鉄道やバス、駅舎など公共の乗り物や空間の設計・デザインを多く手がける、『イチバンセン』の代表・川西康之さん。ローカルデザインに必要なのは、「見えないニーズの掘り起こしと、徹底的な対話」と答える、そのワケは?
目次
社会をリアルにとらえる、 オリジナルの視点。
地元の高校生たちが、 試験前に自習できる駅
川西康之さんが代表を務める『イチバンセン』には、地方の鉄道会社のブランディングや車両デザイン、駅舎の設計やデザインの仕事が多く舞い込む。地方の駅舎の場合、依頼内容のほとんどは「駅に賑わいを取り戻したい」というものだそうだ。「ところが、地方の駅は驚くほど利用客が減り、乗客の多くが高校生です。しかし、少子化で生徒の数は僕らの頃の4分の1ほど。それに、生徒の定期券は半額ですから、鉄道会社はあまり儲かりません」と地方の公共交通の厳しい現状を話す川西さん。「『駅に賑わいを』という声は、かつて鉄道が地域の繁栄の象徴だった頃のノスタルジーから発せられるものだと思います。はっきり言って、人口減少が加速する今、賑わいづくりは難しい。それでも、往時の駅の輝きは取り戻せないかもしれませんが、地域住民の”心の拠り所“となる駅舎はデザインできると我々は考えています」。
そのために必要なのは、何か。「”見えないニーズ“を見つけることが大切です」と川西さんは言う。例として、2010年に手がけたという高知県にある中村駅のリノベーションの経験を語った。
中村駅は、高知県四万十市の第三セクター『土佐くろしお鉄道』が運営する古い駅だ。その駅をリノベーションする前に、四万十市と鉄道会社が駅の改善すべき点を挙げてもらおうと周辺住民にアンケート調査を行った。一番の改善点は、「汚いトイレを何とかしてほしい」だったそうだ。「確かにトイレは汚れています。ただ、それは本当のニーズでしょうか?」と疑問を呈した川西さんは、本当のニーズを探るために高知県へ向かい、2、3日の間、中村駅で張り込んだ。
四万十市の人口は3万5000人程度で、中村駅の乗降客数は1日1000人以下と少なく、ほとんどが高校生だった。駅から2キロメートルほど離れたところに四国随一の観光地である清流・四万十川が流れているが、四万十川を訪ねる観光客の移動手段は自家用車かレンタカーが99パーセント、鉄道はたったの1パーセント。駅に張り込んで利用状況を調べていた川西さんは、「そのデータを知り、観光客をターゲットにするのはやめました。『あらゆる世代に喜んでもらえる駅に』とも言われましたが、それも無理。メインターゲットは高校生に定めました」。
発着数は1時間に1、2本。次の列車が来るまで構内はがらんとしたままだ。ただ、発車10分前になると、当時の駅前にあったコンビニエンスストアから高校生がぱらぱらと駅のほうへ歩いてくる。試験前には、高校生が待合室の床にノートを広げて勉強する姿も目にした。「それが、アンケート調査では出てこないニーズです」と川西さん。学校でもない、家でもない、「サードプレイス」として、高校生たちは駅を使っていたのだ。
そこで川西さんは、高校生が自習できる場としての駅を設計することに決めた。高校生が列車を待つ間、心置きなく勉強できるようにと、地元の四万十檜を多用した温もりのある空間に、長い勉強机と椅子を用意した。
完成した駅では、高校生が机に向かって勉強したり、楽しく雑談したりする姿が見られるようになっただけでなく、列車の見学会や中学校の吹奏楽部の演奏会などさまざまなイベントが催される「中村駅まつり」が開かれ、盛り上がった。駅で結婚式を挙げたカップルもいたそうだ。トイレはきれいに使われ、ゴミのポイ捨ても減った。地域住民や駅員が、「駅をこんなふうに使いたい」と積極的に提案するようになり、駅と住民の距離は明らかに近づいていった。
「駅で自習した多くの高校生は、進学や就職で四万十市を離れていくでしょう。運転免許を取れば列車にも乗らなくなるかもしれません。そんな駅ですが、『乗降客数約370万人の新宿駅より好き』と中村駅を思い出し、帰ってきてほしいです」と川西さんは微笑む。「それができるのが、デザインの力なのかもしれません」。
「何をしたいのか?」「どんな夢なのか?」「どんな未来なのか?」を、 共に話していきます。
対話によって生まれる、 住民たちの「自分ごと化」。
ただ、高知県・中村駅のリノベーションで反省点があったと川西さんは話す。それは、住民とあまり対話することなく設計を進めたこと。以降は対話を重視し、故郷の奈良県・川西町にある近鉄・結崎駅のリニューアルの仕事を受けたときは、どんな駅にすればいいのか、町民と徹底的に対話した。
本当のニーズを汲み取ろうと、「結崎駅8800人フューチャーセッション」と銘打った話し合いを毎月、全17回開催した。「最初は好き放題おっしゃいます。特に年配の男性が。『大手コーヒーチェーン店を誘致しろ』とか、『コンビニエンスストアを入れろ』とか」と苦笑いする川西さん。そこで、コーヒー店の本社を訪ねると「1日500杯売らないと」と言われたことを次のセッションで町民に伝えた。コンビニの本社も訪ね、「1日50万円を売り上げて」と言われたと伝え、「到底、無理ですよね?」と。そんなふうに客観的なデータを示し、半年間ほど話し合ううちに、「『もしかしてワシら、無責任なこと言うとった?』と年配の方々の態度が突然、変わったのです。駅づくりが『自分ごと』になった瞬間でした」。
この、「自分ごと化」がローカルデザインの成功には欠かせないと川西さんは言う。「『自分ごと化』は対話によって生まれます。対話は公共空間をデザインするときの手がかりになります。対話をして、意見がまとまらないのもニーズです。対話もなく、『皆さんの意見がまとまったらご連絡ください』と事務所に戻る設計者がいますが、設計者が意見をまとめないと」と川西さんは強い口調でそう言った。
本当のニーズは、ローカルの現場や人々のなかに眠っているのだ。
川西さんと『イチバンセン』の楽しい作品集 !(移動)
WEST EXPRESS 銀河
京阪神を起点に和歌山県、島根県、山口県方面へ走る6両編成の夜行列車。車両のコンセプトや車内設備の構成など企画・検討から、座席や内装のデザイン、車内外のグラフィック、乗務員の接客までを提案・担当。寝転んだまま車窓の風景を楽しめる「プレミアルーム」や女性専用の「クシェット」、地域の人たちと交流できる「遊星」など多彩な座席や空間を設けた。
えちごトキめきリゾート雪月花
新潟県西部を走る2両編成の観光列車。妙高山や日本海の美しい風景を存分に楽しめるよう、天井まで届く大きな窓を設計。また、阿賀野地域の安田瓦を使った陶板を床に敷き、手すりやカーテンレールなどには燕三条地域の金物加工品を、車内サービスでは地酒はもちろん、沿線で採れる食材を使った料理を提供するなど新潟県の魅力を発信している。
土佐くろしお鉄道 中村駅
駅構内をリノベーション。改札口を取り払い、見通しのよい安心感のある空間に。待合室も広くなり、四万十檜をふんだんに使ったことで木に包まれた温もりのあるスペースが生まれ、心地よく列車を待てるようになった。また、待合室の照明は、暖かい電球色を用いて肌が美しく見える効果を演出。川西さんいわく、「いっそう美人に見えますよ」とのこと。
肥薩おれんじ鉄道
旧・JR鹿児島本線の熊本県・八代駅から鹿児島県・川内駅を、第三セクター方式で運営する『肥薩おれんじ鉄道』。その開業時にロゴマークが一般公募され、川西さんのデザインが選ばれた。柑橘で知られる地域なので柑橘をモチーフに、緑の葉で路線を表現した。さらにポスターや駅名標などさまざまなグラフィックを自ら提案し、採用された
SEA SPICA(シースピカ)
『JR西日本』と『瀬戸内海汽船』が共同開発した、瀬戸内海の魅力ある島と島をつなぐ観光型高速船。その内外装のデザインを担当。ゆったりと座れるソファのような座席を設け、少し海側に向け、海側の背もたれを低めにするなど、瀬戸内海の風景を眺めやすいよう細部まで工夫。2階デッキは、瀬戸内海の島々をイメージしたソファをデザイン。
MEX高速バス
東日本の各地でバスを運行する『みちのりホールディングス』のブランディングを担当。オレンジとシャンパンゴールドの色彩や水玉模様は、東北や北関東の寒い季節、「時間どおりに来るかな」とバスを待つお客が、やって来たバスを目にしてホッとする……その瞬間を演出するデザインに。バス会社としてのホスピタリティを表現した。
関東自動車バス
栃木県宇都宮市を中心に運行する「関東自動車バス」。宇都宮では2023年春からトラムが運行するが、その車体カラーは黄色。共に走る公共交通として、「トラムは黄色、バスは赤」と色の違いによって乗り物を認識し、まちのアイコンになってほしいとの思いを込めて赤を基調に車体をデザイン。運転士がこだわる3本のラインも残した。
川西さんと『イチバンセン』の楽しい作品集 !(場所)
障害者支援施設 インマヌエル
静岡県・小山町の富士山麓に立つ障害者支援施設。利用者、保護者、スタッフのニーズを聞き取りながら設計を進めた。食堂は目が届きやすい無柱の空間とする一方で、プライバシーを守る居場所も用意。ドイツの医療・福祉施設『ベーテル』が掲げる「お金の再分配ではなく、チャンスの再分配を」に倣い、利用者がパンを焼き、カフェで働ける施設を目指す。
近鉄 結崎駅
川西さんが生まれ育った奈良県・川西町の近鉄・結崎駅駅舎および併設施設・周辺地区の再整備。その基本計画から設計、デザインを担当。「結崎駅8800人フューチャーセッション」を開き、多世代の住民と対話。特に幼稚園や学校の保護者会の親たちは熱心に議論し、要望を提出。駅前ロータリーではなく、子どもたちが遊べる広場をつくる原動力となった。
清和幼稚園
高知県高知市にある幼稚園の家具設計とデザインコーディネートを担当。県産の檜や杉を活用し、子どもが自由に組み合わせ、記憶にも残るような、丸や五角形をモチーフにした空間をデザイン。しかも、テーブルの天板は表面に厚さ2ミリの板を張り、中は空洞にするなど、女性スタッフでも移動させやすい軽い家具をつくった。
藤田歯科医院
埼玉県越谷市にある歯科医院の室内設計を担当。「歯医者は怖い」という声が多いが、もっと気軽に立ち寄ってほしいという院長の願いを具現化しようと、図書室を備えた待合室を設計。本棚のある広い空間では、親子で読み聞かせが行われたり、ミニ・イベントが開催されたり、最近はカフェもオープンし、住民のつながりが広がっている。
アイエムタクシーラウンジ
北陸新幹線を降り、タクシーで目的地へ向かう乗客を寒い駅で待たせるわけにはいかないと、地元タクシー会社が上越妙高駅前に県産材を使った木造ラウンジを建設。V字型の柱で耐震性を確保したことでガラスの広い開口面を生むことができた待合室には、暖炉も設置。地域の特産品を展示するミニ・ショールームとしての役割も果たす。
photographs by Hiroshi Takaoka
text by Kentaro Matsuii
記事は雑誌ソトコト2022年5月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。