幼いころから「いつか自分は本をつくるだろう」と思っていた、『出版社さりげなく』の稲垣佳乃子さん。彼女は、同じ本を何度も読み砕くことで、編集を学んだと言います。そんな彼女が紹介するのは、幾度も読み返し、編集の助けとなった本5冊です。
まずはミヒャエル・エンデの『モモ』。人の時間を盗む「時間どろぼう」と呼ばれる灰色の男たちと、盗まれた時間を取り返す女の子・モモの不思議な物語です。文章から主人公と自分を重ねたり、その世界に自分が存在したら……と想像を巡らせたり。『モモ』は、「時間がない、忙しい」と言ってしまう現代人に「時間を盗まれたら自分はどうするのか」と、自分を登場人物に重ねて読み解くかのように感じさせます。
『モモ』は小学校高学年児童向けのお話なのに、内容は少々難解。私は年2回以上読みますが、何年読み返しても解釈はその時々で異なり、新しい発見があります。物語は老若男女問わず、どの世代でも楽しめ、読み解き方も読後の感想も、人それぞれです。どうすれば読む度に異なる解釈が得られる本をつくることができるのか。それを知りたい気持ちもあり、何度も読み砕いているのだと思います。
幾度となく読んでも発見があるのは、吉田篤弘さんの『雲と鉛筆』も。元・新聞工場の屋根裏部屋に住み、鉛筆工場で働く主人公の「僕」と、彼を取り巻く日常が描かれています。日常の中で、何がいいとか悪いとか、どれを選ぶべきかとか、無理に決めてしまう必要はない。それを淡々と繰り返し語りかけます。「僕」の日常のお話ですが、読む人によっては、内容や書き方が仏教や哲学、心理学の話をしているのでは? という受け取り方もできてしまう、さまざまな解釈の機会を与えてくれる本。この本も、何回読んでもわからないのですが、いつも何かしら心に刺さり、気づきがあります。
編集し、本をつくるときに重要なことは、本を読むことと、誰かの物語に触れて心が動くことの積み重ねだと思っています。本を読むことで、著者や出版社、装丁家、そして営業で書店さんに伝えるための自分の言葉は生まれてくるかもしれません。それに著者の文章を読んで言葉を理解し、編集としてアドバイスができるかもしれません。たくさんの本と出合ったことが、本をつくることの支えとなっていると思います。
長 新太著、童心社刊
平野甲賀著、晶文社刊
ボブ・サム著、下田昌克絵、谷川俊太郎訳、スイッチパブリッシング刊
人の時間を盗み、心の余裕を奪う男たち「時間どろぼう」と、時間を取り返す女の子・モモを通して、「時間」とは何かを問う物語。何度読んでも新しい解釈が生まれるのはなぜか、それを知りたくて何度も読んでいます。
雲と鉛筆/吉田篤弘著、筑摩書房刊
水道も通っていない屋根裏部屋で、小さな本を読み、鉛筆で雲を描く「僕」と、彼を取り巻く人たちとの日常を描く。何回読んでも分からないから、何回も読み直し、こんな本をどうすればつくることができるのか、いつも考えます。