AGGCCTGGCTCGAATGACTT……。
このようなA、T、C、Gの4文字からなる文字列が遺伝暗号の配列である。A、T、C、Gは、それぞれアデニン、チミン、シトシン、グアニンと名づけれられたヌクレオチドという化学物質で、互いに似ているが少しずつ構造が違う。これが化学結合を介して、数珠玉状に連結しているのが、DNAである。これまで縷縷、述べてきたようなプロセスで、私たちは、膵臓の細胞の遺伝子ライブラリーのなかから、GP2遺伝子のcDNAをクローニングすることに成功した。このcDNAには、GP2タンパク質のアミノ酸配列情報が暗号化されて記されている。暗号は、上記のようなヌクレオチドの連鎖として表現されている。だから、cDNAを解析して、そのヌクレオチド配列を読み解けば、GP2のアミノ酸配列を完全に知ることができる。
遺伝子配列の解読は、現在では完全にオートメーション化されている。DNAシークエンサーという装置に、cDNAの反応液を注入すると、自動的にその解析結果がコンピューターに出力される。あるいは、今では研究者はその操作すら行っていない。cDNAを検査会社に郵送すると、数日後にデータがメールで届く。完全にアウトソーシングされているのだ。そしてその間に行われていることは完全にブラックボックス化している。だから、遺伝子配列の解読が、いったいいかなるプロセスで実行されているのか、ほとんどの研究者は気にしていない。学生たちに、遺伝子配列解析の原理を問うても、ちゃんと答えられるかどうかはなはだ疑問である。
私たちがこの研究に取り組んでいる頃、すべては手作業でなされていた。遺伝子配列解読はかなり煩雑な段取りを必要とし、集中力がいる難作業であった。また、それが研究者の腕の見せどころでもあった。遺伝子配列は、超高倍率の電子顕微鏡でDNAを見ても読み取ることはできない。電子顕微鏡によって、DNAは細い糸状には見えるが、その糸を構成しているヌクレオチドの粒までは見えないからである。そこで遺伝子配列の解読には特殊な化学反応が使われることになった。
cDNAに熱をかけると、二重らせんがほどけ、一本鎖のDNAになる。これを鋳型として、新たに、もう一本、DNAを合成する反応を行うのである。DNAは互いにほかを映す鏡像関係にあるから、一本の鋳型を使って、その鏡像として、もう一本のDNAを合成することができる。このとき、DNA合成のきっかけとして、プライマーと呼ばれる短い合成DNAが使用される。合成は、DNA合成酵素を利用し、DNAの材料として、4つのヌクレオチドが必要となる。これらをプラスチック製の小さな試験管内で混ぜ合わせると、合成反応が進む。
このとき、試験管を4本用意して、4つの合成反応を同時に進行させる。ただし、4本の試験管の中にはそれぞれちょっとした工夫がなされる。DNAの材料としてのヌクレオチドは、互いに手をつなぐように化学結合を形成する。この化学結合が次々と伸びることによってDNAの鎖が形成される。
さて、真正のヌクレオチドに似た、ニセモノのヌクレオチドというものを人工的に合成することができる。このニセモノのヌクレオチドは、ダイデオキシヌクレオチドと呼ばれるもので、本来ならヌクレオチドは両手を伸ばして互いにほかのヌクレオチドと化学結合してDNAの鎖を形成するところ、片方の手にしか持っていないのである。DNA合成酵素はホンモノのヌクレオチドとニセモノのヌクレオチドを区別することができない。だから、DNAの合成反応の途上で、たまたまニセモノのヌクレオチドを合成の材料として使用すると、腕が片方しかないため、DNAの合成反応はそこでストップしてしまうことになる。
このニセモノのヌクレオチドをほんの少しだけ、試験管の中に混ぜておく。4本の試験管に、それぞれAのニセモノ、Tのニセモノ、Gのニセモノ、Cのニセモノを入れておく。するとAのニセモノを入れた試験管の中では、遺伝子配列の中にAが現れるたびに、伸長しているDNAの鎖のうち何パーセントかはニセモノのAによってそこで反応がストップすることになる。そこで、この試験管内で生成した新しいDNA鎖の長さを調べることによって、遺伝子配列上、どこでAが出現したかがわかる。
以下同様で、Tの位置、Gの位置、Cの位置が順次特定されることになる。これは分子生物学の実験史上、画期的な遺伝子解読方法となった。機械化、ブラックボックス化が進んだ現在でも、原理はこの方法が使われているのである。