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場づくり・コミュニティ

特集 | ウェルビーイング入門

「お寺ステイ」が実践する、産業としてのウェルビーイング。

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法事で訪れるお寺から、よりよく生きるウェルビーイングを実践するための場所へ──。その土地に数百年と根付いてきたお寺には知られざる魅力や可能性があることに、私たちは気づいていない。『シェアウィング』代表の佐藤真衣さんは、そんな気づきをもたらす「お寺ステイ」を全国に広めている。

目次

お寺で過ごす時間をもっと多くの人に。

 静寂に包まれた本堂で、黙々とパソコンに向かう若者たち……。2021年4月中旬に山梨県・身延町の宿坊『武井坊』で開催された、テレワークならぬ“寺ワーク”合宿の様子だ。IT系企業『ガイアックス』の社員が、身延山久遠寺を中心に用意された2泊3日のさまざまなプログラムに参加した。コロナ禍になり同社では全社員にリモートワークが認められているが、社員間の交流は減少した。「新入社員を迎えたタイミングで、密を避けながら実際に集まって交流することがいよいよ必要になり、今回の合宿を開催することになりました」。この合宿を企画した『シェアウィング』代表の佐藤真衣さんは説明する。

 金曜日の昼過ぎに到着した『ガイアックス』の社員たちは、宿坊内の大広間やお堂、身延山山頂など各々が気に入った場所でワーケーションを行い、土曜・日曜日には写経、写仏、瞑想、トレイル瞑想(山の中で走る瞑想)などを体験した。仕事とリフレッシュを兼ね、さらに社員同士の交流も図る合宿の内容に参加者が心から楽しむ、そんな雰囲気が漂っていた。

お寺ステイ
本堂で仕事中。自宅から離れて山の澄んだ空気を吸い、久々に同僚と顔を合わせて過ごす時間。

『シェアウィング』は、お寺に宿泊する「お寺ステイ」を事業の柱に2016年に設立された。共同設立者の一人であり、以前から健康に関心が高かった佐藤さんは、自ら岩盤浴やホットヨガの施工会社を営み、フィットネスクラブやホテルなど全国約120か所でスパをプロデュースしてきた。「岩盤浴もホットヨガも今ではすっかり定着していますが、海外から取り入れた健康法がブームとなって消費されることに疑問を感じました。また、健康・サービス産業では流行を追って、数年単位で新しいものが求められるため、壊しては造るスクラップ・アンド・ビルドのトレンドに違和感と虚しさを感じました」と佐藤さん。

 当時は資本主義の限界から、モノや場所、スキルなどを共有する「シェアリングエコノミー(共有経済)」が拡大し、佐藤さんもこれに期待する気持ちが強まっていったという。

「東京都町田市にある友人のお寺に集まり、大体のモノがシェアされる状況になって、ほかに何があるのかをよく話し合っていました。すると、この場所や時間こそ皆が求めているものではないかという意見が出て。私たちは友人であるから使わせてもらえるけれど、そうでない人にとってはお寺が身近な存在ではなくなってきている。お寺をシェアできたらという思いが強まりました」

 心と体に加えて精神も整える場所にしたい。流行で終わらせるのではなく、50年後も100年後も残るものをつくっていきたい。そんな思いからも、佐藤さんはお寺をシェアする事業に乗り出した。

お寺ステイ
お寺の可能性に気づいた佐藤さん。「尽きることのない哲学に私自身が感動しています」。

よりよく生きるため、お寺との関係を紡ぎ直す。

 全国に約7万7000もの寺院が存在するが、住職の後継者不足や檀家の減少などから20年以内に約4割が廃業するとも言われている。新しい旅のスタイルとして民泊が選ばれるようになってきたことから、“お寺での民泊”が最初のビジネスプランだったという。「宿泊して長く滞在すれば、そのお寺の魅力をより感じられます。寺院の将来を考えると、寺院側も収益性を考える必要があると思いました。でも実際は、飛び込み営業には自信がありましたが、うまくいきませんでした」と佐藤さん。宗教法人である寺院は公益法人でもあるため、営利事業の「宿泊業としての宿坊」という佐藤さんの提案は受け入れてもらえなかった。

 そんななか、知人の勧めで岐阜県飛騨・高山地域を訪れた際、高山善光寺という宿坊に泊まろうとしたが、外国人観光客に人気の宿坊であるのに年内で閉めてしまうという。周辺に安価なゲストハウスが増えて競争が激化し、住職の家族も不在で運営が困難になっていたのだ。住職に宿坊を自分たちに任せてもらえないかと直談判。佐藤さんの熱意が伝わり、2017年に「TEMPLE HOTEL」第1号として開業に至った。自分たちでも資金を投入し、現代様式に合わせて徹底的に改修した。これが突破口となり東京都港区の正伝寺、群馬県桐生市の観音院と続き、現在は全国7か所に「お寺ステイ」の拠点を構えるまでになった。

お寺ステイ
『武井坊』は日蓮宗身延山宿院。本堂でゆっくりと過ごすだけでも、心が自然と穏やかになってくる。

 徐々に拠点を増やすことができたのには、お寺の可能性を信じて活動する佐藤さんに賛同する人の輪が広がってきたことも大きい。山梨県中央市にある妙性寺の住職・近藤玄純さんもその一人で、現在『シェアウィング』のエグゼクティブアドバイザーとして寺院側への橋渡しを担っている。「自分の人生をどう生きていくかというウェルビーイングに世界的な注目が集まっているものの、宗教観がベースにある欧米に比べると日本でそれを考えるのは難しく感じるかもしれません。でも、自然と手を合わせる習慣のある日本人には沈着化した宗教観がありますし、仏教思想を元に聖徳太子が『十七条憲法』を制定し、和の精神をもって古来より、国づくりが行われてきました。しかし、現代ではカルト宗教の問題もあり、人々は宗教アレルギーを引き起こしています。そんな中、僧侶たちは仏教思想にある共生社会を世の中に説明してこなかった。現在、お寺は在り方を見直す時期にきており、供養だけではなく、人が生まれてから死ぬまで関わり続けるという原点に回帰する必要があるように思います。よりよく生きるためにお寺を社会から必要とされる場所にしたいですね」と近藤さんは、これからのお寺の役割を説明した。また、僧侶の渋谷智海さんも昨年夏からメンバーに加わり、宿坊運営に携わっている。コロナ禍のリモートワークで心と体が整わずに悩んでいる人に対して、オンラインでお寺での修行が体験できるサービスを昨年10月からスタートさせた。

 設立から5年が経ち、産業としづらかったお寺での事業がようやく軌道に乗り始めた。コロナの影響で観光業が難しい状況にあるため、お寺で仕事と学びを行う“寺ワーク”を新たな切り札として推し進めていく。「お寺自体がウェルビーイングなんです。歴史の重みや土地の力があって、気持ちのいい楽しい場所だから、まずは足を運んでほしいですね。そして、何度も訪れて心の平穏につながる場所になればと思います」。「お寺ステイ」の誠実な思いが、お寺と人との関係を新たに紡いでいく。

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