メディアから取材を受けた際、哺乳類標本コレクションの重要性アピールのために紹介する種は、かつてはクリハラリスやヌートリア、ニホンカモシカという「大量もの」が定番だったが、最近はアマミノクロウサギである。
この種の標本数が見事なことはこのコラムにも書いてきたが、今でも年に数回冷凍死体が届く。いまだ交通事故などによる死亡個体は多いようだ。テレビでアマミノクロウサギの生態を紹介する番組を見ていると、時折車道にひょっこりと出てくる様子が映し出される。ついつい「道に出るな、森に帰れ、僕の仕事を増やすんじゃない」とつぶやいてしまう。冷凍死体が届くと2〜3日は皮剥きをする時間を確保しなければならず、手間がかかる作業だ。
アマミノクロウサギの生息数の現状が心配になってくるわけだが、実際には増加傾向にあるのだという。この島で外来捕食者として有名なマングースが防除事業の結果、減少したためだそうだ。奄美大島のマングースは、ほぼ根絶に近づいている。
そんな折、「アマミノクロウサギを救った男」として知られる『森林総合研究所』の山田文雄氏から、沖縄本島と奄美大島のマングースの頭骨を比較したいので標本を利用できないか、との依頼があった。「承知」と思って標本データベースを調べたところ、頭骨標本は相当な数がある。これらはかつて琉球大学でマングース防除の研究に専心した小倉剛氏から寄贈されたもので、生態学者でありながら標本も大切に扱う小倉氏の大切な遺産だ。
ところが、毛皮や頭骨以外の骨も含む奄美大島のマングースの完全な標本は、なんと2点しかない。相当な数を駆除してきたというのに、標本がないわけだ。こんなことならもっと早く捕獲された個体を送ってもらうべきだったと反省した。奄美大島のマングースは1979年に沖縄本島から運ばれた30個体程度を発端として増殖したといわれている。少数からスタートした個体群が増殖していく過程では、独自の特徴が固定されていくようなことがなきにしもあらず。“進化の実験場”である。その産物たる標本が残されていないのは残念で仕方がない。
これじゃあ、まるで“根絶危惧種”ではないか、と馬鹿な言葉遊びは置いておき、山田氏にそんな話をすると、彼から関係者に「今後マングースの捕獲があった際にはすべて科博に送るように」という指令メールが送られた。頼りにされるのはうれしいものである。
程なくして、『奄美自然保護センター』に捕獲個体の頭骨があることがわかり、約1350点が送られてきた。破損しているものが多いが、それでもちゃんと残されていたことに防除事業を行っていた皆さんの努力がうかがえた。さらにその後全身の冷凍個体が見つかり60点ほどを入手したのだが、さまざまな年齢段階のものが含まれていた。ほぼすべて仮剥製と全身骨格として残すことができたので、奄美大島の集団を代表するものとしてはまずまずの標本群になったかな、と安堵している。標本は集められるときに集めておかなければ、取り返しがつかないことになるということを改めて実感した。