3歳から8歳までをタイのバンコクで、9歳から22歳までを横浜で過ごした山本和志(やまもとかずし)さん。仙台で保育士として働いたのち、25歳で現在暮らす千葉県富津市の集落へやってきた。山の整備や小屋の解体、家の改修を行いながら暮らす28歳の山本さんに、集落での暮らしやここで得たものについて聞いてみた。
空き家の持ち主を探せ!
「ねぇよ~」と言われたあと、「あ! そういえば……」と集落の人も忘れていた空き家の存在を思い出した人が。そこは40年ほど前に都会の人に売った土地で、別荘として使われていたが、利用者が亡くなってから20年ほど放置されていた。竹やぶに覆われ、集落の人からも忘れ去られていた場所だ。
2019年6月から家探しを始め、9月に持ち主の元へ会いに行き、11月には売買の手続きが完了。そのスピードに驚かされる。
井戸、台所、サウナをDIY
水道がないため、仲間たちが集まって人力による井戸掘りを開始。4メートルを目標に、シャベルでひたすら穴を掘り続けて3日目、3メートル50センチほどで水が湧き始める。5日目にほぼ4メートルに達し、近所の助っ人さんの重機でコンクリートの井戸枠を設置してもらい、遂に井戸が完成! 飲料水は湧水を汲みに行き、井戸水は洗濯用、食器などの洗い物は雨水タンクを置いて使用している。
相棒の犬、才蔵(さいぞう)との出会い
引っ越した当日の夜、「殺処分されそうなホワイトスイスシェパードがいるので、山本さんどうですか?」との連絡を受け、翌日早速保健所へ会いに行った。「よかったら今日引き取ってもらって構わない」と保健所の人に言われ、山本さんは才蔵を引き取ることを即決。ここへ越してきた翌日から、一緒に暮らし始めたのだ。
山本さん「今冬で、あんまり体を動かさないようにしてまして。体動かして働くのは一日2~3時間くらいかな。朝起きて裏山の木を切って薪割りをして。ご飯作って今、みたいな感じ。多分このあとは休むと思うから、かなりゆっくり過ごしてます。季節によってやらなきゃいけないことがあるなか、どうせ春がきたら忙しくなるのが分ってるから、冬は最低限やらなきゃいけないことを終わらせたら、脳みそを停止してゆっくり過ごすぐらいがいいのかなと思ってて。その分春夏は涼しいうちに草刈りして忙しくなるので」
現在は才蔵だけでなく、2匹の猫とニワトリ3羽も加わって、一段とにぎやかになっている。
ここでの暮らしで得たものは?
山本さん「世の中のことをいちから勉強できてるなって思ってますね。最初は衣食住のところだったんです。電気も来てなかったですし、床も水もなかったから。人間として生きるっていうことの一つ一つを、自分がつかみとれる範囲で経験して知れたことが一つ。ここでこうして暮らしていられるのは、ここに代々住んできた人たちが道を造って住処を造って、今なお住み続けてきてくれてるから、今ぼくが住めるってことだったり。電気も水道もガスも誰かがすごい一生懸命やってくれてるから、ここに届いているし。それが人間だけじゃなく、イノシシにも鹿にも虫にも樹々たちにもそれぞれの都合があって、生きているってことだったり」
山本さん「全て経験を通して自分で考えてできたのは、この環境と集落の人たちのお陰。酪農をされている一次産業の人の話や、水道がなくて自分たちで通したときの話、人間関係に角を立てないように、一緒に生きる人たちに誠実であること。ここに来るまで経験できなかったし知らなかったから、以前は合わなかったら辞めればいいって思ってた」
この集落での暮らしで、世の中のことも自分のことも知ることができた山本さんは、今日も低空飛行で拠点作りを進めている。その様子は、「ちんたら放送局〜保育士が田舎に空き家を買って暮らす日常〜」で紹介している。荷物が山積みで床が腐っていたころの様子も映っているので、拠点の進化をチェックしてみてほしい。