな故郷を残したくて」と創業。
ただ、『デイリーヤマザキ』ではなく、新しい店として始めるため、簡単に引き継ぐことはできなかった。平野さんは、「店舗経営の経験はありましたが、時間と資金が足りないなか、新たにどんな店をつくれるのか。かなり悩みました」。
悩むなかで、『遠藤さん』が自身の生活に欠かせない存在だったことを思い出した。「今、中学・高校生になった私の子どもの初めてのお使いも『遠藤さん』でした。子ども会のおやつを頼んだのも、『遠藤さん』。『遠藤さん』にはずいぶんと子育てを助けてもらいました。そんなお店が地域からなくなったら、住みにくくなるし、新しい人も入ってこなくなるかもしれません。柚野の子どもたちに、『柚野は不便だし、何にもないよね』と言われるような故郷にしたくないという思いが強くなっていきました」と平野さんは次第に決心を固めていった。遠藤さん自身から、毎月の売り上げや、どんな商品がどれだけ売れていたかなど細かく教えてもらいながら、どんな商品を売る店にしていくかという方針を立てた。
資金面では、『芝川商工会』に相談し、新規ビジネスのサポートとして、厨房の改装費用の補助金を得た。また、専門家派遣制度を活用し、何をどう販売すれば利益が出るか、収支計算も行った。
さらに、友人の小野麗佳さんから勧められ、クラウドファンディングにも挑戦。平野さんはパソコン関係は苦手だったので、小野さんに仕組みをつくってもらった。そして、163人から153万6000円という目標を大きく上回る支援が得られ、内装工事と設備費に充てることができた。「お金だけでなく、地域の方それぞれの形で応援してくださったことがうれしいです」と平野さんは話す。
店づくりに関しては、「地域の女性たちが活躍できる場になればと思い、得意技を持っている友人に声をかけました」と平野さん。栄養士で調理師免許も持っている鈴木光夏さんはスイカが好きで、誕生日には近所の農家が玄関先に4、5個のスイカを置いてくれたというほど地域の方に好かれている。いつかは自分の工房を構えたいという夢を持っていたパティシエの榊原宏美さん。双子のお母さんの今永真理恵さん。趣味でカステラを焼いていた藁科真駒さん。「みんなで企画会議を開いたり、量り売りの店に視察に行ったり。だんだん目標が一つになって、士気が高まっていきました」と平野さん。「50歳過ぎてからも夢を持っていいんだね」と藁科さんは出来上がっていく店舗を見渡した。
オープンして1年半ほど。今は平野さんを含めて11名、30歳代から60歳代の地域の女性たちがローテーションを組んで店を楽しく切り盛りしている。
『柚野商店』で販売する商品のつくり手さんです!
体にいい食べ物も、そうでない食べ物も。
『柚野商店』では、無添加やオーガニックの珍しい食べ物と一緒に、スーパーで見かけるような一般的なメーカーの食べ物も並べて販売している。不思議な印象がするが、理由を尋ねると、「『柚野商店』は私の店ではなく、地域の店だから」と答える平野さん。「最初は抵抗がありました。子どもが大事な小遣いで合成着色料や香料が入った駄菓子を買って食べるなんて心配、と。タバコも販売していいものか悩みましたが、それを望む地域の人がいるのだから、買う人が選べる店にしようと。違う価値観を尊重しあえたほうが平和ですし」と方針を変えた。「ただ、タバコを買うおじさんには、『吸い過ぎはダメですよ』と一声かけています」と笑顔で話した。
そんなお客とのやりとりがレジで見られる。「夏休みにお孫さんが遊びに来たお年寄りのお話を聞いたり、子どもがお釣りの3円で何が買えるか考えて、量り売りで昆布を買ったり。そんなやりとりも楽しいです」。都会のコンビニのように会計を急かすような雰囲気は一切ない。
外には、天井にツバメが巣をつくる「すわろうの庭」があり、店で買ったものを椅子に座って食べるお客の姿がよく見られる。「隣の富士市からロードバイクで走ってくる高校生男子がいます。いつももう一軒の私の店『どってん家』でパンを買ってくれていたのですが、『柚野商店』のオープン時、『おめでとうございます』とプレゼントをくれたのです。うれしくて泣きそうになりました。地域で開かれるイベントの主催者とここで出会い、気づいたらボランティアスタッフになっていて。そんな世代を超えた交流も生まれています」と平野さん。そして、「将来的には、お年寄りの見守りをしたり、子どもたちが勉強できる場にしたり、関係人口や移住者の受け入れ相談の窓口を置いたりと、活気ある中山間地域になるために小さな商店ができることをやっていけたら」と『柚野商店』の可能性を語った。ますます地域になくてはならない存在になっていきそうだ。
『柚野商店』・平野映子さんの、ローカルプロジェクトがひらめくコンテンツ。
Website:ニホン継業バンク
『ニホン継業バンク』の連載「継ぐまち、継ぐひと」が、『柚野商店』を開くにあたって参考になりました。そのなかで、ミュージシャンの三宅洋平さんが岡山県にある商店を受け継いだストーリーには強く背中を押されました。
Place:熊鰹商店
『柚野商店』のオープン前にスタッフで視察ツアーに行った店の一つ。量り売りの買い物をしながら、店の運営や工夫について教わりました。山梨県内でていねいにつくられたものを取り扱い、スタッフさんとお客様との距離感も心地よかったです。
Book:ゼロ・ウェイスト・ホーム
ベア・ジョンソン著、服部雄一郎訳、アノニマ・スタジオ刊
家族4人が1年間で出すゴミの量が、手のひらに載る瓶サイズの量という、ゴミを極限まで減らした家族の日々の挑戦と工夫の物語。シンプルな暮らしの工夫の先に未来があるというメッセージが、身近なものとして感じられる本です。
photographs by Hiroshi Takaoka text by Kentaro Matsui
記事は雑誌ソトコト2024年2月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。