千葉県南房総市の山奥に、一軒ポツンとたたずむレストラン。都会からわざわざ、この場所を目指して訪れる客たちが後を絶たないという。典膳(てんぜん)とは、いったいどんな人物がやっている、どんなレストランなのか。千葉県在住のライターが店を訪れ、店主の山本剣さんにここでレストランを始めた理由を聞きいてみた。ライターが体感した典膳の魅力とともにお届けする。
典膳を目指す道中から、アトラクションは始まっていた
主要道路から典膳の案内板指示に従い、脇道へと車を走らせ細い山道を進む。対向車が来たらどうしよう、という心配が頭をよぎるが、視界に入る川の美しさについ見とれてしまう。本当にこの先にレストランなんかあるのだろうか? そんな不安を抱えるころ、「もうすこしでござる」「あとすこしでありんすよ~」などと書かれた看板がときどき現れ、胸をなでおろす。ようやく道が開けて、立派な門構えのあるお屋敷が見えた。

水が流れる音、鳥のさえずり、カエルの鳴き声。4月に訪れたため、ちょうど枝垂れ桜が見ごろを迎えていた。門の外には「房総名水暗闇の水」と書かれた看板があり、湧水を汲めるようになっている。門の横には、なぜか古びた郵便ポストが置かれているが、全く違和感がない。ふと、視界の端で何かが動いた。後を目で追うと、小さな細長いフェレットのような小動物が駆け足で門の中へと入り、一瞬立ち止まってこちらを振り返った。どうやらイタチのようだ。私がどこか違う次元に迷い込んでしまったのか、イタチが迷い込んでしまったのか、どっちなのだろう……。

店の引き戸を開けて中へ入ると、廊下には年代を感じる仏像や動物の剥製などさまざまなものが置かれていた。パチパチパチと、弾けるような音に目をやると、各個室へと通じる廊下に置かれた囲炉裏や火鉢に火が入っている。廊下の突き当たりは庭へと通じていて、そこから入る光が美しい。

地元で採れた食材を七輪で味わう。店主直伝、おいしい焼き方
予約名を告げると、2階へと案内された。2階にも同様に、昔活躍してきたであろう道具たちが並んでいる。窓から桜が眺められる小さな個室へと通された。席に着くと、テーブル横の七輪から炭の熱をほのかに感じる。ほっと一息ついていると、平日限定「小野次郎ランチコース」の品々が運び込まれてきた。あとはゆっくりと焼きながら、自分のペースで食事を楽しむのみ。

コース全てに付く「嶺岡(みねおか)豆腐」は、酪農発祥の地であるこのエリアに視察に来た八代将軍徳川吉宗が、白い牛の牛乳を見て「豆腐が食べたい」と言ったことから、当時薬として使われていた貴重な牛乳とくず粉を使って料理人が作ったものだといわれている。このことから、和食の世界では牛乳を使った料理を“嶺岡”と呼ぶようになったそうだ。典膳ではこの土地発祥の料理を、この土地の湧水を使ってていねいに作り上げている。
七輪の火は準備万全だが、どう焼けばおいしく焼けるのかと考えていると、様子を見に来た山本さんが焼き方を教えてくれた。

①両面色が変わるくらい軽く焼く。
②タレの中へ浸ける。
③タレを切って、再び焼く。
これを2~3回繰り返し、好みの焼き加減にする。
タケノコは、下茹でしてあるので焼き色をつける程度焼き、鶏肉は先端が焦げやすいので、先端へと肉をずらしながら焼いていく。
塩はブラック岩塩と青ヶ島ひんぎゃの塩の2種類。自家製柚子胡椒や南蛮味噌もあるので、取り皿に少し置いといて、つけながら食べる。
前菜や串、炊き合わせだけでも満足感があるが、おひつに入った麦ご飯にとろろをかけて食べる麦とろご飯がとっても優しい味で、身体に染み入って止めることができない。栄養価の高い麦ごはんと、消化吸収を助けるとろろを一緒に食べることで、栄養の吸収率を高める名コンビの一品だ。
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