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連載 | 写真で見る日本

結の島|津田 直×鹿児島県奄美市

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写真だからこそ、伝えられることがある。それぞれの写真家にとって、大切に撮り続けている日本のとある地域を、写真と文章で紹介していく連載です。

海が眺められる坂道の町・兵庫県神戸市で育った僕が、奄美大島を初めて訪ねたのは大学生の頃だった。けれどまったく縁がなかった訳ではなくて、そもそも父方のルーツが鹿児島県にあり、何世代か遡るが先祖が一時は奄美大島に暮らしていたことも伝え聞いていた。とはいえ、すぐにはつながることのなかった島を訪ねる直接のきっかけとなったのは、当時のゼミの先生が奄美出身で、そこから得た好機だった。20歳を過ぎたばかりの僕は、かくして当てどない旅へと出発した。夏の容赦ない南洋の強い陽光に照らされ、撮影しながら歩き回っていたが、さすがに体力を消耗し、龍郷町にある民家の縁側でひと休みさせてもらうことになった。すると、さっきまで噴き出すようにかいていた汗が引いて、海風が身体の上を撫でていった。それまではまるで風景の中に自然を探すかのように動き回っていたけれど、こうして風の中にじっと佇んでいるだけで、世界は絶えず揺れ動いていて、目の前の風景は刻々と変化していることにようやく気が付いた。現代社会の流れに乗るように急ぎ足で目を配っていても、世界はちっとも見えてこないことを痛感したのだった。少し大げさな言い方かもしれないが、自然の中から世界を見つめる目を、僕はこの頃から再び持ち始めていったように思う(子どもの頃に裏山を走り回っていた日々以来の)。
この島での経験は後に写真家となってからも、風景と対話するということにおいて、少なからず良い影響を与えてくれたのではないかと思っている。以来、僕はしばしば島に通い続け、振り返ってみれば20年以上の年月が経っているが、数年前にも同じように高台から眼下に海を見下ろし、しばらく眺めていたら、島で出会った人の声が耳元に蘇ってきたことがあった。「海を眺めているのは、ただ海を見ているわけではなくて、実は心の内を見ているのだよ」と教えてもらった日のことを。心とつながりたい時には、海に会いに行けばいいのだと僕は思った。
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島を再訪する度に知り合いが増えていった。風景の原点には集落ごとに受け継がれてきた習俗や祭り、伝統という言葉ではくくることのできない小さな行いがあることを知り、祭りの日に合わせて訪ねるようになっていった。上の写真は、旧暦8月の早朝に龍郷町秋名集落で撮影したもので、「ショチョガマ」という。五穀豊穣に感謝し、翌年の豊作を祈願する新節行事なのだが、その歴史は琉球王朝が奄美群島を統括していた時代(13〜17世紀)に遡るという。写真を見てもらうと分かるが集落や田畑を眺めることのできる高台に藁葺きの片屋根が見える。その上には100人近い男衆が乗り、朝を待っているのだ。今はまだ夜明けの直前なので、男衆も集まった人々も固唾を呑み、辺りは静けさに包まれているが、田畑の向こうから陽光が差し込み始めると、空気が一変し「ヨラ! メラ!」という掛け声とともに、屋根を足で幾度と揺さぶり始めた。周りでは、おじぃ、おばぁ、若夫婦や子どもたち、中には犬までが、路地から「ショチョガマ」を見上げているのがシルエットとなり見えている。集落の皆が呼吸を合わせ、長く生きてきた証しだ。先ほどまで青白かった空が白けてきた頃には、大きな音とともに「ショチョガマ」は傾き、北側に倒れた。こうして新たなる一年が始まっていく。
また別の季節には、シマ唄を今に受け継ぐ唄者の方々を巡り旅したことがあった。中でも親しくさせてもらっている福山幸司さんは大島紬の泥染め職人をされていて仕事場にも幾度か寄らせてもらったことがある。泥染めは伝統的な染色技法で、島に自生するテーチ木に含まれるタンニン色素が泥田の鉄分に反応して深い茶褐色を生み出す。夕方過ぎ、仕事を終えた福山さんの手には三線が握られていた。兄弟または海に出た男を守護する姉妹神の信仰に基づく「ヨイスラ節」が響き渡る。美しい唄で、波打ち際の光景が目に浮かんでは消えていくようだ。福山さんが子どもの頃には、生家の近くに唄のうまいおじぃが住んでいて、夕方になると、どこからともなく風に乗って唄声が届いてきたものだという。仕事を終えた人々や、夕食の支度をしている母たちも、開け放たれた窓から聞こえてくる三線の音色と唄に耳を傾け過ごしていたという。
互いの姿こそ見えてはいないが、そこには「結の島」の姿があった。
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つだ・なお●写真家。世界を旅し、ファインダーを通して古代より綿々と続く、人と自然との関わりを翻訳し続けている。文化の古層が我々に示唆する世界を見出すため、見えない時間に目を向ける。2001年よりランドスケープを中心に、国内外で作品を発表。2010年芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。主な作品集に『SMOKE LINE』、『Storm Last Night』(共に赤々舎)、『Elnias Forest(エリナスの森)』(handpicked)がある。最新刊、津田 直+原 摩利彦『トライノアシオト』(左右社)を2022年秋刊行。
記事は雑誌ソトコト2023年1月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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