東京・豊島区高田の神田川の近くにある古いビルをリノベーションしてつくられたおいしいパン屋さん『神田川ベーカリー』に立ち寄ってパンを買い、神田川沿いをそぞろ歩きしながら話し始める田中さんと浅田さん。国内の政治、隣国との外交、そして、コロナウイルス。2022年は果たして、どんな一年になるのだろうか?
新型コロナウイルス感染症は終盤戦に?
田中 極めて根源的な問題なのでもう一度冒頭で述べておくと、コロナを巡っての後手後手で駄目駄目な対応が続く諸悪の根源が、「カメレオン尾身茂と愉快な仲間たち」なのは明らかだ。岸田文雄内閣でも引き続き内閣官房参与を務める国立感染症研究所OBで川崎市健康安全研究所所長の岡部信彦は「コロナ、そこまでのものか」と2020年3月に朝日新聞で豪語し、社会保険病院、厚生年金病院、船員保険病院を統合した独立行政法人・地域医療機能推進機構理事長の尾身茂も2020年7月の経団連フォーラムで「旅行や移動で感染は起きない。もしそれが起きていれば日本中は感染者だらけ」と断言した。その後も感染者や犠牲者の家族を逆なでする「PCR検査が多い国は死者が多い」「60歳以下は感染しても症状が軽い」発言を続けた。
それでいて、昨年9月には「1年半に及ぶコロナ禍で何度もルビコン川を渡ってきた」と自己陶酔な尾身の“居直り発言”を『東洋経済オンライン』が特集する始末。前々号でも、厚生労働省大臣官房審議官の大坪寛子に代表される、国家公務員試験を受けずにキャリア官僚となってしまえる医系技官を含む「感染症ムラの専門家」を糾したけど、全国紙で医療記事を書いていた記者が転籍したネットサイト『バズフィード・ジャパン』は「もし時を巻き戻せるならば」と大見出しで、戦時中の竹槍訓練と同じ精神論「うちで治そう4日間」を唱えていた「コロナ専門家有志の会」メンバーで沖縄県立中部病院医師の高山義浩に弁明の機会を与えている。「戦犯の責任」が問われずに「一億総懺悔」をメディアが強いる風潮は困ったもんだよ。
浅田 ただ、そのあとにワクチンが開発され、最近さらに抗ウイルス薬、とくに経口薬が出てきたのは朗報。
田中 その点には同意するけど、「科学を信じて技術を疑わず」でなく「科学を用いて技術を超える」のが考える葦たる「人間の要諦」だからね。その意味でも「EU、頻繁なワクチン追加接種に懸念 免疫低下の恐れも」と1月12日に報じた日本経済新聞電子版に、ロート製薬の山田邦雄会長が以下の考察を寄せていたのには少なからず感銘を受けた。
「これは合理的に考えてその通りの懸念だと思う。人体の仕組みは知れば知るほど驚くほど複雑精緻にできており、コロナウイルスの細胞への侵入事象一つとっても、これほど複雑なプロセスで『攻防』が繰り返されているわけで、簡単にワクチン=人体にプラス……とはならないはず。ましてや、ワクチンでは感染が防げないことが事実として明らかになっているにもかかわらず、これを義務化したりパスポートにしようとしているのは非常に懸念される。科学的に合理的でないことを強制するのでは、もはや民主国家とは言えない。そうではなく、あくまでも重症化を防ぎ、自己の自然免疫で克服する医療ノウハウの開発に重点を置くべきだ」。
一物一価の保険診療で投与責任が問われる治療のための薬剤と違って、予防のためのワクチンは保険適用外の自由診療だから、一物多価の裁量価格で重篤な副反応という有害事象の結果責任もメーカーや医療機関は問われない。早期発見・早期対応が大切だとPCR検査の徹底を当初から訴えていた分子免疫学者の本庶佑が20年4月にBSフジの報道番組で、「インフルエンザワクチンを毎年打ってます」と胸を張った司会者に「それ、効いていると思います?」と微苦笑しながら尋ねたのを思い出すよ。
浅田 次の冬に流行しそうな型を予想してワクチンをつくるんだけど、予想がはずれることも多い。
田中 ウイルスという病原体は有為転変し、極論すると「当たるも八卦、当たらぬも八卦」。洋服の布地や化粧品の容器、工業製品の塗装で24か月後に用いる色合いを毎年20~30色決めている『世界流行色協会』じゃないんだからさ。
浅田 新型コロナウイルスのワクチンはそれよりずっと効果的だけど、ウイルスの変異には対応しきれないし、効果も永続的じゃない。緊急時にはワクチン接種を強く勧奨する必要があっても、接種を強制するとか、どこに行くにもワクチン・パスポートを提示させるとか、そういう荒療治には慎重にならないと。
ただ、ワクチン・パスポートを考えるなら、接種を始めるときに全国共通のフォーマットをつくっておくべきだった。今だと地方自治体任せでしょう? ちなみに、18歳以下への10万円給付の支給方法も、全額現金か、5万円はクーポンか、自治体がそれぞれ決めたらいいとか、いい加減すぎる。
田中 しかも「所得制限」という理不尽な壁に給与所得者はもっと怒るべきだと思う。「今回は高い金額設定だから」と擁護する向きもいるけど、オフィスワーカーの年収960万円と確定申告で諸経費が認められる自営業者の年収960万円は全然違うから。おまけに今回は世帯収入でなく夫婦の年収の高いほうが対象だから、共稼ぎで二人とも950万円で合計1900万円であっても給付を受けられ、妻が専業主婦で夫が年収960万円以上の場合は給付を受けられない。だから僕は福祉等の年収450万円だった所得制限を長野県知事の時に撤廃した。
「アメリカが最高」じゃない、「最低だけど、ほかよりはマシ」?
結婚を認めた秋篠宮親王の言うとおり、憲法では結婚は両性の合意のみに基づくとされてるわけで(同性婚も認めるべきだってのはまた別問題)、本人たちがいいならそれでいい。相手の母親の借金問題云々をマス・メディアが競って論じ難癖をつけるのは異常だけど、皇族絡みだから仕方ないってわけだ。それによる精神の不調に関して、宮内庁の発表した複雑性PTSDって診断は、素人目にも不自然だとは思うものの、雅子皇后も適応障害で長年苦しんだし、美智子上皇后もショックで声が出なくなるといったことが何度もあった。三世代にわたって女性たちを苦しめてきた皇室制度は、廃止が無理でも、根本的に改革すべきだよ。
田中 「ある青年将校(私の陸士時代の同級生だったからショックも大きかったのです)から、兵隊の胆力を養成するには生きた捕虜を銃剣で突きささせるに限ると聞きました」と自叙伝『古代オリエント史と私』(学生社)に記し、「偽りを述べる者が愛国者とたたえられ、真実を語る者が売国奴と罵られた世の中を私は経験してきた」とも述べていた、昭和天皇の末弟の三笠宮崇仁親王は、「電車に乗ると中吊り広告に皇室の話題が載っているけど、私たちには反論の機会がない。選挙権もないし、『日本オリエント学会』からの報酬には課税されるのに、老人パスさえ無縁だ」と嘆いていた。
イギリス王室の不動産管理を行う『クラウン・エステート』が1兆8000億円以上の資産価値と公表しているのに比べて、日本の皇室は慎ましやか。秋篠宮親王も、新天皇が皇位継承に伴って行う大嘗祭の費用について「宗教色が強い行事を国費で賄うことが適当かどうか。そのことを宮内庁長官に言ったが聞く耳を持たなかった」といった主旨の発言をしている。
浅田 言い換えれば、戦後の皇室は天皇の人間宣言から始まったんだから、人権は認めなきゃね。ちなみに、高森明勅の『「女性天皇」の成立』(幻冬舎)を拾い読みしたら、「男系男子に限った継承」という厳しいルールは「非嫡出子(側室の子)も継承できる」というルールと抱き合わせだからこそ可能だった、憲法と一夫一婦制の下で本当に皇室の存続を望むなら女系・女性の天皇も認めるべきだって言い切ってて、明快でいいと思った。厳格な男系男子相続は「シナ帝国」のルールであり、女性を蔑視せず双系を認める柔軟性こそ「倭=日本」のアイデンティティだっていうナショナリズムは、理屈に合ってるとはいえ、ちょっとどうかと思うけど、男系男子相続にこだわる安倍晋三・元首相ら右翼こそが皇室の存続を危うくしてるって批判は、天皇主義者としては真っ当でしょう。
田中 オ~ッ。「選択的夫婦別姓に反対する保守の人間が男系の縛りに拘るのは自己矛盾」と看破し、フィクションな「江戸しぐさ」を全面批判するだけの人物だ。
浅田 「今後の皇室のあり方に関する有識者会議」が岸田文雄首相に提出した報告も、女系・女性天皇には触れないまま。そう言えば、BS日テレ「深層ニュース」で改憲について問われた安倍が、「私が表に出ると問題になるので」とか言ってた。ソフトなイメージの岸田にやらせたほうがうまくいくってことでしょう。言い換えれば、岸田が安倍離れできるかどうかが問われてる。
しかし、その番組では真珠湾を訪れた安倍が「耳を澄まして心を研ぎ澄ますと、兵士たちの声が聞こえてきます」とか何とかいう谷口智彦の「ポエム」を、つっかえながら朗読する映像を流して褒め讃えるんだけど、笑えないジョークでしかないんだよな。たとえばボリス・ジョンソン英首相は自覚的に道化を演じてて、だから許されるってわけでもないけど、安倍は大政治家としてふんぞり返る滑稽さを自覚してない様子。それを持ち上げるメディアもどうしようもない。
田中 今や護送船団・記者クラブは、“誤送船団・忌捨クラブ”(苦笑)。
浅田 ヒトラーがあまりにひどかったんで、フランクリン・ルーズヴェルトとともにそれに打ち勝ったウィンストン・チャーチルは偉大な指導者ってことになってるけど、自分も超タカ派の帝国主義者・人種差別主義者だった。だけれども、「民主主義は最低だ──今まで試みられてきたほかのすべての体制を除いては」ってのはまともな保守派が肝に銘ずべき名言だよ。「民主主義」を「資本主義」に置き換えてもいい。「それらは最低だけど、ほかよりマシ」って表現と「それらは最高」って表現の間には決定的な差があって、それが田中さんの言う弁証法の有無でしょう。冷戦終結後に出てきた小泉純一郎・元首相や安倍らに弁証法は皆無。とにかく「アメリカ型民主主義・資本主義最高!」と(苦笑)。官僚もそうで、昔の東京大学はマルクス主義が強かったから、そっちも理解してたし、現実主義で従米路線をとるにせよ、「最低だけど、ほかよりマシ」って意識を持っていた。それが失われ、何でもアメリカ型に○をつける、○×式の単純バカばっかりに。
田中 前号の『憂国呆談』で習近平・国家主席の「歴史決議」の採択について触れたけど、中南海の権力闘争の中での彼の不安感の裏返しとしての空威張りだからね。
浅田 マルクス主義は弁証法が基本で、可謬性の認識に基づく批判と自己批判が欠かせない。前回の鄧小平の歴史決議(1981年)も、毛沢東による文化大革命を誤りと認めて「改革開放」への方向転換を確認するものだった。ところが、今回の歴史決議は、これまでの共産党の偉業を受け継ぐ習首席がさらなる高みを目指すって言うだけで、とにかく「我々は正しい」の一本槍。習首席は副首相だった父とともに文化大革命で辛酸を舐めたにもかかわらず、その誤りを批判せず、むしろ自分が毛沢東みたいになろうとしてる。
ちなみに、エドワード・ルトワック(ルーマニア生まれのユダヤ人戦略家)の『ラストエンペラー 習近平』(文藝春秋)を拾い読みしたら、「虐待する父親を子どもがかえってかばうことがあるように、むしろ毛沢東に同一化して文化大革命もどきに走っている」って言ってて、ちょっとおもしろいと思った(むろん、この種の粗っぽい「心理分析」ですべてを割り切るのは危険なんだけども)。
鄧も経済の改革解放を進めながら政治の民主化を拒否して天安門事件を引き起こした責任があるけど、外に向かっては「韜光養晦」、つまり威張らず密かに力を蓄える方針だった。やたらに威張り散らして世界を敵に回した習首席の「戦狼外交」を見たら激怒するだろうねえ。
平和の祭典?冬季五輪が北京で開幕。
田中 大いにやればいいけれども、それだけで留まったのでは日本の皇室バッシングと同じレベルでしかない。
浅田 中国にはほかにも新疆ウイグル自治区なんかの人権問題があり、アメリカをはじめとするアングロサクソン諸国は、2月4日からの北京冬季オリンピック・パラリンピックの外交ボイコットを決定。それに追随して日本も閣僚級以上の派遣をやめた。
ただ、スポーツに政治が介入すべきじゃないとしたら、本来はIOCが政治家の出席を断るべきなんだよ。もともと貴族の始めた催しで、バッハも露骨に国賓待遇を要求するけど、それがおかしいんで、徹底的に民主化しないと。
田中 御意。中国側の言い分を逆手にとって、この際、肥大・金満化した祭典をスポーツ・オリエンテッドへと原点回帰しようと提案してIOCをギャフンと言わせたらあっぱれなのに、そうした胆力がジョー・バイデンにはない。米国に阿諛追従の日本には期待すべくもない(涙)。
浅田 また、SDGs的に言えば、巨大化した五輪ほどサスティナブルでないビジネスはない。今回の冬季五輪の最終候補は中国の北京と、カザフスタンのアルマトイの2都市だけだった。民主主義国だと財政問題や環境問題で世論が反対するんで、独裁国家じゃないと開催しにくくなってる(まあ札幌なら前回の会場を中心にコンパクトにやれるだろうけど)。五輪を続けたいなら、お金がかからないコンパクトな形にするしかない。この前の東京五輪のドタバタこそ、方向転換のきっかけだったのに。
田中 以前から僕らが提案しているオリ・パラ12年周期説(8割以上の会場は既存施設を活用して開催経験国で開催、道路等のインフラ整備を兼ねて一定のGDP以下の新興国で開催、原点回帰でギリシャで開催)を採用してほしいね。手を挙げる国は確実に少なくなっていくんだから。
浅田 中国の話に戻ると、アメリカは北京五輪の外交ボイコットばかりか、中国に対抗する「民主主義サミット」を開催するなど、中国との対立を深めてる。このサミットでジョー・バイデン大統領が「民主主義国は間違っても修正できるところが強みだ」と、田中さんの言う弁証法に通じる話をしたのはよかった。ただ、サミットとはいえリモート形式にするほかなかったし、招待国の選択からしてかなり杜撰なものだったのも確か。おもしろかったのは、台湾から中国に遠慮して総統の蔡英文じゃなくデジタル担当相のオードリー・タンが出席し、閉ざされた専制国家と開かれた民主国家を色分けした世界地図を見せたところ、中国が前者の赤、台湾が後者の緑になってたんで、米政府が慌ててその画面をカットしたこと。ほかの国も入ってて、別に台湾を独立国として示す地図じゃなかったんだけど、アメリカが実は中国にすごく配慮してる証拠だね。蔡総統は「台湾は実質的に独立しているから独立宣言の必要はない」っていううまい言い方をしてるんだけど。とにかく、その後で開かれた習主席との米中サミットでも「競争が武力衝突に至らないようガードレールをつくろう」って話をしているのだから、当然ながら本気で戦う気はない。
田中 アメリカの最大の公共事業は戦争であって、それを今までベトナムやアフガニスタン、イラクで仕掛けてきたわけだけど、今や「アメリカの正義」が「世界の正義」ではなくなってきてるからね。
浅田 中国は中国で、過熱した経済の引き締めに乗り出しながら、不動産バブルがはじけそうになると慌てて手を緩めるところを見ると、経済的孤立を恐れず台湾に軍事侵攻するなんてことはしないはず。
田中 半導体の生殺与奪の権を握る台湾と交戦して世界経済が大混乱したら、中国も返り血を浴びてしまうと想像できないほどに唯我独尊とは思えない。ただし前回も述べたけど、高度な自治を認める「一国二制度」を有名無実化した香港での"成功体験"を台湾でも武力衝突なしに行いたいと考えているだろうからね。その意味でも、太平洋を挟んで対峙する米国と中国の「同時通訳国家」として、スイスやスウェーデンのような黒子としての「シェルパ(水先案内人)外交」をアジア地域で担うことこそ、資源なき日本のアジア太平洋戦略なんだけどね。
浅田 そう。逆に言えば、そういう「言葉」こそがいま求められてるんだよね。